第21話 なぜか高まるソフィアの評価
ルドルフとエリオが次に聞き込みに行ったのは、学園前だ。
学生に話しかけるのだから、若いエリオが聞く方がいいだろうとなって、エリオは校門前で話していた二人組の女子学生に声をかけた。
「すみません、森の恵み亭っていう店を探してて」
エリオが気さくに話しかけると、女子学生二人は一瞬警戒した様子を見せたが、「向こうの通りにある店です。行けばすぐに分かります」と教えてくれた。
まだ年寄りとは程遠いが、仏頂面のルドルフが声をかけたら、こう簡単には教えてくれなかったかもしれない。こういう時、エリオの人懐っこい顔は、役に立つ。
「どんな店かも教えてくれないかな? すごく美味いって噂は聞いたんだけど、初めて行く店だから悩んでてさ」
「あら、この辺では有名なお店ですのよ」
メガネの女子学生がくいっとメガネを押し上げた。
そして、何かを思い出したかのように目を潤め、ポケットからハンカチを出して目を押えた。
「物語の始まりは、公爵令嬢のソフィア・ルーヴェン嬢が婚約者であるオスカー様の浮気を目撃されたことから始まります」
「へ? 物語?」
エリオの素っ頓狂な声は、女子学生には届かなかったらしく、その語りは続いた。
「婚約者の裏切りに深く傷ついたソフィア様は、誰も寄り付かないとされる呪いの館に足を踏み入れたのです。きっとお一人になりたかったのでしょうね……」
ぐすんぐすんと鼻をすするメガネの女子学生を支えるように、もう一人の女子学生が背中をさすった。
「その呪いの館には、エルフィリア王国の王子が呪いで閉じ込められていたのです。ソフィア様は、命がけで王子の呪いを解いたのです」
「へ、へぇ」
さすがのエリオもこれには動揺を隠せていなかった。
さっき文房具屋で話を聞いたエイミーが友達に自慢したと言っていたが、もしかしてあの話がこんなにもねじ曲がって伝わってしまったということなのか?
噂というのは、恐ろしい。
もしかしたら、そのソフィアとかいう少女の評判も広がるうちに誇張されたものなのかもしれない――そうルドルフは推理した。
いまいち話に共感できずに聞いていたエリオとルドルフを女子学生たちは、まるで敵でも見るかの如く睨んだ。
「ソフィア様にそのエルフの王子がご求婚されているんですよ? あなたたち、そんなことも知らずに、あの店に行こうとしていたのですか?」
「あ、いや……ごめんなさい」
エリオは素直に謝った。
完全に女子学生の勢いに負けてしまった。
「あそこは、聖地です。もし店に行くのでしたら、そのことを忘れずに来店してくださいね」
メガネの女子学生は、それだけ言うと満足したのか、もう一人の女子学生と一緒に帰っていった。
「いや~、圧がすごかったですね、先輩」
エリオがルドルフに向き直り、頭を掻いた。
「……もう一人ぐらい聞いてみよう」
どんな聖人君主でも、何人かは悪く言う人がいるのが普通だ。
ルドルフは、そういう情報も入手しておきたかった。
気を取り直したエリオが声をかけたのは、チョコレート色の髪に桃色の瞳の女子学生だった。
声をかける前に、その人物が聖女候補のアリス・メイベルだと気がついたルドルフは、エリオを止めようとしたが間に合わなかった。
エリオが声をかける後ろでルドルフは、がしがしと前髪を掻いた。
「なんですか? 私、忙しんですけど」
苛立ちを隠さない様子のアリスにルドルフは内心で驚いた。
教会にあった聖女候補の資料には、純真そうな笑顔のアリスの写真が貼られ、育ての親のシスターの推薦文には、「誰にでも分け隔てなく親切にできる優しい子」と書かれていたからだ。
「森の恵み亭って店がどんな店なのか知りたくて」
エリオの言葉に、アリスは急に前のめりになった。
「あの店は、悪役令嬢の店です! おすすめできません!」
悪役令嬢?
知らない言葉が出てきたことにルドルフは首を傾げた。
「悪役? 店長のソフィアって子が何か悪いことをしてるってこと?」
調査員としての正義感だろう。
エリオもアリスの言葉に真摯に耳を傾けた。
アリスは腰に両手を当て、ふんすと意気込んだ。
「魔法使いをイケメンにしたんです!」
イケメン?
またしても意味の分からない言葉が出たことにルドルフはだんだん不安になってきた。本当にこの人物を聖女にしても大丈夫なのかと。
「いけめん? 何かの麺料理ですか?」
「違います! 魔法使いをかっこよくしちゃったってことです!」
それのどこがいけないんだ?
やはり、この少女を聖女にするのは危険かもしれない。
聖女巡礼は一年という長い時間をかけて国内を回る。
こんななんでもないことに目くじらを立てるような少女を聖女にしてしまえば、一緒に旅をするものたちが苦労するのが目に見える。
「エリオ」
ルドルフは、エリオの肩を掴んで首を横に振った。
アリスがソフィアという少女を激しく敵視していることは、よく分かった。
逆に言えば、聖女候補に選ばれている彼女がこれだけ警戒しているのだから、ソフィアという人物の実力は、相当なものなのかもしれない。
ルドルフは、エリオを引っ張って、逃げるように学園前を後にした。
アリスは、まだもの言いたげな顔をしていたが、腕を組んで怒ったように帰っていった。
ルドルフとエリオは、石畳の坂道を駆け下り、時計台のある広場まで移動した。
アリスがいないことを再確認して、ルドルフはエリオを小突いた。
「いて! なんですか、先輩!」
「なんですかじゃないだろ。さっきのは、聖女候補のアリス・メイベルだぞ」
「ぇえ!? さっきのガラの悪い女子学生がですか? 資料で見た時は、もっとかわいかったんだけどな」
最後の余計な一言にルドルフは、もう一度エリオを小突いた。
「だって、本当のことじゃないですか! 人を悪役だなんていう人が聖女になったら大変ですよ?」
「……俺たちの仕事は、あくまでも情報収集だ。聖女の最終決定権は、アンセルモ大司教にある。余計なことは考えるな」
ルドルフは、自分自身にも言い聞かせるように、そう言った。
びゅうっと冷たい風が吹きつけて、ルドルフとエリオは、自分たちの体を手でさすった。そして、エリオの腹がぐぅと情けない音を出した。
「先輩、そろそろ寒さもお腹も限界っす」
「それは俺も同感だ」
ルドルフとエリオは、広場から出て、森の恵み亭へと足を向けた。
どんなに評判がいい人物でも、料理の腕が一流でないと聖女にはなれない。
ルドルフは、勝手に今代の聖女だと噂されるソフィアの料理を想像して、自分も腹の虫が鳴いた。




