第20話 聖女候補調査員
「うぅ、冷えるな……」
教会の聖女候補調査員であるルドルフは、黒のトレンチコートの襟を立て、無精ひげの生えた顔を襟の中に隠した。
ついこないだまで暑いと汗をかいていたのが嘘のようだ。
吹き付ける風が肌を刺すように今日の王都は冷えていた。
「ほんとっすね。それにしても例の推薦状の件、どう思います? 先輩」
隣を歩く後輩調査員のエリオは、両手をコートのポケットに突っこみながら、今日の調査の件を持ち出した。くせ毛の髪が風に揺れ、エリオもまた首をすぼめた。
ルドルフとエリオは、普段は教会の助祭をしているのだが、年末の聖女選定のために臨時で聖女候補調査員として王都を回っている。
市民から、聖女と噂の出た人物や教会に推薦状が届いた人物を秘密裏に調査するのが目的だ。
今回の調査は、森の恵み亭なるレストランで料理長をしている少女の推薦状がいくつも教会に届いたのが発端だ。
先代聖女付きの冒険者をしていた大魔導士グレーテをはじめ、今代の聖女付き冒険者に最も有力株とされている神速の剣聖ガルドがその少女の護衛を務めたいと教会に書状を送ってきたのだ。まだ聖女候補にも選ばれていないにも関わらずである。
しかも、王国騎士団長の息子のロルフとその婚約者のフィオナ嬢も連名で、その少女を聖女に推薦する書状まで送ってきた。
今代は、『祝福のレシピ』の魔法が発現したアリス・メイベルが聖女に選ばれるのだろうとほぼほぼ内定していて、ルドルフたちも特に調査はもうないのだろうと思っていただけに、青天の霹靂であった。
ここまで話が大きくなれば、聖女候補調査員も調査せざるを得ないのである。
「調べてみないと分からない。そのために俺たちが派遣された」
ルドルフとエリオは、まず初めに森の恵み亭近くの住人への聞き取りから始めた。
どんなに料理が美味かろうと、素行の悪い人間を聖女とすることはできないからだ。
ルドルフとエリオがまず最初に入ったのは、森の恵み亭のちょうど真後ろにある大きな老舗文具店だった。店の中には背の高い木製の棚が並び、学園が近いせいか、子ども連れの親子で店は混雑していた。
ルドルフは、入口近くに平置きにされ並んでいたノートとペンを手に取り、人の隙間を縫って店内の奥、レジへと向かう。
文房具屋の店主は、口ひげを生やした丸顔の男だった。
ルドルフは、ノートとペンをレジに置いて、財布をコートのポケットから出しながらさりげなく話を持ち出した。
「店長、この辺に美味い飯が食べられる店があるって聞いたんだが、知らないか?」
口ひげの店長は、思い当たる節があったのか、すぐに顔をほころばせた。
「ソフィアちゃんの店のことだろ?」
ソフィア……確か、推薦状にもその名前が書かれていたとルドルフは思い返す。
「たぶんそうだ」
「あんたたちもソフィアちゃん狙いか? なら止めた方がいいぞ。ルカーシュに睨まれるからな」
店長は、口ひげを触りながら豪快に笑った。
ルカーシュとかいう人物のことは分からないが、もう少し聞いてみよう。
「そのソフィアっていうのは、どういう人なんだ?」
「あぁ、それなら、エイミー!」と店長は、店のバックヤードに声をかけた。すると十歳にもなっていないであろう小さな女の子がパタパタと奥から出てきた。
「この子は、うちの娘でね。ソフィアちゃんの店にも母親とよく行くから、この子から聞いてくれ」
ルドルフとエリオの後ろに会計を待つ人の列ができていた。
これ以上、店長から聞き込みをするのも確かに野暮だ。
それに子供は嘘をつけない。聞き取り調査の相手としては、悪くない。
「ありがとう、店長」
ルドルフは、財布からノートとペンの代金を支払って商品を受け取り、店の空いている場所へと避難した。
「おじさんたち、お姫様のことが知りたいの?」
「……お姫様?」
エイミーは、店の木製の踏み台にぴょんと腰掛けながら頷いた。
「ソフィアちゃんは、お姫様なんだよ。それで呪いにかかっていた王子様を助けたの」
……なにがなんだかさっぱりだ。
ルドルフが困っていると代わりにエリオがしゃがんでエイミーに目線を合わせた。
「ソフィアさんがお姫様みたいに綺麗ってこと?」
エリオの言葉にエイミーはムスッと頬を膨らました。
「ソフィアちゃんは、本当にお姫様なの! だって私、見たんだもん。呪いの館の呪いを解いて、ソフィアちゃんが綺麗にしたのよ! ほんとに一瞬のことだったんだから」
お友達にも、皆に自慢したんだから、とエイミーは胸を張る。
真相は分からないが、子どもから見たらそう感じる出来事があった――ということか?
「呪いの館のルカーシュも王子様になったし、近所のグレーテばあちゃんも、ソフィアちゃんのご飯を食べるようになってから元気いっぱいになったんだから!」
半信半疑といった顔をするエリオをエイミーが睨んだ。
ここでこれ以上聞いても、確かな情報を得るのは、難しいだろう。
「分かったよ、エイミー。教えてくれて、ありがとう。行くぞ、エリオ」
ルドルフは、エリオの肩をつついて、文房具屋を出た。
エリオもすぐについて来て、店を出た途端に笑った。
「いや~、想像していたより面白い調査になりそうですね、先輩」
「そうか?」
厄介な調査と言った方が正確だろう。
ルドルフは、エリオのように楽観的に考えることができなかった。
これは、真相にたどり着くまで時間がかかりそうだ。




