第18話 ピザにお酒はずるいよ
(あの黒いローブに、黒いマント! やっと見つけた!)
下校しようとしていたアリスは、たまたま校門前にいたソフィアと一緒に立つ黒ずくめの男を見つけて、持っていた鞄の持ち手を強く握りしめた。
「やっぱりあなたが隠していたのね!」と文句を言おうと一歩踏み出したが、すぐに足が止まる。
ソフィアが背伸びをして魔法使いのフードをとったからだ。
(あ、あの人――)
銀色の髪に、淡い苗色の瞳。
それに、何よりも特徴的なあの尖った耳。
そこにいたのは、いつぞや女子生徒たちがエルフィリア王国の王子だと噂していた美男子だった。アリスはここで全ての合点がいった。
(そうか、悪役令嬢は、魔法使いを隠すために、わざとエルフィリア王国の王子だなんて嘘を広めたのね! なんて姑息なの……)
アリスは、さっと校門の陰に隠れて二人を観察した。
ソフィアと魔法使いは、二人で手まで繋いで歩いて行ってしまった。
(どうして私の攻略は一つも上手くいかないのに、悪役令嬢がイケメンと仲良くしてるの……選ばれたのは、私。この世界のヒロインは、私なのに)
二人の様子を見たアリスは親指を噛んで、激しく嫉妬した。
(絶対に正式に聖女に選ばれて見せる。そうすれば、攻略対象たちも、あのエルフの魔法使いも私の方がすごいって、かしづくはずだわ)
* * *
ルカーシュの服を買い終わった私たちは、やっと本来の目的地の市場街に来ていた。
市場街に来ると夕食の買い物をする人でごった返している。
石だたみの道を挟むようにして、小さな屋台がいくつも並んでいた。至るところからいい匂いがして、目移りしてしまう。
右側からは、炭の匂いと焼ける鶏肉の匂い。
左側からは、ホタテに焦げたバターと醤油の匂い。
奥からは、たぶんおでんのおだしの匂いだ。
はぁ……この空気、袋に詰めて持って帰りたい。
「料理長、余所見してると危ないですよ」
くんかくんかと匂いを嗅いで、すれ違う人にぶつかりそうになっていた私の肩をルカーシュが引き寄せた。
思わずルカーシュの顔を見上げたが、ルカーシュは、ぽりぽりと頬を掻くだけだ。
ルカーシュの大きな手が肩にある。
むずむずするんだよ!
「る、ルカーシュ、こっちの店に入ってみましょう!」
私は、ルカーシュの手から逃げるように近くの店に駆け込んだ。
木造の壁のない開放的な店で、調理スペースを囲うようにカウンター席があるだけの店だ。ドワーフのおじさんとおばさんの二人が厨房の中を忙しそうに動き回り、近くの客にビールのジョッキを出している。
調理スペースの奥には、赤茶のレンガの大きな竈が鎮座していた。
私も一番角のカウンター席に座りながら、ビールのジョッキを煽っている男を見て、ごくりと唾を飲みこんだ。
はぁ、まだ夕方で日も沈んでないのに、酒が飲めるだなんて、羨ましいね……
転生して若返ったのは嬉しいが、こうやって近くで酒を飲んでいる人がいると酒の味を知っているだけに恨めしい。早く大人になりたい!
「なに食べます? 料理長」
ルカーシュも私の隣に腰掛けて、店の柱に吊るされた黒板のメニューを見た。
「とりあえず」
ビールと言いかけて、ごほんと咳払い。
メニューを見ると生絞りのオレンジジュースがあった。オレンジジュースかぁ……
「オレンジジュース……」
「店長、オレンジジュースとレッドワインクーラー。あとは、ピザ一枚」
ルカーシュが適当に注文してくれた。
ドワーフのおばちゃんが冷蔵庫からオレンジを出して、包丁で半分に。
おばちゃんは、搾り器も使わずにコップの上でぎゅっとオレンジを握りつぶす。ぼたぼたと果汁がコップに溜まったから、私は口をあんぐりと開けた。
おばちゃんは最後に氷を豪快に入れて、私の前にドンと生絞りのオレンジジュースを置いた。
「これがドワーフ流オレンジジュース……」
こうなってくるとレッドワインクーラーは、どんなものが出てくるのか気になる。
レッドワインクーラーは、一般的に赤ワインとオレンジジュースを混ぜたものにザクロのシロップを加えて作るものだ。作る人によっては、それにリキュールを入れたりもするが、ドワーフが作るとどうなるのか……
おばちゃんは、また冷蔵庫からオレンジを出して、真っ二つに。そしてグラスの上で握り潰して、氷を入れる。ここまでは、私のオレンジジュースと全く一緒だ。
そしておばちゃんは、棚に並べてあった赤ワインのボトルを取る……まさか……
おばちゃんは、絞ったオレンジジュースにトクトクと赤ワインを入れた。
最後にマドラーでかき混ぜてから、ドンとルカーシュの前に置いた。
私は、思わずルカーシュのグラスに顔を近づけて、匂いを嗅ぐ。
「あ、料理長! 未成年は飲んだら駄目ですよ」
「匂いだけだから」
くんくんと匂いを嗅ぐ。生絞りのせいかオレンジの香りが立っていて、思いのほかおいしそうだ。そして赤ワインの香り……これにピザが来るんでしょ? ずるくないか?
私はここでじっとりとした目でルカーシュを見た。
「ルカーシュって、何歳なのよ」
エルフは、人間よりずっと長生きだって聞いたことがあるし、見た目よりずっとお爺ちゃんだったりするのだろうか。
「え? 三十五ですけど」
「三十五歳だと……」
この見た目で三十五歳? 私とほとんど変わらずに見えるのに?
っていうか私、年上に命令してたけど、大丈夫だったかな……
ルカーシュは、私の考えていることを察したのか、あぁと口を開いた。
「ハーフエルフなんで、見た目より歳がいってるかもですね。でも寿命は、普通の人とそんなに変わらないんですよ。それより早く飲みましょうよ」
ルカーシュは、勝手に自分のグラスを私のグラスに軽く当ててから飲み始めた。
「これからは、ルカーシュさんとお呼びした方がいいかしら?」
「ゴホッ!」
ルカーシュがむせた。
お酒が変なところに入ってしまったのか苦しそうだったから背中を叩いた。
「えぇ、いいですよ、今更……今まで通りに接してください。料理長」
「そう?」
まぁ、本人がいいというのだから、気にしないことにしておこう。
私も自分の前のオレンジジュースを取って、口に運んだ――が、その味に驚いた。
「なにこれ!? 味が濃い!」
私の声を聞いたドワーフのおばちゃんが笑った。
「絞りたてだからね。砂糖水で薄めたのとは、ぜんぜん違うんだよ」
さわやかなオレンジの香りに、少しだけ皮の苦さもある。
そして何より甘さが濃厚で、とろりと口に残る。
「こんなに美味しいオレンジジュース、初めてかも」
勉強になる。うちの店は厨房を私一人で回しているから、デザートは作り置きのものを出しているが、簡単にできるものだったら作りたてが売りになることもあるのね。
「はい、お待ちどうさん」
ドワーフのおじちゃんが窯から出したばかりのピザを私たちの前に置いた。
トマトソースの上にじゅくじゅくと音を立てるチーズ。濃い緑のバシルと焼いたミニトマトの色合いもいい。
香ばしい焼きたての小麦の香りが混じって、これだけで口の中に唾が出た。
ルカーシュが手際よくピザカッターでピザを切ってくれた。
火傷をしないように気をつけながら一切れとると、モツァレラチーズが伸びた。
「いただきます」
口に入れると、おいしさで私は泣きそうになった。
うまみの濃いトマトソースによく伸びるモツァレラチーズ。
下が香ばしくて、薄いのにもちもちのピザ生地。
ピザの上のミニトマトを口に入れるとアツアツの果汁が口いっぱいに広がった。
「はぁ……」
ため息が出た。窯で焼いたピザは、格別だ。
隣では、ルカーシュがピザとお酒を行ったり来たりしている。
赤ワインとピザが合わないはずがない。ルカーシュの満足気な顔が今は憎たらしかった。
私の視線に気がついたルカーシュが意地悪く笑った。
「料理長は、来年にならないと飲めないですね」
「ふん! 分かってるなら、ルカーシュも付き合って禁酒しなさいよ」
「嫌ですよ」
ルカーシュは、またおいしそうにグラスを傾けた。
「じゃあ約束して」
「何をです?」
「私が飲めるようになったら、絶対にまたご飯に連れてってよね」
じゃないと私の気が収まらない。
ルカーシュは、驚いたように眉を上げてから、「約束します」と言って、にっこりと笑った。
父には、森の恵み亭は次の婚約が決まるまでと釘を刺されている。
来年まで婚約が決まらずにルカーシュと一緒にいられるかは、まだ分からない。
最初は、断罪回避のために始めた森の恵み亭だったけど、今の私には、あの店もお客さんも、そしてルカーシュも離れがたい存在となっていた。
「……絶対だからね」
私はオレンジジュースの中でカランと揺れる氷を見つめながら、そうつぶやいた。




