第16話 ショウガの効果
「うぅ……良かったね、フィオナ」
仲直りできたフィオナとロルフを見て、私は店のキッチンで号泣していた。
ルカーシュがハンカチをそっと差し出したので、借りて涙を拭く。
ナタリアもレジの前に隠れるように座って、ぐすぐすと鼻をすすっていた。
そんな中で一番に口を開いたのは、ロルフだった。
「煮つけ、すごく美味しかった。魚の身が柔らかくて、味も俺の好きな味だった。フィオナが考えてくれたんだな。あとこのショウガが良かった。頭がすっきりしたんだ」
フィオナは、ロルフの腕の中から出て、涙を拭いた。
「作ったのは私ですが、食材を用意したのは、私じゃないんです」
フィオナの視線が私たちの方へ向く。
ロルフは、なにかを察したのか、私たちに深々と頭を下げた。
フィオナもロルフと一緒に頭を下げるもんだから、私は恐縮してしまった。
ルカーシュは、自分が作ったショウガが役に立ったのが嬉しいのか浮足立っていた。
「このショウガ、不思議でした。ここのところ頭に靄がかかったような感じがして、ずっと不安だったのですが、これを食べた途端すっきりしたんです」
「あぁ、それはですね――」
ごほんと咳払いして、ルカーシュが得意げにキッチンに残っていたショウガを手に取った。
「これは、ヒトエショウガと言いまして――」
「ヒトエショウガだって!?」
得意げなルカーシュの説明をロルフが被せるように止めた。
「精神異常の魔法を解除する効果がある、あのヒトエショウガですか!? 国の薬草園でも少量しか収穫できないために、本当に重篤な症状の方にだけ使用を認められると聞いたことがあります」
ロルフの完璧な説明に、ルカーシュはがっくりと肩を落とした。
どんまい、ルカーシュ……
ロルフは、何かを考え込むように腕を組んだ。
「あの……皆さんに聞いて欲しい話があります」
私たちは全員で席に座り、ロルフの話を聞いた。
ロルフは、アリスのどら焼きを食べて以来、頭に靄がかかったようになり、自分の行動が制御できなかったことを私たちに話して聞かせた。
一番に唸ったのは、ルカーシュだ。
「話を聞く限り、そのアリスという女子学生が精神操作系の魔法を使っていたのは、まず間違いないと思います」
じゃないとヒトエショウガの効果は出ませんから、とも付け足す。
「でも、一体何のためにそんなことを?」
首を傾げたのは、フィオナだ。
私は前世の知識があるから、アリスがただ攻略対象からモテたかっただけでは――という考えが頭に浮かんだが、口にはしなかった。そうじゃないかもしれないし。
「王太子殿下やユリウス様、ロルフ様に正式な聖女に就任するための後押しをしてほしかった――という可能性はないですか?」
人差し指をたてて推理したのは、ナタリアだ。
「確かに……そう考えれば、自然かもしれない。もちろん聖女の決定権は、教会にあるが、俺たちが推薦状を書くことはできる。三名分の推薦状があれば、他の聖女候補より優位に立てる可能性はある」
ロルフもナタリアの意見に頷いた。
場の意見は、アリスが確実に聖女になるためにそんなことをしたという意見で結論が出る形となった。
だけど私は、どうしてもそれだけじゃないような気がしてならなかった。
少なくとも前世のゲームでは、アリスが精神操作系の魔法なんか使えなかったからだ。
ロルフとフィオナは、その後、二人して何度も頭を下げてから、森の恵み亭から帰っていった。
時折、互いの顔を見て、視線を交わすロルフとフィオナ。
仲良く手を繋いで歩いている二人を見ていると、きゅっと胸にこみ上げるものがあった。
前世でも彼氏なし。今生では婚約者の浮気に、もう少しで婚約破棄の予定まである。私の青春は、どこに行ってしまったのだろうか。
「はぁ……」
思わずため息が漏れた。
羨ましい……私だって、好きな人と手を繋いで歩きたいぞ。
「どうしたんですか? 料理長」
隣で私の顔を覗き込むように頭を下げたのは、ルカーシュだ。
「……なんでもない」
ロルフとフィオナが羨ましいだなんて、恥かしくて言えるか。
煮え切らない想いで、自分の前髪をぐしゃぐしゃにしていると、後ろからナタリアが私とルカーシュの背中を叩いた。
「お嬢様、聖女巡礼祭で出店をやりたいって、言ってましたよね? 明日、ちょうど定休日ですし、ルカーシュさんと二人で市場調査でも行ってきたらどうですか?」
「え、急に、なんで?」
私が驚いてナタリアに振り返る。
ナタリアは、私にぱちんとウィンクした。
もしかして、私がロルフとフィオナを羨ましがってたの、ナタリアにはバレバレだったってこと?
そう思うと恥ずかしくて、さっと顔が熱くなった。
でもルカーシュは、私と二人で出かけるの、嫌だったりしないんだろうか。
ちらりと顔を上げるとルカーシュの顔が赤くなっていた。
長くて尖った耳の先まで、ほんのり赤い。
その顔を見ると、心臓が大きく跳ねた。
「その……料理長。俺からもお願いします……」
遠慮がちなルカーシュの目をとてもじゃないがまっすぐ見れない。
私も耳まで熱くなっていた。
指先がうずうずして、私はコックコートのズボンの端を握った。
「し……仕方ないな」
それだけ返すので、いっぱいいっぱいだった。




