第13話 こっちも料理で勝負よ!
「あなたは――」
私の前に現れたのは、騎士団長の息子ロルフの婚約者のフィオナだった。
フィオナは、私と一つ下の学年なので、普段は殆ど関わることのないご令嬢だった。
「……ご歓談中に失礼いたします。ソフィア様にご相談があって参りました」
暗い表情のフィオナが相談したいことは、察しがついた。
「相談って、ロルフとアリスさんのこと?」
フィオナは頷いた。
「……ソフィア様は、王太子殿下とのことをどうするおつもりなのですか?」
彼女の声は、震えていた。
フィオナは、気弱な性格だから私に相談しに来るのにも、きっとすごく勇気がいったに違いない。
「私は、オスカー様とは婚約破棄するつもりです。今、父が話し合いの席の日程を調整中です」
フィオナは、私の言葉に息を呑んだ。
「そんな……ソフィア様は、あんなにも殿下に尽くしてきましたのに」
「私は気にしていません。浮気をするような方とうまくやっていける気がしませんもの」
フィオナは、胸の前でぎゅっと拳を握った。
「フィオナさんは、どうするおつもりなのです?」
フィオナが少し迷うようにしてから、口を開いた。
「私は、ロルフ様のことをあきらめきれないのです」
かつてのフィオナとロルフのことを思い出した。
二人とも本当に仲のいい婚約者だったから、今回のことは自分のこと以上に残念でならない。
「確か、ユリウスの婚約者のクラリッサさんもフィオナさんとは、同じクラスだったわよね? 彼女には、相談しなかったの?」
「相談しましたが、クラリッサは今回のことは気にしていないって言うんです。一時の気の迷いだろうから、大目に見ると言っていて……でも、私は、ソフィア様のように婚約破棄も望まないし、クラリッサのように割り切ることもできないんです」
フィオナの顔は、今にも泣きだしてしまいそうだった。
私はぱっと立ち上がって、フィオナを抱きしめた。
「フィオナは、ロルフのことを本当に愛してるんだね。辛かったね」
フィオナは、少し驚いた顔をしてから、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
私も胸が痛くなって、フィオナの頭を撫でた。
私は運よく前世の記憶を思い出して、気持ちを切り替えることができたけど、それがなかったら、フィオナのように泣いて過ごしていたかもしれない。
「フィオナ。座って一緒にお昼ご飯を食べましょう」
「え……?」
フィオナは、涙を流しながら顔を上げた。
「少し瘦せたんじゃない? ご飯はちゃんと食べれてる?」
私の言葉にフィオナはまた顔を歪めて泣き始めた。
「座って、まずは食べましょう。これからの話は、それからだわ」
ベンチにフィオナと私。その隣にナタリアの三人が並んで座る。ルカーシュは、私の肩の上だ。
私はおにぎりの入ったお重を取って、フィオナの前に差し出した。
「おかかと梅干しと焼きたらこのおにぎりよ。フィオナは、どれが好き?」
「……梅干しが好きです」
私が梅干しのおにぎりを指さすと、フィオナは梅干しのおにぎりを取って、口に運んだ。
フィオナの目から、またぽろぽろと涙がこぼれた。
「……おいしい……おいしいです」
涙と一緒におにぎりを食べるフィオナの背中を私はさすった。少しでも、フィオナが元気になるように。
* * *
おにぎりを食べ終わったフィオナは、ぽつりぽつりと話し始めた。
「ついこないだ……アリスさんが学園に転校してくるまでは、ロルフ様は本当にいつもと変わらなかったんです。でもある時、どら焼きを持っていることがあって……」
どら焼き……
前世の記憶があるから分かる。ロルフ攻略ルートは、基本的に和食なのだ。一番最初の出会いイベントの食べ物が確かどら焼きだったはずだ。
「それを食べたら、人が変わったみたいに私に冷たくなってしまったんです……ショックでした」
乙女ゲーム『祝福のレシピ』では、ヒロインが作った食べ物を攻略対象が食べると、好感度が上がっていく仕組みだったが、この世界でもそのルールが適用されているとでもいうの?
そうでもないと、あんなに仲が良かったロルフとフィオナの仲がこじれる理由が見つからない。
それにしても、ロルフはどこまで攻略されてしまったのだろう。
ロルフを最終的に口説き落とすためには、カレイの煮つけをロルフに食べさせる必要がある。しかもその煮つけには、ルカーシュが作るヒトエショウガという特殊な材料がいるのだ。
ルカーシュとアリスの接触を絶った今、ロルフルートの最終攻略に必要な食材もアリスは入手できていないはず……
「ロルフかアリスの状況が分かればいいんだけど……」
「アリスさんのことなら、かなり分かりますよ。ルーヴェン家の手のものが交代で見張っていますので」
「そうよね……分からないわよね……ってナタリア!?」
私の漏らした言葉に反応したのは、ナタリアだった。
ナタリアは、カバンの中から黒革の手帳を取り出して、チェックし始めた。
「うちの調べによると、ロルフ様はアリスさんと学園でしか会っていないようですね。デートに行ったりはしていなくて、アリスさんがひたすらロルフ様に料理を差し入れしているみたいです」
ナタリア……というか、たぶんお父様の命令で調べてるのよね?
ばれたら断罪されなくても、捕まったりするのでは?
私は、ぶるりと身震いした。
「ま、まぁでも、これで分かったわ。ロルフはまだアリスにそんなに攻略されてない」
「ソフィア様、攻略とは?」
横で首を傾げるフィオナに、私は慌てて「そんなに親しくなってないってことよ」と付け足す。
「なら作戦は、一つね」
きっと今なら、まだ間に合うはずだ。
それに、こっちには伝家の宝刀ルカーシュがいる。
二人と一羽が私を見ていた。
「こっちも料理で勝負するのよ」
私は腕を組み、不敵に笑った。




