63.従者くん、プロポーズする
私が転生に気付いて、8年。私達は王立学園の三年生になっていた。
「ねえ、見て! 中庭にいるの! シュヴァルツ様とスカーレット様よ!」
「あの邪竜と、真の聖女様の!? やっぱり深く愛し合ってるのね、あんなに仲睦まじくて……」
「知ってる? 一年生の頃にシュヴァルツ様が邪竜になってしまった時、スカーレット様が一人で助けに行った話! その真実の愛を見て、スカーレット様の婚約者だった第一王子が身を引いたって噂よ」
「あらゆる障害を乗り越えて結ばれた二人……素敵ね〜……」
一年生なんかは私やエリーゼのことを中途半端にしか知らないから、尾鰭背鰭がついた噂をもとに私達をとんでもない美談の登場人物のように扱う。
しかし、実際の私達は。
「だから教科書丸暗記はダメですって!! 本当に卒業できなくなりますよ!!」
「待って!! 今喋らないで!! せっかく覚えたことが抜けちゃうじゃない!!」
「だから理屈さえ分かってればちゃんと解けるんだって!! ちゃんと渡した対策プリントやりました!?」
「……ちょっとはやったわよ」
「ちょっとじゃねえか!!」
……エリーゼの留年の危機を前にギャースカ喧嘩するような、美談とは程遠い普通の学生なのであった。
「ったく、マジで期末の追試も落ちたら留年だったんですからね!」
「分かってるわよ! 合格したんだからいいじゃない!!」
追試を終えたエリーゼを女子寮まで送っていく。もう桜がちらほら蕾をつけ始めているが、日の落ちた夕方はまだ冬の気配を残した冷たい空気に満ちている。あの桜が咲く頃には私はスカーレット公爵家を出て、新しく爵位を得る……なんだか現実味がない。
はあ、とまだ白い息を吐くと、不意に袖を引かれた。
「……ん……」
エリーゼが目を閉じて、顔を差し出してくる。こいつ……。
「寮の前でそんなこと出来るわけねーでしょ」
「ふみゃっ」
鼻をつまんでやると、エリーゼが間抜けな声を出した。
「っな、何よ!! せっかく私が勇気を出して……っ、そもそもネロ! あなた、もうすぐ卒業だっていうのに!!」
「はいはい、わかりましたから。明日は竜導学の追試でしょ。ちゃんとノート見返して早めに寝るんですよ」
「分かってない!!」
ギャーギャー言うエリーゼを置いて、足早に男子寮へ向かう。
エリーゼは分かってないというが、分かってる。ちゃんと、エリーゼが期待してること。なんでここ最近のエリーゼがやけにいいムードを作りたがるのか、その理由。
エリーゼは……プロポーズ待ちをしているのである……!!
まあ、冷静に考えてしない理由はないのだ。
未だ日本の倫理観を引きずってる私は18歳で結婚!? と思うけども、10歳時点で許嫁が決まってるような世界じゃそんな価値観は意味を失う。
それにエリーゼはともかく、これから私が何年生きてもおそらく私の邪竜化を止められるのはエリーゼしかいない。結婚するのはもはや必然というか、国の安全策のためにも必要だろう。
オスカーからもとっととエリーゼと結婚しろと言われている。というのも、王族に婚約破棄されたエリーゼを使って公爵家に取り込もうとする奴も、新しく公爵になる私を誑かして貴族入りしようとする奴も後を絶たないからだ。お前達二人がそうなれば多少はこの小競り合いもましになるだろう、と。そんなブリーダーじゃねんだからとは思ったが、オスカーの言うことも一理、いや、百理はある。
だから、卒業式を迎えて公爵になる前に、とっととエリーゼと婚約しましたってていを作っておく。それが一番なのは、私だって分かってる。もう、それはほんと、身に沁みて。だが、しかし。
本当に……「ネロ」はそれでいいのか……!?
この身体と8年間付き合ってると、たまに忘れそうになるが……私は転生して「ネロ」になった。本来の「ネロ」とは価値観も、性格も、喋り方すらまったく違う。
だから思うのだ。付き合う、まではギリギリ私個人の問題で片付くからいいとして、公爵になるのも仕方ないとして、果たして……エリーゼと結婚するのは……ネロの一生の問題をここで決めてしまうのは、本来の「ネロ」的にはいいのか!?
小さい頃……まだ「ネロ」が前世の記憶を思い出していなかった時。エリーゼは相当なクソガキだった。「折檻」「躾」と称してネロを虐め倒し、「ネロ」は奴隷市場での経験も合わせて「こんなことしてくる人間なんかと仲良く出来るわけないだろ!」と考えていたのをよく覚えている。
それが、ネタバレ全部知ってる大人の私が介入して、勝手にエリーゼと結婚して……って、本当に「ネロ」はそれで大丈夫なのか!? ていうか本来の「ネロ」の人格って今どこいったんだ!?
そんな誰にも理解し得ない不安が、私のプロポーズへの足を重くしていた。
王宮よりずっと北にある、鬱蒼とした森。竜達の縄張り……王家から禁域と指定されたその森に、私は大体月一くらいの頻度で出入りしている。
竜と人間の架け橋として他の竜達をパトロール……とかそんな高尚な理由じゃない。
「お祖父さーん、ネロが来ましたよー」
森の奥深く、ぽっかりと穴が空いたように開けた場所。そこでそう声をかけると、切り立った崖で口を開く洞窟から、のそりのそりと黒い巨竜が現れる。
「……もう前に会ってから一月経ったか」
「ネロ」の祖父である巨竜・ドグラ=シュヴァルツ。私も一応立場に合わせてお祖父さんと呼んでいるその竜は、果たして何日間寝ていたのか、気怠そうに欠伸をした。
「まだ結構冷えますね。変わりありませんか」
「ああ」
「それは何より。これ、お土産です」
お祖父さんの前にあぐらをかいて、来る前に買ってきた肉の塊を差し出す。お祖父さんからしたらとんでもなく小さく見えるが、こんなものでもちゃんと腹一杯になるというんだから竜というのは随分燃費がいいんだなあと思う。
「……あれは持ってきていないのか」
「あれ?」
「何ヶ月か前に持ってきただろう、あの、砂糖と油の味がする」
「……あ、ケーキ!? 気に入ったんですかあれ」
私が月一でここに来ているのは、何のこっちゃない、普通に里帰りのためだった。
前は竜の力の使い方を学ばんと結構な高頻度で来ていたが、ある時「大体分かった!」となり行く頻度をがくんと下げた。人間なのか竜なのか、しかも純粋な孫の「ネロ」なのか分からん何かが何度も押しかけてくるのはお祖父さんも鬱陶しかろうと思ったのだ。
しかしそうして半年ほど空けていたある日。その日は一週間続く大雨に辟易していたのをよく覚えている。禁域に住む小竜達が学園にどっと押し寄せて、「始祖様が荒れている」「鎮めてほしい」と頼んできたので森に行ったら、荒れていた天気もお祖父さんの機嫌もすっかり治った。
なるほど、中身が何であれお祖父さんにとっては孫の見た目をしているわけで、会いたいと思うのは当然なわけだ。
かくして、月一の里帰りは私の習慣となったのである。
「お祖父さん甘いものお好きなんですねえ……まあ年寄りって落雁とか馬鹿みたいに甘いもん食ってるもんなあ」
「何か言ったか」
「いえ、何も。それなら今度、大きいの作ってもらいますよ。果物は好きですか」
「冬の苺は好かん」
「ああ、酸っぱいですからね」
最初こそ始祖の竜とかいう伝説みたいな存在と何を話すべきか悩んで気まずい沈黙の時間が多かったが、今じゃあんまり悩まない。お祖父さんは肩書きこそ立派だけど、実際はただの無愛想な頑固親父、そのくせ距離を取られるとちょっと傷つく繊細ジジイなのだ。自分でも多少自覚あるのか、ちょっとズケズケ言った方が楽しそうにしている。
しかし、今日は。
「……そんなら、チョコレートのケーキとかの方がいいかもしれませんね……」
私の方にズケズケ言う元気がなく。
「……どうした? 随分気を揉んでいるようだな」
お祖父さんは目敏くそれに気がついた。
……転生者なのだ、ということはそれとなくオスカーやエリーゼに話した。しかし輪廻転生というのはそもそも仏教の考え方だ。女神教とかいう謎宗教が根付いているこのドラグニアで育ってきた面々にはどうにも理解し難かったらしく、「10歳の頃に心が急激に成長した」みたいな受け入れられ方をした。何じゃそりゃ。
だけど、お祖父さんなら。初対面で私が「混ざっている」と看破したお祖父さんなら、もしかしたら。
半ば祈りのような思いを込めて。
「……実は…………」
私はここ最近の悩みを、吐き出した。
そして、お祖父さんは。
「番わない理由がないだろう」
元も子もない答えを出した。
「話聞いてました!? だからそんなことしたら本来の『ネロ』が……」
「そもそもお前の言う本来の『ネロ』とは何だ」
「そ、そりゃあ原作軸というか、ゲームに出てた……」
「それはお前と何が違う」
何もかもですけど!?
「あのですね」ともう一度いちから説明しようとした私を、お祖父さんがふん、と鼻を鳴らして制する。
「いいか。魂とは器に入った水のようなものだ」
そして、おそらく竜ならではの理屈を語り出した。
「多くの存在はその底に沈む澱みに気付かぬまま生涯を終える。お前はたまたま、その澱みが浮かび上がり、混ざったのだ」
「つ……つまり……?」
「いつかの記憶と気性を思い出しただけで、お前は『ネロ』に変わりない」
……いや、竜の理屈すぎる……。
そんなうまくいく割り切れるかよ、と思っているのが顔に出ていたんだろう。お祖父さんは「今は分からずとも無理はない」と言った。
「お前は人として生きた時間が長すぎる。……しかし、だからこそ……今があるのだろう」
そんなもん、なんだろうか。
しかし、恐るべきは始祖の竜が語る竜の理屈。まったく分からないのに、なぜか腹にはすとんと落ちたような感覚があった。
だが、いくら竜としての本能が納得できていても、私の気持ちとしては全然整理できていないわけで。
「明日にでも急に『ネロ』に戻ったら大事じゃんかよぉ……」
里帰りから戻ってきて、寮のベッドに寝転がる。この軋みまくりのボロベッドで眠るのもあと少しかと思うと感慨深いような、そうでもないような。
あと少しで卒業する。卒業したら、私はスカーレット公爵家に戻ることなく王家から譲り受けたお屋敷で使用人達と生活することになるそうだ。
そんな色々してもらっても先立つものがないんですけど、とオスカーに言ったら学園内の教職と外交時のオスカーやミカエルの護衛の仕事を一気に任されるとかなんとか。まったく、人使いの荒いこと。
そんな状況になってると「ネロ」が知ったらどんな顔をするだろうか。ゲームの向こうのネロの顔を思い浮かべてみるが、おおよそ今の私が絶対しないような儚げな顔で微笑むばかりだった。
気付くと、私は。
「あ……これ、夢か……」
前世、自分が暮らしていた一人暮らしのアパートの万年床に寝転んでいた。
驚きはしない。日本が恋しいのか、こういう夢を見ることはたまにあるからだ。
重たい体を引き摺るように、のそりと起き上がる。せっかく日本の夢を見てるんなら、夢の中とは分かっていてもラーメンとか食べたい。そう思いながら辺りを見渡すと。
「ああ、起きた」
化粧道具と漫画本が散乱するちゃぶ台。その向こうに、「ネロ」が座っていた。
「っね、ネロぉっ!?」
「何驚いてるの。君も『ネロ』だろ」
いや、それはそうなんだけど、私とは圧倒的に違うというか、本物感というか。
戸惑う私に、「ネロ」はゲーム内で何度も見た少し切なげな笑顔を浮かべて見せる。
お祖父さんの言っていたことを思い出す。魂とは器のようなもの。私はたまたま、そこに沈んでいた澱みが浮かび上がって混ざっただけ。じゃあ、この状況は、つまり。
「混ざってるんだよ、まさに今」
私の考えを見透かしたように、「ネロ」が言った。
……これが、本物の「ネロ」だとして。私が奪ってしまったこの体の、本当の中身だとして。私が今、一番伝えないといけないことは。
「……ごめん」
万年床から降りて、フローリングの上で土下座する。
「……あなたの身体で、好き勝手して……しまいました……」
何か言い訳をしようと思ったが、何も言い訳できない。この8年間、本当に好き勝手し続けた。本来の「ネロ」ではあり得なかったことも、きっとたくさん経験してしまっただろう。
「ネロ」をこの子から奪ってしまった。
どう詫びたらいいか分からないまま、じっと「ネロ」の返事を待つ。どんな罵倒だって受ける。どんな目に遭わされても文句は言えない。そう、思っていたのに。
「あははははははっ!」
「ネロ」は、腹を抱えて大笑いした。
え……何? めちゃくちゃ怒ってわけわかんなくなってるとか?
顔を上げると、笑いすぎたネロが涙を拭ってるのが見えた。そんなに笑う?
「いや、僕もさ、最初はよりによってエリーゼお嬢様となんてって思ったけどさ」
「あ、思うのは思ってたんだ……」
「でも、君の気持ちが流れ込んでくるとさ、エリーゼお嬢様のことがまったく、違うように見えてくるんだよね」
「ネロ」が自分の胸を撫でる。その仕草は、なんだかとても愛おしいものを思い出しているようで。
「お祖父様に聞いただろ。君と僕は、混ざってるんだよ。君は僕を奪ったんじゃない。ただちょっと、交代しただけだよ」
「……交代……?」
「そう、交代」
「ネロ」の笑顔はゲームの時と同じく、柔らかくて、優しくて……それなのに、ゲームの時よりなぜかすっきりして見えた。
「……僕はさ、僕のことを心から愛してくれる誰かがいたら、お母さんの言う通り邪竜にならないで一生を過ごせるのにって思ってたんだよね」
「……うん」
「でも、違ったんだ。大事なのは、僕が心から誰かを愛することだった」
……ゲームの「ネロ」は、ヒロインから「愛してる」と言われて初めて呪いが解けた。でも、私も、今目の前にいる「ネロ」も、そうじゃない。
私の、私達の呪いを解いた、のは。
「……君と、お嬢様が教えてくれたんだよ」
ネロが立ち上がって、私に背中を向ける。その手がドアノブを握ったのを見て、反射的に手を伸ばした。
「っちょ、待って、まだ話すこと……」
追って、立ち上がろうとした、その直前。
「──────ネロ!」
自分の寝言で目を覚ました。
気付けば外はすっかり暗くなっていて、夕方くらいからずっと眠りこけていたのだと察する。
……転生に気付いた時もこんな感じだったな……。
あれは私の都合のいい夢だったのか、それとも……考えたってきっと、仕方ない。もう、混ざってしまった以上は。
腹は括ったものの、だからといって心の準備が出来たかというとまったく別の話である。
私はエリーゼからの意味深な視線を避け続け、いいムードを作ろうとする雰囲気を避け続け、気付けば。
「……まさか本当に卒業式後のプロムまで何事もなくくるとはな……」
「うるさいな……殿下には関係ないでしょう」
王太子二人が卒業することもあり、式もプロムも華々しく行われた。普段は生徒と教員だけが参加するらしいプロムの会場には、王家や貴族のみならず各国の要人……そしてその令嬢が顔を並べている。
おおかたオスカーがエリーゼとの婚約を破棄したことで宙ぶらりんになったから、その後釜を狙っての参加なんだろう。それに、第二王子のミカエルだって特定の許嫁はいないわけだし。二人とも毎日のようにラブレターやら見合い写真が届くと言ってため息をついていた。
そして、そんな令嬢からの熱烈なアピールに疲労困憊したオスカーは、広間の壁の隅でひっそりと息を潜め。
「関係ないことはない。お前もエリーゼも幼馴染だし、何より俺はお前の友達だ。口を出す権利がある」
こうやってくどくどと私に説教かましていた。
こいつ、まだ酒覚えてないからマシだけど将来的に酔っ払い説教おじさんになるんだろうな……その時は容赦なく拳骨しよう。間違ってたら殴れと言ったのはオスカーである。
「私には私のタイミングっちゅーもんがあるんですよ。殿下みたいにいつでも整ってるわけじゃないです」
「それにしたって、この話はお前が邪竜になった直後からしてるから……2年はしているぞ。2年かけて整わない準備があるか。今日行け。今行け」
「無茶をおっしゃる」
そんな話をしていると、「ネロ!」とはしゃぎながら駆け寄ってくる声がする。こんな浮かれポンチは他にはいない。
「お嬢様……これまた随分花もらってきたんですね」
「後輩の女の子達に慕われちゃって大変なのよ。まあ、慕う理由も分かるけどね」
花を両手いっぱいに抱えたエリーゼがふふんとドヤ顔してみせる。
エリーゼは私の邪竜化の一件以降、真の聖女として一部生徒から神聖視されていた。今じゃ貴族子女だけで構成されたエリーゼの親衛隊もあるとかなんとか。女子校の星かよ。
「嬉しいのは分かりましたけどお嬢様、あんまりもらいすぎると花で埋もれますよ。贈り物とかはあっちで先生が預かってくれるらしいんでとっとと持って行きましょう」
「そうね、半分持ってちょうだい」
「はいはい」
「……ところで、先生が預かる場所とかやけに詳しいのね。なんで?」
「…………ナンデデショウネ」
「あなた私が見てない隙に何かもらったのね! この浮気者!!」
「なんでですか! もらうくらいいいじゃないですか!!」
エリーゼに負けず劣らず私にも人望があるのだ。まあ、大半は私が邪竜と知って近付いてくる竜マニアだったり、卒業したら公爵になると知って近付いてくる貴族令嬢だったりだが……それでももらうくらいいいやろがい!!
「今すぐ全員に返してきなさい! 特に女の子からの!」
「あーはいはい、殿下。ちょっと私達お花預けに行ってくるんで」
「ああ、お前ら二人が揃うとうるさくて敵わない。とっとと行ってこい」
オスカーはしっしっと手を払う動作をするが、その顔が若干笑っていたのを見逃さなかった。揶揄うように、背中を蹴るように。つまりは、さっさと二人になってしまえ、ということだ。
「もうほんと、信じられない! 私っていうものがあるくせにデレデレ後輩に鼻の下伸ばして!!」
「伸ばしてないでしょうが!!」
花を預けた後も、エリーゼは私がプレゼントを受け取ったことにぷりぷり怒っていた。
エリーゼはかなり嫉妬深い。こういう関係になってから知った……というかそうなる前から人のことを女好きだの助平だの言ってたし片鱗はあった。
だからこそ、今のこの状況はエリーゼにとってはかなり不安なんだろう。
恋人同士なのに、卒業を目前に控えてるのに、卒業したら公爵家を出てしまうのに、何も関係性を進展させる気配のない状況……。客観的に見ると不誠実だなあとは思う。しかし私にだって色々考えとか、準備があるわけで。
ため息をついて、オスカーのもとに戻ろうとするエリーゼを「お嬢様」と呼び止める。
「少し……その、ツラ貸してください」
「え? 何……?」
しまった。柄が悪くなってしまった。
窓から突き出した形になっているバルコニーは、せっかく晴れて星まで見えるのに、三月の夜はまだ肌寒いからか私達以外誰もいなかった。まあ、人がいた方が気まずいのでこれはこれでありがたい。少し身震いするエリーゼに上着を貸してやると、「ありがと」と遠慮なく羽織った。
「私が邪竜になった時、お嬢様ここまで出てきて私のこと呼んでましたよね。あれ、ちゃんと聞こえてましたよ」
「……聞こえてた上で無視して飛んでったってわけね」
「なんでそう悪くとるかな」
いい話しようとしてんだよ今!
……しかし、今更ロマンチックなことを言うのも性に合わない。深呼吸をして、腹を括る。
「……多分ね、何を言われるかはお察しとは思うんですが……」
「? 何か大事な話なの?」
うっそだろお前!! なんで察してないんだ!! 何のためにロマンチックな星空の下♡ に連れ出したと思ってんだ!!
「大事な話ですよ!! もうすっごい悩んだんですから、本当に私で大丈夫かなとか、お祖父さんに相談したりして」
「もしかして公爵になること? それなら大丈夫に決まってるじゃない、オスカー殿下直々の任命よ! 私もついてるし」
「そうじゃなくて……」
ああ、でもエリーゼの中では、こんな宙ぶらりんの状態でも、この先ずっと私と一緒にいることが前提、なんだな。そりゃそうか。あんな壮大な愛の証明かましたら、そうなるか。
なんだかぶわっと頬が熱くなった。このままじゃいつまでも決心がつかないと思って、慌ててポケットに手を突っ込む。
「お嬢様、手出してください」
「手?」
「ほら、早く」
エリーゼは不可解そうに右の掌を差し出してくる。本当に察してないんだな……。
まあもうそれでいいか! ここで引いたらまたしばらく出来ないぞこれ!
エリーゼの手を取って、ポケットから取り出したそれを載せる。エリーゼは目をぱちくりさせながら。
「……指輪?」
「……それ以外に何があるんですか……」
もうここまで来たら誤魔化しても仕方がない。とっととプロポーズってやつを……。
「ムードがない!!」
「はぁ!?」
エリーゼは事もあろうに指輪を突き返してきた。お前!! 私の勇気の結晶を!!
「プロポーズはね!! もっとロマンチックに、跪いてやるものなの!! 何よ、こんな急に、普通に渡して!!」
「しっ、仕方ないでしょう!? そんな作法とか知りませんよ、プロポーズなんて初めてなんですから!!」
一通り言い合いの末、二人とも息を切らす。なんでプロポーズも素直に受けられないんだうちのクソガキお嬢様は……!!
「……分かりましたよ、跪けばいいんでしょ……」
「言われてからやるのじゃ駄目なのよ……」
「はあ……ならちゃんとやり直すから、今度はちゃんと左手出して」
エリーゼは息を整えてから、ふん、と鼻を鳴らして左手を出す。華奢だ。頼りない。こんな小さい手で、あの時邪竜になった私に触ったのか。
そう思うと、周りや「ネロ」がなんて言ったって、私にはエリーゼしかいないと思った。
「……はい、これ」
手を取って、薬指に指輪を嵌める。よかった。ちゃんとサイズ合ってた……。
「……何か、言うことがあるんじゃないの」
エリーゼが眉間に皺を寄せたまま私を見る。昔はなんで睨むんだよと思っていたが、最近気付いた。エリーゼは嬉しいのがバレたくない時もこういう顔をする。
「……結婚しましょうか、お嬢様」
エリーゼのそんな顔が面白くて、私まで頬が緩んだ。
「私は一歩間違えたら邪竜になるし、お嬢様もまだまだ意地っ張りの見栄っ張りだし。私達お互いダメダメだから、一緒にいて、ちゃんと支え合いましょう」
エリーゼは、唇をきゅっと結ぶと。
「もう!!」
「んぉっっ!?」
飛びつくように、私に抱きついた。
危なかった、受け止めなかったら二人してぶっ倒れるところだった……。
「あなた、プロポーズもひねくれた言葉でしか言えないわけ!?」
「ひねくれって……割といいこと言った方でしょ」
「センスがないわ! でも、ふふっ、そうね」
エリーゼは隠しきれないように笑いをもらすと。
「しょうがないから結婚してあげる!」
そう言って、私の唇を塞いだ。
かくして、夫婦(予定)となったはいいが。
「ネロがそんなに私のこと好きなら結婚も仕方ないわね」
「は? お嬢様の方が私のこと好きなんでしょ、大雨の中追っかけてきといて」
「はぁ!? その大雨を降らせたのは誰!? しかもネロったら泣きながら私のこと待ってたじゃない!!」
「待ってないですけどお!? 捏造しないでくれます!?」
……まだ、前途多難なようである。
あとおまけが一話あって、今作は終了です。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




