58.従者くん、帰る
雨はやみ、雷も鳴りを潜めた。洞窟の入り口からは、雲が晴れた星空が見える。そんな中、私は。
「まったく!! とんでもないことをしてくれたわね!! 帰ったら全部説明してもらうわよ!!」
「勘弁してくださいよ……」
エリーゼに手を引かれながら説教されていた。
ぼろぼろの従者に対してこの仕打ち……。やっぱり悪役令嬢じゃねえかと思いはするが、実際めちゃくちゃ迷惑をかけた上にそれを解決してくれたのはエリーゼなので何も言えない。しかもぼろぼろなんて言ったら、エリーゼの方がぼろぼろなのだ。
ぼさぼさの髪、泥だらけの服、まだ赤みの残る目元。こんな状態になって助けに来てくれた人を今更無碍にも扱えない。結局私は、ギャースカかまされる説教を「はいはい」と比較的ちゃんと聞いていた。
「聞いてるの!? 大体あなたは……っきゃ!!」
「っと! あぶねー……やっぱり私が背負っていきますよ、お嬢様こけそう」
「そんな膝が笑ってるような人に背負わせるほど私性格悪くないわよ!」
いや性格は悪いだろ……と、心の中で言ったつもりだが実際に声に出ていたらしく、エリーゼからぶっ叩かれた。この元気があれば森を出るまで大丈夫かもしれない。
洞窟を抜けると、煌めく夜空が出迎えてくれた。まるで我々を歓迎してるようじゃないですか、というクサいことを言っている場合ではない。
私はその場にへたり込み。
「……お嬢様っ……もっかい休憩……」
「また!?」
「知らんでしょ……!! 邪竜化って死ぬほど疲れるんですよ!!」
前に火を吹いた時もぶっ倒れたし、どうやら私は竜としてはまだまだの身らしい。天候を変えるとか、他の魔法を吹き飛ばすとか、結界張るとか……そんな超常的なことを繰り返した結果、私はちゃんとスタミナ切れを起こしていた。
「こ……このまま一人で野宿してから帰るんで……お嬢様先に帰っててください……」
「帰れるわけないでしょ!? ほら、背負ってあげるから起きなさい!!」
「お嬢様に私が背負えるわけないでしょ……」
エリーゼはぎゃーぎゃー言うが、動けないもんは動けないもんで仕方ない。
しかし今何時だ? こんな真っ暗な森、エリーゼ一人に帰らせるわけにもいかんし、どうしたもんか……。
そう、思っていた時。急に空が暗くなった。
「ん?」
二人で同時に空を見上げ、噴き出す。
なんかすっごいでっかい竜がこっちに向かって降りてきてる!!
「ちょちょちょお嬢様後ろさがって!!」
「あなたこそ下がりなさいネロ!! 私が守ってあげるから!!」
アホみたいなやり取りをしている間に、どしん、とその竜は地に降りて。
「……人の形に戻ったか」
「……あっ……!!」
降りてきたのはネロの祖父のあの竜だということにようやく気付いた。
「まったく、手間をかけさせおって……」
「す、すいません!! 私、あんな大口叩いて結局邪竜になっとるし、しかもさっき叩き落として……」
震える身体で土下座しようとすると、エリーゼが不可解そうに私と竜を見比べる。
「……ネロ、この竜はなんて言ってるの? さっきは喋ってたはずよ……?」
あ、なるほど。今の、人には竜が吠えてるようにしか聞こえないか……。
竜もエリーゼの言葉で気付いたらしい。舌をもごもごと動かして、今度は人の言葉で流暢に。
「…………人の子よ。此度は我が孫を救ってくれたこと、心より礼を言う」
エリーゼに向けて、頭を下げた。
エリーゼはぽかんと口を開いて、もう一度私を見る。
「孫ぉ!?」
「あっ、そういえば教えてなかったですね……」
そもそも竜であることを隠していたので言えるわけもないのだが。
震える膝をなんとか立たせ、エリーゼに向かい立つ。
「お嬢様、こちら私の祖父の……確かお名前ありましたよね? えっと、ドグ……ドグラ・マグラ的な……」
「……ドグラ=シュヴァルツだ」
「そうそれ」
睨むなよ……。「ネロ」だって子供の頃に何回かしかあんたに会ったことないんだから、うろ覚えでも仕方ないだろ……。
「それで……お祖父さん。こちら私の雇用主の、エリーゼ=スカーレット公爵令嬢です」
「っさ、先ほどは挨拶もせずに申し訳ありません!」
「いい。人の子の作法は性に合わない」
お祖父さんは私とエリーゼを見比べる。そして、もう一度エリーゼにその金色の目を向けた。
「あなたには孫を救ってもらった大恩がある。この恩、いったいどう返したものか」
「そんな、恩なんて……ネロは私の従者ですもの、当然……」
エリーゼはそこまで言って、はっと私を見た。
ふらふらの身体。ぼろぼろの衣服。
それらを舐めるように確認したエリーゼはもう一度向き直る。
「……そうですわね。それなら一つ、聞いてもらいたいお願いがあるわ」
エリーゼの望みを聞いたお祖父さんは。
「……なに? そんなことでいいのか」
かつてないほど穏やかな声で、そう答えた。
♢
雨が止み、数時間。空を覆っていた厚い雲は晴れ、東の空は白み始めていた。
結界が解除された時、まだどんな危険があるか分からないと斥候を申し出たあの巨竜はまだ戻ってきていない。もしや結界解除すら邪竜の罠で、あの竜も殺されてしまったとしたら……。
オスカーの背中に、じわりと冷や汗が滲んだ。
「オスカー……もう朝になる。王国騎士団も森に入った方がいいんじゃないか」
「そうだな……」
アルフレッドの進言に、オスカーは顎を撫でて考える。
あの竜は本当にネロなのか。なぜ聖女も入れない結界にエリーゼだけが入れたのか。分からないことが多すぎる。危険は多いが、このまま見過ごすわけにはいかない。
「ああ、王国騎士団で進軍を──……」
そう言いかけた時。
「みんなーーーーーーーーーーーっっ!!」
幼い頃に何度も聞いた、よく通る高い声。見上げると、あの黒い竜。そして。
「邪竜は抑えられましたわーーーーーーーーーー!! 世界も無事ーーーーーーーーーー!!」
「お嬢様!! 身ぃ乗り出しすぎ!! 落ちますよマジで!!」
その背から、見慣れた幼馴染二人が身体を乗り出しているのが見えた。
「エリーゼ……ネロ……!?」
夜と朝が溶ける黎明の空の中、竜の背で二人は。
「何よ! ちゃんと落とさないように運んでってお願いしたんだから、多少は大丈夫よ!」
「竜ってそんな万能じゃねーから! 落ちたところ受け止めるなんて出来ませんからね!」
「じゃああなたがしっかり捕まえておけばいいじゃない!」
あまりにも、いつも通りだった。
ぱちくりと瞬きを繰り返している間に、竜は地上に降り立つ。エリーゼがネロに支えられる形で二人とも竜の背を滑り降り、オスカーは久々にこの二人とちゃんと向き合ったような気がした。
「……エリーゼ、邪竜の正体は……」
「っ、それは……!」
エリーゼが何か誤魔化そうとしたのを、ネロが手を伸ばして制する。そして。
「…………私が、邪竜です」
静かな声で、告げた。
周囲がざわつき、ネロから距離を取る。エリーゼと巨竜、そしてオスカーだけが、その場から動かなかった。
「……それは、どういう意味だ」
オスカーが聞き返すと、ネロは「そのままの意味ですよ」と自嘲気味に言う。
「私は人と竜の間に生まれて、人と愛を育めなければ邪竜になるという呪いを背負って生きてきました。さっきの姿は……呪いが発動して、邪竜になった、私の本性です」
ネロはす、と両手を差し出す。まるで捕まえてくださいと言わんばかりの手に、オスカーは目を見開いた。
ネロと目が合う。ネロは、諦めたように笑った。
「……だって邪竜ですもん。このまま何の責任も取らないで元通り、は……さすがにだめですよ」
そうだ。ネロのやったことは許してはいけない。邪竜は討伐すべき存在なのは、ずっと前から分かっているのだから。
オスカーがネロに触れようとした時。
「待ってください!!」
エリーゼが間に入って、オスカーを止めた。
「お嬢様……何やって」
「乙女の真の愛で邪竜は抑えられるんでしょう!?」
そう言われて、初めて予言を思い出す。
乙女の真の愛だけが竜を抑える唯一のすべ──……もし、乙女が聖女でなくてもいいのなら。ネロにかけられた呪いが、人と愛を育むことで解除されるものならば。
「いやお嬢様!! 引っ込んでてください! こっち邪竜なんで!!」
「うるっさいわよ!! あなた私と、あっ、あ、愛を育んで呪いが解けたんでしょ!!」
「顔真っ赤!! 照れるくらいなら言うな!!」
この場でもわあわあと言い合いを重ねる二人を見て、オスカーはふ、と噴き出した。
目の前にいるのはいつもと……ずっと昔から変わらない、幼馴染のネロとエリーゼに違いない。重々しく考えていた自分が馬鹿みたいだ。そう気付くとますますおかしくて、オスカーはついに大笑いしてしまった。
「で……殿下……?」
「ふ、いや、すまない……っはは、そうだ……ずっと、お前らは変わらないな……」
ニーナが現れて、変わってしまったと思っていた。しかし違う。変わったのは自分の方で、そして、変わらないといけないのも自分の方だった。
「……ネロは、一時的に王宮で預かる」
「っ、オスカー様!」
「勘違いするな、エリーゼ。捕縛じゃない。検査のためだ」
「検査」とエリーゼとネロが声を合わせる。
「ああ。ここは竜使いの国だ。竜と、共に生きる国だ」
群衆は、息を呑んでオスカーの……次の王の言葉を待っていた。
「……ネロもこの国で、竜として……共に生きるべきだ」
ネロの差し出した手は、捕えるためではなく。握手のために、握られた。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




