57.従者くん、愛を知る
聞き慣れた声に耳を疑って、洞窟の入り口に目を向ける。そこに立っていたのは、髪はぼさぼさだし泥だらけだけど間違いない。
「エリーゼ……」
そう声を出してから、まずいと思った。口を覆ったがもう遅く、エリーゼは確信めいた顔つきでずんずんとこっちに近付いてくる。
「やっぱり!! こんなところにいたのね!! 早くそのでかい図体縮めなさい、帰るわよ!!」
無茶言うな、馬鹿かお前、帰れるわけない、そんな思いを全部込めて。
「来るな!!」
そう怒鳴った瞬間、咆哮は暴風になる。エリーゼは風に煽られてその場に尻餅をつき、暗い洞窟の中で私を見上げた。
見開いた目は、怯えて揺れている。ああ、そうか。そりゃ怖いか。私って今、竜だから。
エリーゼを見下ろして顔を寄せると、エリーゼがひくっと身体を強張らせた。
「……怖いでしょ。邪竜だもんね。殺される前にとっとと帰れ、悪役令嬢」
吐き捨てると、エリーゼがまだ何か言いたげに唇を開く。
ああ、なんでこいつまだ諦めないかなあ。もう無理なんだよ、全部。
「あんたがいくら馬鹿でもさすがに分かってるでしょ。もう私は世界を壊すまで止まれない。さっさと聖女連れてきて、私のこと殺してよ」
「殺す、なんて……っ、予言はそうじゃないはずよ!! 乙女の真の愛が……!」
「愛とか私には無理だったんだよ!!」
エリーゼの言葉を遮って怒鳴りつける。
「……あーあ……こんなことなら、ちゃんと聖女様に縋ってりゃよかったなあ……あんたみたいな、悪役令嬢じゃなくて」
もう、取り繕う意味なんかない。
そう思うと、今まで隠していた本音がぼろぼろと、こぼれ落ちるように。
「私さあ、あんたのことずっと利用してたんだよね。聖女ってモテるからさあ、絶対私なんかじゃ無理だって。あんたならちょっと優しくすればころっと落ちて、私の邪竜化阻止してくれるかなって」
「……ネロ……」
「それも結局全部駄目だったなあ。やっぱさあ、愛ってなんか、ちゃんとした人がやるやつなんだよ。私もあんたもダメダメじゃん。愛なんてそんな高尚なもん、私らには無理だった」
「ネロ……」
「もうほんと最悪だよね。最低でしょ? 分かったんならとっとと帰れよ。私、もう一人で死ぬんだ」
ここまで言ったのに、エリーゼは性懲りも無く。
「……ネロ」
そう言って、手を伸ばしてきた。
「来るなったら!!」
もう一度、暴風を浴びせる。今度はしっかり足を踏みしめてたのか、エリーゼは顔を腕で覆いはしたが倒れることはなかった。
そして、恐怖も躊躇もまったく隠せていない、震える手が私の方に伸びる。一度耐えきれないように引きかけて、それでも振り絞るように。
「…………ネロ」
私の頬に、添えた。
息を呑む。近付くなと怒鳴り散らしたいのに、この距離でそれをやったらエリーゼがただではすまない。躊躇う間にエリーゼは私に距離を詰めて、私の目をじっと見た。
「……あなたの結界、他のみんな……聖女だって入れなかったのよ。なのに私だけ入れたの。なんでか、分かる?」
分からない。分かるわけがない。
逃げ出したいのに、狭い洞窟が、下手に動けばエリーゼが怪我をするという理性が、何よりもこっちをまっすぐに射抜く瑠璃色の瞳がそれを許さなかった。
何も言えない私に、エリーゼが優しく、言い聞かせるように。
「あなたが私を、愛しているからよ」
そう告げた。
「……っは? なに、いってんの、馬鹿じゃないの……」
口先ではそう言ったのに、エリーゼの言葉はすとんと胸の奥に落ちてしまっている。
「うそっ……うそだあ、こんなの、愛じゃないよ、私ずっと、あんたのこと利用してたし」
どんなに否定しても、弱る雨音も、遠のく雷鳴も、全部がそうだと言っている。
絶対違う、絶対こんなの違うはずなのに。
「愛よ!!」
気付けば私の身体は、エリーゼが抱きしめられるほど小さく……人間に化けていた、いつもの姿に戻っている。
でも、まだ認められない。だって、こんな。
「私のは違う、だって私、あんたのことなんかどうでもいいもん!! あんたがどうなったって、私……」
「私のために世界をめちゃくちゃにしかけておいて、今更何言ってるのよ!!」
エリーゼが私を抱きしめる力を強くする。
小さい。あったかい。胸がどきどきして、泣きたくなるほど切なくなって、でもこんなの、絶対違うのに、それなのに。
「こんな……こんな、自分勝手なのが、愛でいいの……?」
恐る恐る、エリーゼの背中に手を回す。
「愛に決まってるでしょ!! この馬鹿!!」
涙声でそう言われた瞬間、全部、全部溢れ出すように。
二人で声をあげて、泣きじゃくった。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




