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56.悪役令嬢ちゃん、走る


 空を割るような雷の音。地上を沈めんとするような豪雨。行く手を阻む向かい風。

 その全てを振り切りながら、エリーゼは走っていた。


「ネローーーーーーーーーーーーッ!!」


 叫んでみるが、雨風の音にかき消されてまったく響いている気がしない。


「どこにいるのよ、馬鹿ぁーーーーーーーーッ!!」


 呼んでも、怒鳴っても、がなっても声は消されていくばかり。やはりこの目で見つけなければならないのか、とエリーゼは走り続けた。


 泥濘んだ土に足を取られる。スカートの裾に泥が跳ねる。雨で髪も顔もぐちゃぐちゃになる。それでも走った。走らなければいけなかった。


「っきゃ!!」


 木の根に足が引っかかり、そのまま盛大に転ぶ。

 服も顔も泥だらけになった上に、口の中にまで泥が入った。正直、めげそうになる。でも、めげられない理由があった。


「ネロっ……」


 6年前。

 ネロが初めてオスカーに楯突いたあの日。初めて、誰かに泣いているところを見せてしまった日。


『それでも、一人で泣いて反省しろなんて、私にはとても思えません……』


 生まれて初めて、そんなことを言われた。


 泣くのは必ず一人の時だった。弱いところを見せればつけ込んでくる下賎な輩がいるから。公爵令嬢として一部の隙も見せてはいけないから。でも、本当はずっと、泣いてる時こそ誰か、そばにいて欲しかった。


「ネローーーーーーーーーーーーっ!!」


 届かないと分かっている。それでも呼ばずにはいられない。


 初めて自分を庇って、オスカーに謝れと言った時の背中も。


 オスカーと自分を連れて、街へ出た時の呆れたような顔も。


 自分達の勉強に付き合って、辟易したような物言いをするくせに結構楽しそうにしているところも。


 やけに竜に詳しいくせに、その理由もどこからきたのかも何も教えてくれないところも。


 誰にでもすぐ綺麗とか可愛いとかいう女好きのくせに、本当に弱ってる時は自分のところに駆け寄ってくるところも。


 みんながニーナの味方になって、どんどん自分の居場所がなくなってしまった時にそばにいてくれたところも。


 全部全部、思い出しては胸を熱くする。炎が身に宿ったかのように、走り出した足が止まらなくなる。


 ネロは馬鹿だ。図々しくて、秘密が多くて、上から目線で。文句を言いたいところなんかいっぱいある。それでも。


 ネロが自分に向けてくれていた気持ちは、いつだって優しいものだった。


「ネローーーッッ!! あなた、いい加減にっ……!!」


 走って、走って、ようやく気付く。


 ここは森の奥深く……昔、武勲をたてて父に認められようと竜の討伐に来た時。ネロが王国騎士団から外れて、こっちに竜がいると言った時に通った道だ、と。


 隣に立つ木を撫でる。そこには確かに、昔ネロが道標にとつけた傷が残っていた。


「……っ……」


 竜になったネロは大きかった。あんな巨体、隠れられるところなんて限られてる。

 曖昧な記憶を探って、思い出す。さっき自分に頭を下げた竜……あの竜と、エリーゼは会ったことがある。たしか森のもっと奥、開けた場所にある洞窟に潜んでいて……。


 エリーゼは、ブーツの紐を結び直した。


 まっすぐ前を見据える。木の道標に沿って進めば、あの洞窟に辿り着く。きっとネロは、そこにいるはずだ。


「〜〜〜〜〜っもう、手のかかる従者よ!! 本当に!!」


 地面を蹴って、駆け出す。


 自分は竜使いだ。ネロが邪竜である以上、対処しなくてはならない。


 でも。


「私の人生めちゃくちゃにしておいて、勝手に死ぬなんて許さない!!」


 エリーゼは駆ける。


 まっすぐ、自分の好きな人に向かって。




「っは……はぁっ……」


 転びながら、滑りながら、ようやく辿り着いた洞窟からは、どこか悲しげな竜の咆哮が聞こえた。

 間違いない。ここにいる。


 深呼吸をして、足を踏み入れる。


「…………ネロ?」


 奥にいる黒い何かが、エリーゼの声に反応して蠢いた。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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