53.従者くん、飛び去る
「おいっ、見ろ! あれ!!」
「何あの竜……!!」
下を見ると、王都の人々が空を指さして騒いでいる。逃げるように高度をあげて、地面より雲が近い場所をびゅん、と飛んだ。
早くどこかに行かなきゃ。いや、でもどこに? これからどうするんだ?
ゲームで何度も見た「ネロ」の死が脳内を駆け巡る。
私は邪竜になった。邪竜に残された道はたった一つ。ニーナと誰かに協力して、倒されることだけ──……。
「来たか、ネロ」
聞き覚えのある声にはっと顔を上げる。
「邪竜の気配を辿ってみれば……くく、やはり人はお前を裏切っただろう」
まるで今この瞬間を待っていたかのように、向かう先で待っている黒い竜。子供の頃あの森で会った──ネロの祖父である、あの竜だった。
肌が痺れるような威圧感。射抜かれるような眼光。どれも昔と一つも変わらないのに、今は恐怖で身体が動かない、なんてことはないのは自分があの竜と同じくらい強いと本能で分かっているから。
「人を愛したか? その愛に見合うものはちゃんと返ってきたか? 返ってこなかっただろう」
竜が嘲るように言う。
「人と竜の関係は変わらない。お前はこうなる運命から──────」
「うるさい!!」
竜の言葉を遮って、口を開く。
怒鳴り声しか出していないつもりだった。傷つけるつもりなんか微塵もなかった。
それなのに、声と共に魔法陣が放たれる。魔法陣は竜にぶつかると、いともたやすく竜を吹き飛ばした。
「……っえ……」
森に落ちていく巨体。その見開かれた目と目が合って、ぞっとする。
油断していたとはいえ、今の私はあの竜と渡り合える。それどころか、あの竜すら倒してしまうかもしれない。
ひやり、心臓に鳥肌が立つ。
頭の中を巡っていた、「ネロ」の死が自分に迫る。死への忌避感は確かにある。しかし、それよりもっと強いのは。
「……っ!!」
あの竜が落ちていった森……王宮よりずっと北にいったところにある、王都の外れ。そこにある森はあの竜が住処にしていたところで、あの巨躯を隠していたのは、あのぽっかりと穴を開けたように木が生えていない場所。
隠れよう、と思った。
誰かを傷つける前に。
びゅう、と翼をはためかせると、それだけで雨雲を薙ぎ払うような暴風が吹いた。
雨風を切って、あの洞窟の中へ滑り込むようにあの洞窟の一番奥に入り込む。祖父の住処は強い竜の匂いでいっぱいだったが、すぐに自分の匂いにかき消された。
誰も近づけちゃいけない。きっと、殺してしまうから。皆……全部を遠ざけよう。
願った瞬間、森の動物達がざわつく気配は吹き飛んだ。
雨と風、雷の音しか聞こえない洞窟の奥で、ゆっくりと体を丸める。
邪竜になった以上、私に残された選択肢は、たった一つ。
「……殺してもらわないと……」
死ぬのは怖い。手足の先が冷たくて、喉の奥がひくりと震える。それなのに、頭の芯は妙に澄んでいる。
これからきっと、ニーナがあの会場にいた誰かと一緒にここに来る。
それを待とう。待って、この呪いを、私ごと終わらせてもらおう。
腹は括った。それなのに、頭の片隅には未だ飛び去る前の、エリーゼの顔が焼き付いている。
泣いてたな。大丈夫だったかな。怪我してないかな。
そんな思いが、まだみっともなく残っていた。
♢
原始の竜・ドグラ=シュヴァルツは息を呑んだ。
自分の孫……ネロにかけた呪いがついに発動した。これからあの子は人間を滅ぼす。竜の悲願を果たす英雄となるだろう。
そう、思っていたのだ。さっきまでは。
「なんだ、あの結界は……!」
上空から、自分の住処である森を見下ろす。森には球状の魔法陣が展開され、弾き出された小竜達が次々と森の外へ逃げていく。
先ほど自分もあの結界から逃げるように空へ飛び上がったが……あの防壁は触れてもこちらを害することはなく、ただただ外側へ生き物を押し出しているようなものらしい。
防御ではない。攻撃ではない。あれは、拒絶だ。
さっき、ネロに撃ち落とされた時に感じた疑念は、確信に変わる。
「予言の通り──……」
闇夜が月を喰らう年、聖なる乙女と邪竜が生まれ墜つ。邪竜はすべての魔法を打ち払い、世界のすべてを薙ぎ払う。乙女の真の愛だけが、竜を抑える唯一のすべ。
何百年も前の人間が適当に作り出した戯言だと思っていた。確かに自分はネロを呪い邪竜を生み出したが、ただの偶然だと。ネロが恨むべきは人間であり、世界ではない、と。
しかし、二つの記憶が混ざり合った影響か──今のネロは、人も竜も関係なく、この世界を呪っている。
このままでは、世界とあの子を天秤にかけることになってしまう。
そう気付いた途端、ドグラは。
「──────ネロ!!」
初めて、自分の呪いを悔やんだ。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




