52.従者くん、邪竜になる
「お前らにエリーゼの何がわかるんだよ!!」
さっきまで星が煌めいていた窓の外の空は私が怒鳴るのと同時に真っ黒に塗りつぶされた。
雨粒が窓を激しく叩き、雷鳴が轟く。部屋の照明が割れて、広間の中が暗闇に包まれる。皆の困惑と恐怖の悲鳴を押さえつけるように。
「さっきから追放だの謝れだの好き勝手言いやがって、エリーゼが泣いてるところなんか一回も見たことないっ……あの子が本当はどんな子か、何も知らないくせに!!」
雨音はどんどん強さを増して、雷光も轟音もどんどん近付いてきた。
「何も知らないくせに知ったような口ききやがって、エリーゼはっ……エリーゼは……っ!」
だんだん、声が震えて弱々しく小さくなっていく。骨が軋むたびに私の視界はどんどん高くなって、皮膚が裂けるような痛みと同時に腹の底もどんどん熱を増す。
身震いした途端、周囲の魔力が霧散する。鼻にまとわりついていたあの甘ったるい匂いも泡が弾けるみたいにぱちんと消えた。
ああ、だめだ、これ。自分でも、止められない。
転生に気付いてから、ずっと避け続けていた呪いが自分の内側で目を覚ましたのが、嫌でもわかる。
暗闇を破るような雷光が、広間を照らす。
一瞬見えた、巨大な竜の影──群衆を恐怖に陥れるのに充分すぎる存在だった。
絹を裂くような悲鳴を皮切りに、パニックになった皆が逃げ惑う。そんな中、私の足元でへたり込んでいるエリーゼに目を向けた。
「っ……ね、ネロ……? あなた、ネロなの……?」
怖がってるのに、こっちに手を伸ばそうとしている。反射的にそれを避けて、顔を覆った。
「っ見るな!!」
思ったより大きく出た声は、自分のそれとは思えないほどおぞましいもので。
「見るなっ……見ないで、ごめん、本当に」
窓に向かって、床を蹴る。窓を突き破って羽根を広げ、雷雨の夜空の中を飛んで初めて自分の巨大さに気がついた。
「ネローーーーーーーーーーーーッ!!」
背中にエリーゼの声が刺さる。振り返ってはいけないと思って、夢中でそのまま飛び去った。
♢
「ネロっ……」
雨の中、バルコニーまで走って出てきたエリーゼは掠れる声でもう一度名前を呼ぼうとした。しかし、混乱を押さえつけるようなオスカーの「落ち着け!」という一喝が聞こえて振り返る。
雨の打ち付ける広間では、まだ混乱と恐怖に動揺している生徒や教員達に囲まれたオスカーが、苦々しい顔で俯いていた。
「……これは、どういうことだ」
オスカーもまだ混乱しているのだろう。静かな声でそう言うと、その冷たくもしっかりと意思の宿った瞳は。
「……ニーナ。君は……俺達に、何をした?」
自分に寄り添う聖女に向けられた。
「さっき……無条件に君が正しいと信じていた……いや、さっきだけじゃない。前から、ずっと……」
そこで、エリーゼもはっと気付く。生徒会の面々がニーナに向ける視線が、どこか冷たい……というより困惑を孕んだものに変化している。
皆、頭の中の霧が突然晴れたような……戸惑うような視線をニーナに向けていた。
「それ、は……」
ニーナは躊躇うように瞳を揺らし、何か答えようと口を開く。しかしオスカーはそれを手で制して、「いや、それは後でいいか」と問い詰めたいの堪えるように言った。
「……アルフレッド。王国騎士団に連絡を。危険度不明、制御不可能の竜が現れた、と」
オスカーは顔を上げる。その顔は、エリーゼがずっと慕っていた、王としての器を示すオスカーそのものだった。
「各自一旦寮に戻り、装備を整えてこい。ヴィルジール、アンジェリカ。先生方と連携して皆を寮に誘導しろ。ミカエルは父上に連絡を。ニーナは……聖女としての力が必要になるかもしれない。俺と来い」
オスカーの静かな威厳に気圧されるように、皆の動揺はおさまっていく。オスカーは全員の顔をゆっくり見渡した。
「俺達は竜使いだ。竜には対処しなくてはならない」
最後にオスカーが目を向けたのは、破られた窓……竜が飛んでいった方向だった。
「……あれがどんな竜であっても、だ」
「待ってください!!」
エリーゼは思わずオスカーに駆け寄って、その腕を掴んだ。
竜使いの国で、竜使いとして育ったのだ。この時の対処が何を意味してるかなんて嫌でも分かる。
「あれは……あの竜はネロなんです!! 探しに行くんでしょう!? 私も行きます!!」
ミカエルが「危ないから」と止めようとしてくれるが、それでも止まる気はさらさらなかった。
だって、もしあの竜が制御不可能な危険な竜と判断されたら、ネロは──……。
「エリーゼ」
オスカーの冷たい瞳に、びくっと背筋が伸びる。
「……竜使いとして聞く。あれが本当にネロだとして、お前は本当に対処できるのか?」
分かっている。竜使いとしてどうするべきか、なんて。
あんな大きくて、天候まで変えて……もしかしたらあれこそ、予言で言われた邪竜かもしれない。それでも。
「……っどうなるとしても、このまま一人で泣いて待ってろなんて、私にはとても思えません……!」
エリーゼはオスカーから目を逸らさず、そう言った。
オスカーは少しの逡巡の後「そうか」と呟く。
「装備を整えてこい。竜の捜索部隊は決定次第、伝達する」
こうして、ドラグニア王国の長い長い夜が始まった。
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