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51.従者くん、怒る


 終業式も終えて夏休みを目前に控えた学園は、どこか浮き足だった空気が満ち満ちていた。まあ、無理もない。


「ねえ、プロムは誰と踊るか決めた?」

「私は生徒会の誰かと踊りたいんだけど……聖女様がいるなら無理よねえ」


 生徒指導室の窓越しに聞こえてくる女子生徒の声に、やっぱり皆にとっても結構わくわくするイベントなんだなあと実感する。

 学期末のプロム────長期休暇が始まる前夜に行われる、先生生徒問わず皆が参加する学校行事。ゲーム内ではここで誰に踊りに誘われるかで好感度を確認できるというイベントだ。3年の夏休み前のプロムでは今まで散々ヒロインに嫌がらせを繰り返してきたエリーゼがついに追放されて……というのはこの際どうでもいい。


「……あの、反省文書けました」


 向かいにいる学園長に紙を差し出すと、学園長は「確かに受け取りました」とだけ静かに言う。


「あの……私って普通退学とかじゃないんですか? まだ処分決めあぐねてるにしたって、こんな早く解除になるなんて……」

「あなたは気にしなくていいのよ」


 学園長と目が合う。どこか憐憫のようなものを含んだ目でうるうると私を見つめると、皺だらけの手で私の手を包み込んだ。

 いや、本当に何?


「あなたが苦労していたことはちゃんと分かっています。オスカー殿下に感謝なさい」

「へ? あ、はあ……」

「プロムでね、ちゃんと思いの丈を話すのよ」


 ……なんだ? 何を言ってるんだ? 思いの丈をって、誰に?

 まったく理解が追いついていない私に、学園長は「まだ混乱してるのね」と悲しそうに言った。


 わけのわからないまま、生徒指導室を出る。

 なんかよくわからんけど、プロムに出るんなら準備をしなければならない。あの公爵様のお下がりのよそ行き服引っ張り出さんと。

 いや、その前にエリーゼ……は、もういいのか。婦女暴行するような従者はもうとっくに見限ってるだろう。エリーゼだって子供じゃないんだから、一人で準備くらいする、はず。

 これでよかった、多分。

 自分に言い聞かせながら、寮までの道を歩く。


「見て、シュヴァルツくんよ。かわいそうにね……」

「今日できっと楽になるぞ。これも全部聖女様があそこまで庇ってくれたおかげだな」


 誰かに会うたびに感じる、憐れみを含んだ眼差し。なんだか薄気味悪くて色んな人に何があったのか、と聞いてみた。しかし、誰に聞いても「大丈夫」とか「聖女様とオスカー様に感謝して」とかしか言わない。気味が悪い。ニーナが何か言って、オスカーが動いたからプロムには出られるってことはなんとなく分かるんだけど……それでも事態の詳細が掴めない。

 胸のざわつきを堪えながら、自分にこれでよかった、と何度も言い聞かせる。

 エリーゼにはそもそも「ネロ」を背負わせるべきじゃないんだから。婦女暴行未遂した従者なんて見限られてるに決まってるんだから。

 何度も何度も言い聞かせた。一つずつ、縋る理由を潰すように。




 そんな中、いざ学園の広間でプロムが始まってみると。


「あれよね、例の公爵家の従者の……」

「本当に、オスカー様や聖女様の言った通りじゃない。嘘なんてつけなさそう」

「今まであいつのこと、誤解してたみたいだな……」


 私の居心地の悪さはもはや頂点に達しかけていた。

 そもそも私は生徒会メンバー以外の友達がほとんどいない! 表向きはその中の聖女様に手を出そうとして停学喰らった超絶不良生徒! そりゃ遠巻きにされるのは分かる、が。

 昼間からずっと向けられてる、あの憐れむみたいな視線はなんなんだ……。

 どうにも身の置き所のないまま、きらびやかな会場をうろうろしていると。


「ネロ!」


 不意に、後ろから肩を叩かれた。

 そこにいたのは。


「っあ……アルフレッドせんぱ……アルフレッド様……」

「少し痩せたか? 停学中に鍛錬をサボったんだろう」


 アルフレッド先輩、ヴィルジール、ミカエル、アンジェリカ……生徒会の面々が揃って、皆と同じ憐れむような笑顔を私に向けていた。

 オスカー……は生徒会長として今から挨拶とかあるんだろうから分かるとして……ニーナは?

 それにさっきから会場をいくら歩き回っても、エリーゼがいない。

 胸がざわつく。嫌な予感がする。


「こ……この度は大変ご迷惑を……」

「いい、いい。謝るなよ、ネロ」


 ヴィルジールが気安く私の背中を叩く。まるで頼れる先輩みたいな振る舞いに、自分のしたことは全部夢だったんじゃないかとすら思う。


「お前も色々苦労してたんだろ? ちゃんと分かってるから」

「わたくし達、ネロ様のことを誤解してましたの……本当にごめんなさい!」

「謝ることないぞ、アンジェリカ。そもそも全部を隠してたこいつが悪いんだ!」

「そうだよ、最初から相談してくれたってぼくらだってもうちょっとやりようあったのにさあ」


 どうやら私がかわいそうだったのは、今まで何か重い秘密を抱えていたから、ということ……らしい。いや、秘密はあるっちゃあるけど……。

 まさかニーナ、私が転生者とか邪竜とか言って……いや、でもそうならもっと大騒ぎするべきだ。

 とりあえず今は曖昧にでも話を合わせて、もっと情報を……。


 そう思った時、遠くの方。プロムの会場である広間の扉が開いて。


「あ…………」


 見慣れた銀髪に、息を呑んだ。

 いつか見たのと同じ、深い赤色のドレス。ハーフアップにした髪の毛にも同じ色のリボンがつけられていて、目を伏せたままゆっくりと歩く姿は淑女そのものだった。

 後ろでアルフレッド先輩達が何か言っていた気がするが、聞こえなかった。だって、気付いたら自分でもわけのわからないまま駆け寄っていたから。


「お嬢様っ!」


 人混みを抜けて、エリーゼに声をかける。エリーゼは私に気付くと、一瞬目を丸くしたがすぐにすんとすました真顔を作った。


「……何よ、よくものこのこ私の前に顔出せたわね。あんなとんでもないことをしでかして」

「っそれ、は……」


 それは本当にそうなんだけども。でもエリーゼを見た途端、何か話さないとってなって走り出してしまった。だけど……何を話す? 今はきっとエリーゼは私を見限ってる。でも、どうしても、エリーゼから離れたくなくて「あの」とか「えっと」とか言い淀んでいると。


「見てっ!! オスカー様だわ!」


 どこかの令嬢がそう高い声を上げ、群衆の視線が一気に広間の奥にある、2階のバルコニーへ続く階段へ向けられた。

 大きな白い階段を降りてくるのは、白い服に身を包んだ王子様然としたオスカー。そして、その隣には。


「……ニーナさん?」


 婚約者であるエリーゼではなく、まるで花嫁衣装のような真っ白のドレスに身を包んだニーナがオスカーに寄り添うようにそこにいた。

 エリーゼが息を呑む音が聞こえる。まずい、また怒るぞと思ってエリーゼを見たが……その顔は、怒るというより覚悟を決めた人間のそれだった。


 ……え?


「エリーゼ=スカーレット!」


 オスカーが声を張り上げる。瞬間、楽団の音楽は止まり、皆の視線は一気にエリーゼの方へ注がれた。


「今日で婚約は破棄とする!」


 周りの皆は、どこか分かっていたような顔をしていた。こんなことになって本来ならめちゃくちゃに起こり散らかすはずのエリーゼも、騒がず焦らず、ただじっと唇を噛んでオスカーの次の言葉を待っている。

 私だけがついていけていない。なんで、急に、婚約破棄なんて。


「公爵令嬢という身分をかさにきて聖女を虐げた上、従者に命令して暴行させようとしたなんていう者を未来の王妃として、いや、この国の貴族としておいておくわけにはいかない!!」


 従者に命令……?

 そこでやっと分かった。みんなが向けていたあの憐れみの目は、ニーナの策略によるものだ。ニーナが、エリーゼをひどい悪役令嬢として演出するための……。


「違います!!」


 思わず声を張り上げる。


「あれは私が勝手にやったことで、お嬢様はっ……!!」

「いいの!!」


 私の言葉を遮ったのは、オスカーでもニーナでもなく。


「……いいの……」


 涙を堪えるように、まっすぐオスカー達の方を向いたエリーゼだった。


「……いい、って……何が……だって、あんなの、全部大嘘……」

「もうエリーゼ様を庇わないで、ネロくん!」


 ニーナが涙交じりの声で言う。


「エリーゼ様に聞いたの! わたしにしたことは全部エリーゼ様からの命令で、本当はあんなことしたくなかったんだよね!」


 違う、と否定する前に。


「そうだ! スカーレット様はいつもニーナさんをいじめていた!」

「そんな人に王国を任せられるものか! 追放、追放だ!」

「シュヴァルツ、もう全部言っちまえよ! 奴隷だからって虐げられてきたんだろ!」

「奴隷階級だからって見下して、犯罪まがいのことをさせるなんて……最低だ!!」

「謝れ! 謝れ!!」


 ニーナの扇動通りに動く群衆達が、わあっと声を上げる。

 助けを求めるように生徒会のメンバー……幼馴染達を見るが、皆何も分かっていないくせに分かったように頷くだけ。オスカーも駄目なのかと一縷の望みをかけたが。


「前までは一言謝ってくださればと思ってたけど……ネロくんにこんな酷いことして、わたし許せません!」

「ああ……俺も同感だ、ニーナ」


 オスカーはどこか濁った瞳をまっすぐエリーゼへ向けた。


「エリーゼ。ニーナにしたことだけならまだ諌める余地があったが……もうこれ以上は庇えない。お前にはこの国から出て行ってもらう!」


 群衆が湧く。まるで悪が討ち倒されたように。たった一人で震えている子を皆で囲んで。

 それでも、まだ私だけ諦めきれなかった。


「おっ……お嬢様、あんなもん、全部嘘じゃないですか! 言ってやりましょうよ、いつもみたいにさあ……っ」

「……ネロ」


 エリーゼが、私に顔を向ける。


「あなた……あの子のこと好きなんでしょう」

「っは……? 何言って……」


 今まで耐えていたのか、その目からはぼろぼろと涙が溢れる。


「……あなたが、誰を好きだっていいの」


 それでも、エリーゼは笑った。


「だけど……勝手に死んだり、酷い目に遭ったら……許さないんだから……」


 その瞬間、初めて気付いた。

 エリーゼは、私のためにこの選択を飲もうとしている、と。


 頭の中に、走馬灯のように色々な記憶が駆け巡る。前世も今も入り混じった、色々が。


『ネロ、人は私達よりずっと弱い。それなのに私達と並んで歩くことを選んでくれた、とても尊い存在なのよ』


『……人にどんなに尽くしても、人はいずれお前を裏切るぞ』


『人を愛して、愛される竜になりなさい。大丈夫、あなたならきっとできるわ。私とあの人の子供なんだから』


『人の子の間で思い知るがいい。己の呪いと宿命を』


『…………でも、あなたが変になってから……私、毎日が、嫌じゃないの』


『私、先生がいるから最近は学校も、悪くないなって思えるんですよね』


 ぶわりと全身が粟立つ。言いようもない熱が、腹の底に溜まる。止めないとという理性を、何かどす黒いものが飲みこんでいく。

 人は残酷だ。人は醜い。人は弱い。そんな思いが、冷静な思考を掻き消してしまう。

 だめ、だめ、落ち着かないと、本当にまずい、でも、だけど。


『時々思うんだ……世界なんてどうなってもいいんじゃないか、って……』


 前世を生きていた時。ゲームの中のネロはそう言って、画面越しの私は適当に正解の選択肢である「そんなこと言わないで」を選んだ。

 でも、ごめん、ネロ。私も本当は、思ったことないわけじゃないよ。


 たった一人で震えている子供に、誰も寄り添ってやらない。


 こんな世界、どうなってもいいんじゃないかって。


「……………………ふざけるなよ」


 ぱき、と皮膚が割れる。その隙間から、黒い鱗が覗いた。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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