50.従者くん、停学になる
「……残念です。ネロ=シュヴァルツくん。身分の差を乗り越えて模擬戦でも優秀な成績を残したあなたは、貧しい生徒たちにとっても希望の星だったでしょうに……」
学園長が苦々しげに言う。
昼下がりの生徒指導室はどこか気だるい雰囲気に包まれていて、私は宙に浮かぶ埃をぼんやり眺めていた。
「本当に聖女に……フローレンスさんに暴行しようとしたの?」
……何を言ったって、どうせニーナからうまく誤魔化されるんだろう。
ニーナの言う通りなのだ。あっちは聖女で、こっちは悪役令嬢の従者。ここで下手に言い訳とか弁解をすれば、エリーゼに火が及ぶ。
……腹は括った。
「……はい。全部自分の不徳の致すところで」
笑顔を作ってそう言うと、学園長はしばらくの無言の後。
「……シュヴァルツくん。ひとまず、あなたを無期限停学処分とします」
静かな声で、そう告げた。
「あーあ……」
寮の自室のベッドの上に寝転がる。もう、何もやる気が起きなかった。
普通、こんなことしたら一発で退学処分である。それでも私が無期限停学処分……つまりは今から具体的な措置を決める、という方向に話が進んでいるのは、オスカー達のおかげだった。
寮母さんから文句混じりに聞いた。オスカー達幼馴染は、私がそんなことするはずないって一生懸命言ってくれてたらしい。
ニーナ自身もまだ最悪の事態に至ってないと証言してることもあって、私は婦女暴行……未遂をやった不届者という立場で止まっている。
あとは公爵家の力も大きい。公爵から学園側に随分な寄付が来たと聞いたし、公爵は本気で私を養子にしたいと思ってるんだろう。
結局、やったことは即退学に相応しい。しかし私を退学にした時の学園側のデメリットが大きすぎる。そんな状況が、今の宙ぶらりんを作り出していた。
「これからどうすっかなあ……」
処分が決まらないことにはなんとも言えないが最悪退学、下手したら国外追放。今までこつこつ稼いできたエリーゼからの好感度も今回の一件でパーだろうし、このままじゃ邪竜化一直線……。
どうしてあそこで嘘でもニーナを選ぶって言えないかな。そうすればなんかうまいこと立ち回って、ニーナの逆ハーレム計画の中にエリーゼも入れてもらうというか……いや、無理か。
あの子は頭が回る。私のそんな考えはすぐに見通して、きっとあれ以上にえげつないこともやってみせるだろう。
それに、一度でもエリーゼを捨てる、なんて本当に言葉にしちゃったら……私はきっと、私のことを許せない。
「……まあ、とうのエリーゼはもう私のことなんか見捨ててるんだけどねえ……」
自嘲じみた笑いが口から漏れた。
♢
エリーゼにとって、ネロのいない学校は。
「エリーゼ様! ごきげんよう!」
「従者がとんでもない失態をしたと聞いて……お加減は大丈夫ですの?」
……いつも通りだった。むしろ、いつもより周囲の扱いはましになっていた。
先日暴力事件を起こして停学になった時には皆がエリーゼを避けて通るようになっていた。しかし、ネロが聖女に襲いかかったという噂が出回ってから、エリーゼの立場は「聖女に嫉妬する意地悪な公爵令嬢」ではなく「出来の悪い従者を持った可哀想な公爵令嬢」へ変わったのだ。
……人の頭とはずいぶん都合よく出来ているものだ。この間までは遠くから噂話をするだけだった伯爵令嬢達が、もう取り巻きとして戻ってきている。
エリーゼは銀髪をかきあげると、「大丈夫よ」とだけ言って席を立った。
ネロがニーナを襲った、なんて信じたくない。でも、学園長との面談で本人は認めたらしい。だけど何かの間違いとか誤解の末だったんじゃないかと信じたい。だって、そうじゃないと、まるで。
「エリーゼ様っ!」
人気のない廊下の途中。エリーゼを悩ませる根源が、無邪気に駆け寄ってきた。
「……フローレンスさん」
今一番会いたくない人間は、さも善人ぶった困り顔を浮かべて「探してたんですよ」と言ってくる。
関わり合いにならないのが一番いい。そう自分に言い聞かせて、「忙しいから」と去ろうとする、と。
「ネロくんのことでっ……お話があるんです、けど……」
その言葉で、足を止めてしまった。
止まるつもりなんかなかったのに、反射のように、蛇に絡め取られるように。
ゆっくりと振り返ると、ニーナが一瞬ほくそ笑んだのが見えた。
「……ネロが、どうしたのよ……」
お願いだから、この女の口からでもいいから、誰か否定してほしい。皆が口々に言う、あの話を。
祈るような気持ちで、ニーナと目を合わせる。ニーナは気まずそうに目を伏せると。
「ネロくん、前からわたしのこと好きだった、みたいで……」
エリーゼの心を、砕いた。
ああ。結局、ネロもそうだった。分かっていた。こんなわがままで、高飛車で、プライドが高くて、いいところなんか何もない、そんな自分を含めて好きになってくれるはずなんかないと、ずっと。
「……そう」
「だからあんなことになっちゃったのかなって、でも、ネロくんって奴隷だったから……今回の件で処分されちゃうんじゃないかって、心配で」
「そうであっても、それは私が決めることであって──……」
「でもエリーゼ様は公爵家の人っていうだけで、実質ネロくんの処遇を決めるのは公爵様でしょ!?」
言われた瞬間、かっと頭に血が上りかけたが……確かに、ニーナの言う通りだった。
振り上げた手を下ろして、俯く。
今は公爵令嬢の立場がある。しかし、父に期待されていないことはずっと昔から分かっているし、オスカーがニーナに好意的な今、婚約者としての立場も危ういのではないか?
不安がぐるぐると頭を巡る。
「……エリーゼ様。わたしにいい考えがあるんです。ネロくんを助ける、たったひとつの方法」
ニーナが笑う。
あの善人ぶった、楽しそうな、それなのに瞳の奥は冷たく濁った笑顔で。
「助ける……?」
「はい……エリーゼ様を悪者にしてしまうみたいで、わたしもこんなこと、本当は言いたくないんですけど……」
こんな女に頼りたくない。庶民とか、礼儀知らずとか、それを差し引いたって自分はこの女が嫌いだ。しかし、ネロは。
あの、図々しくて、変なことばかりしてきて、誰にでも可愛いとか綺麗とか言って、隠し事だらけで、それでもずっと一緒にいてくれた、あのネロは。
「…………どうしたら、いいの」
ネロは、きっとニーナが好きだから。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




