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48.従者くん、甘える


 オスカーには適当に言ってその場を離れて、ゆっくりと男子寮までの帰路を辿る。

 泣きたいのに涙も出ないのは、泣いたって解決しないと学んでしまっているから。こういう時無邪気に泣いて喚けたら、もう少し結果も違ったんだろうかと考えてしまう。

 もっとわがままに、自己中に。

 そのいい例として。


「……エリーゼ……」


 あの、悪役令嬢のことが思い浮かんでしまった。

 いや、あいつはあいつで駄目だ……。あいつが好き勝手やってるから今の結果があるんであって。だけど、なんだか、無性に。

 今はあのうるさいお嬢様が恋しかった。


「……あ」


 女子寮の前で、立ち止まる。

 石造の塀の向こう、三階の出窓。そこから。


「お嬢様ーーーーーーーッ!」


 ぼんやりと夕焼け空を眺めているエリーゼに向かって、声をかけた。

 エリーゼははっとこっちに気付くと「ネロ!?」と目を見開く。


「そ、そんな大声出さないでよ恥ずかしい!」

「なら大声出さないので、そっちまで行きますよーーーーーーーッ!」

「そっち、って」

「っよ、っと!」


 塀を蹴り上がり、木を登り、エリーゼの部屋の窓の近くに生えた太い枝に腰掛けた。エリーゼがぽかんとこっちを見てるのがなんだかおかしくて、「びっくりしたでしょ」と笑ってしまう。


「今度は五階まで登ってあげましょうか。多分いけますよ」

「……いいわよ。危ないから」


 エリーゼは私の髪の毛についた葉っぱをとると、なんだか複雑そうに眉を顰めた。


「……何しにきたのよ」


 改めて聞かれると、何と言ったらいいか分からない。とにかくエリーゼに会いたかった……てのもなんか、変だし。


「……停学中のお嬢様が心配だったので……?」


 首を傾げつつ言うと鼻で笑われた。


「あの時あの女を真っ先に庇ったくせに……この女好き」

「ちがっ……あれはお嬢様とニーナさんをそばに置いといたらろくなことにならんだろうと思ってですね!」

「そんなことはどうでもいいの!! あなたはいついかなる時も私のことを優先しなきゃだめなのよ!!」

「むちゃくちゃ言うじゃん……」


 相変わらずのトンデモ理論。しかしこれに実家のような安心感を覚えてしまうのはよっぽどあの生徒会室で疲れたからか。呆れてるのに笑いが漏れてしまう。エリーゼがまた何笑ってるのよとか言って怒ると思ったが、意外にもエリーゼは「まあいいわ」と眉間の皺をゆるめた。


「……三階までのぼって弁明してきたことに免じて、許してあげる。次はないと思いなさい」

「っていうかお嬢様もお嬢様ですからね。何言われたか知りませんけど、暴力はだめですよ暴力は」

「あなただって前に私の頭!! 叩いたでしょ!!」

「そうでした……たんこぶになってない?」

「なってるわよ!!」

「あ〜ほんと、腫れちゃってる。悪いことしましたねえ」


 エリーゼの頭に触ってから、うわやば、と思った。こんなの不敬罪もいいとこである。

 だけど、エリーゼは。


「……そうよ」


 窓から少し身を出して、私の胸に頭を寄せた。

 どっ、と心臓が跳ねる。思わず頭から離しかけた手を、エリーゼが「だめ」と言葉で制す。


「っあなたのせいなんだから……ネロだけは……私から、離れちゃだめ……」


 震える声に、エリーゼが泣いているのだと察した。


「あなっ……あなた、昔、言ったわよね……っ私は、確かにどうしようもないけど、一人で泣いて反省しろなんて思えない、って……」


 言った。確かに、言った。

 転生に気付いた最初の日。初めて、一人で泣くエリーゼを見た日。

 あの日からエリーゼは何回も一人で泣きに行って、その度に追いかけて、鬱陶しがられて、気味悪がられて、そのくせだんだん一人で泣くのは嫌がって、今、初めて。


「……だったら……あの時も、あなたはあんな女おいて、私が悪いことしてるんなら、それをちゃんと言ってッ……私のところにいるべき、だったのよ……!!」


 エリーゼは、私に泣きつくようになった。


「……お嬢様、お嬢様。ほら、ちゃんと顔あげて。淑女でしょ」


 顔を上げさせて、涙を拭う。目が赤くなるとか、涙の痕が残るとか、別に気にしなくていいか。私しか見てないんだから。


「……ごめんなさい」


 エリーゼの目を見て、謝る。エリーゼは何かが決壊したかみたいに、わあっと泣き出した。


「っ、ネロのばかぁっ!! 助平!! 女好き!!」

「ちょ、ちょ、言い過ぎだし人聞きが悪い! 馬鹿はまだいいとして助平と女好きはどこからくるんですか!」

「あなた誰にでもすぐ可愛いとかなんとか言うじゃない!! ふしだらよ!!」

「いや、かわいいもんはかわいいでしょう。お嬢様もちょっとは見習ってくださいよ、っだだだだだだ!? っちょ、耳引っ張らんでくださいよ!!」

「あなたが無神経だからでしょ!!」







 ニーナが女子寮に帰る途中、上の方からどこか聞き慣れた、騒がしい声が聞こえた。


「だからお嬢様のそういうところが可愛げないんじゃないですか!!」

「なんですって!! あなた従者のくせに何なのその口の聞き方は!!」


 悪役令嬢・エリーゼ=スカーレットとその従者・ネロ=シュヴァルツが喧嘩している……。

 窓越しとは言え停学中の生徒と話すなんて、しかも男子生徒が女子寮の窓枠近くまで行くなんて……こんなこと、学園の教師や寮母に言えばすぐにネロにもエリーゼにも厳罰が下るだろう。


 そうするのは簡単だった。

 だけど、出来なかった。


「…………」


 闇夜が月を喰らう年、聖なる乙女と邪竜が生まれ墜つ。邪竜は全ての魔法を打ち払い、世界のすべてを薙ぎ払う。乙女の真の愛だけが、竜を抑える唯一のすべ。


 ゲームの中でも、この世界に来てからも、何度も聞いた予言。

 ニーナはそれを聞くたびに、どこか、心の奥底で。


 愛なんてあるわけないじゃん、と思っていた。


 愛なんてそんな、曖昧なものでは救えない。ネロを救うには、攻略してやらないといけない。それなのに、あの「ネロ」はどうしてそこまでしてあの悪役令嬢に執着しているのか。どうして自分は、あの「ネロ」が悪役令嬢を選ぶたびに胸の奥がざわつくのか。


 手の甲に残る、聖痕を見る。


「……ふふ」


 いずれ分かる。知ることになる。ネロも、あの悪役令嬢も。


 世界は愛なんてものでは回っていない、ということを。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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