04.従者くん、勉強に付き合う
先日の建国祭は本当に素晴らしかった。
エリーゼの気遣いか、それとも使用人の中で一番妥当だったのか、私は公爵令嬢の側近という立場からオスカーのスピーチを見た。
「これから国を知り、民を知り……よき王になることを、皆の前で誓おう」
重々しい覚悟を孕みながらもどこか子供らしい純粋さのある言葉に、思わず胸を打たれた。
オスカーはすごい男になる。ゲームでも現実でも充分知っている。
だから。
「それで、この新聞には……おい、聞いてるのかネロ!!」
「聞いてますってば……」
本当に、ただの一国民としてオスカーを知りたかった……。
公爵家の図書室で、オスカーは新聞を広げながら大人ぶって顎を撫でる。
「市民新聞というのはすごいな……城に来る新聞には載っていないことがたくさん載っている」
「全部鵜呑みにせんでくださいよ、嘘書く奴もいるんですから」
「なんだその不届き者は!」
「新聞屋さんも売らなきゃ生活できないんですって」
建国祭から、数日。
祭りのあれそれから解放されたオスカーは、またいつものように公爵家に入り浸るようになっていた。
しかし、前と違うのは。
「……そういう嘘を見抜くすべは?」
「んー……まあ、他の情報と見比べるとか、そもそもはなから疑ってかかるとか……ですかねえ……」
今までは来た瞬間私を裏庭の稽古場に連れ出していたオスカーが、最近は図書室にも寄るようになった。
というのも、先日の物乞いとの一件。だいぶ衝撃的だったのか、あれ以降社会のことがもっと知りたいと私に色々聞いてくるようになった。
「というか私の言うことも鵜呑みにしちゃだめですよ。私も私の立場でしか喋れないんですから」
「む……そうか……自分で考えなければ、か」
……まあ、知りたい分かりたいという気持ちは悪いことじゃない。そのうち飽きるだろうし、それまでは付き合ってやるか。
それにこの勉強熱心さは目を見張るものがある。どこかの誰かにも見習ってもらいたいものだ。
「オスカー様っ!」
なーんて思ってるとどこかの誰かがのこのこと現れた。
「……お嬢様、図書室では静かに……」
「何よ、うちの図書室だし私達の他に誰もいないじゃない! オスカー様、お疲れでしょう? そろそろ休憩しませんこと?」
エリーゼに連れられてやってきたメイド数人がてきぱきと図書室のテーブルにティーセットを準備する。こんなところでお茶会すなと指導してやる大人は、エリーゼの周りにはいない。
メイド達が図書室を出た後、オスカーは一瞬眉を顰めて私の方に目をやった。しかしまあ実際この部屋はエリーゼならびに公爵の持ち物なわけで、従者の私に口を挟む権利はない。首を振って答えると、オスカーは呆れたように視線をエリーゼに戻した。
「……今日は付き合うが、今後は控えろ。本が汚れたらどうする」
「……っあ、申し訳ありません……す、すぐにメイドを呼び戻して……」
「今日は付き合うと言っただろう。ネロもそこに座れ。まだ聞きたいことが山ほどある」
エリーゼにお伺いを立てようと思ったが、愛しのオスカーに叱られたのが響いてるのだろう。少し悲しげに俯いたままの隣に、そっと腰掛けた。
「……何よ、従者のくせにオスカー様に取り入って……何企んでるの」
「悔しいんならお嬢様も勉強してくださいよ。ほら、新聞。難しい言葉もありますけど家庭教師に習ってるでしょ」
「そんなのつまんない!」
……オスカーが国と民を知ろうと息巻いている中、うちのわがままお嬢は完全に拗ねていた。というのも、エリーゼはちょっと、いや、結構勉強が苦手なのである。
建国祭の後何日かはエリーゼだってお勉強モードに入り頑張ったのだが、悲しきかな見事に三日坊主だった。
「つまらなくはないだろう。お前も公爵家の娘として知っておくべきだ」
「そうですけど……っでも、じっと座って本を読むなんて……」
「それの何が苦痛なんだ?」
オスカーがきょとんと首を傾げる。
そら、オスカーは勉強が元々苦にならないタイプだからそうだろう。しかしエリーゼみたいな子はオスカーとは違うのだ。
「ネロに聞いたぞ。エリーゼ、お前この図書室の本、ロマンス小説くらいしかまともに読んでいないそうじゃないか」
エリーゼがぎろりと私を睨む。文句は勉強嫌いの自分に言いなさい。
「この間はお前も将来国を背負うものとしての自覚があるのかと感心したのに、なんだ今の体たらくは」
「う……」
「スカーレット公爵の揃えた蔵書がいつでも読める立場にあるのにどうしてそれを活かさない?」
「……そ、それは……」
「エリーゼ、この際だから言っておくが今のお前に国を任せるつもりはない。お前はそもそも……」
「殿下、殿下、言い過ぎです」
もうぷるぷる震えているエリーゼを庇うように遮ると、オスカーは不満げに口を噤んだ。……まあ、前みたいにとっとと席を立ってないだけ成長か……。
「みんながみんな殿下と同じってわけじゃないんですよ。お嬢様はちょっとバ……勉強が苦手なだけで」
「ネロ! あなた今何言いかけたの!!」
ぎゃあぎゃあ言うエリーゼを宥めながらお茶をしばき、頭の隅っこで考える。
別に私は邪竜化回避出来たらそれでいいんだからエリーゼのことなんかどうだっていい。
でも。
「……お嬢様だって貴族の令嬢なんだから、いつかは避けられないお勉強ですよ。殿下がこうして叱ってくれてるうちにやりましょう」
「……うう……」
エリーゼは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、素直に本棚の方に視線を向ける。よしよし、やる気スイッチが入ったみたいで……。
「そうだ! また城下に視察に行きましょう!」
とか思ってたらとんでもないこと言い出した。
「そうしたらおのずと社会のことが知れるはずだわ!」
「いや、そんなわけ……」
「……なるほど、そういう手もあるな」
「殿下!?」
まずい、この流れは。
「この間は出店もあって賑やかだったが、普段はそうじゃないんだろう。見てみる必要があるな」
「いやいやいや! 前回なんだかんだ後からバレたでしょうが! またあんなことしたら私の首が物理的に飛びますよ!」
「大丈夫よ! 今度はうまく言い訳するもの!」
「出来てるとこ見たことねーんですけど!? 前回私がメイド長にどんだけどやされたか知ってます!? ほぼ一晩ですよ!?」
「俺を誰だと思ってる。責任はとる」
「とれないから言ってるんですよこちとら!!」
まずいまずいまずい! 私の必死の制止を無視してガキ二人がお忍び視察だ街遊びだと盛り上がり始めている! このままじゃ前回の二の舞、今度こそ邪竜化回避どころか本当に処刑される!!
「いつにしますか、オスカー様っ!」
「思い立ったら吉日というしな、ネロ、今日行こう!」
誰か助けてェーッと思った、その時。
「お忍びって言うならもう少し小さい声で相談しないとな」
変声期を迎えた掠れた声が、子供の企みを静かに止めた。
声がした、扉の方。三人同時に視線を向けると、そこにいたのは。
「図書室の外まで聞こえてたぞ。最近スカーレット公爵の家に入り浸ってるって聞いたけど、本当だったんだなあ」
ウェーブがかった栗色の髪に優しげな垂れ目。丸メガネ越しの深緑の瞳が、見守るように私達に向けられている。
「ヴィルジール!」
オスカーがその少年の……そのキャラの名前を呼ぶ。
聖女革命ドラゴニックラヴァーズの攻略対象の一人。リーラ侯爵家の跡取り息子であり、この国の宰相を務める父を持つ、ヒロインやオスカーより一歳年上の先輩キャラ。
ヴィルジール=リーラが、「よっ」と気さくに手を振ってきた。
ゲームにおけるヴィルジールはナンパな先輩キャラである。ヒロインとの出会いも最初はナンパから始まった。だけど、攻略していくと実は夢を諦めた悲しい少年であり落ち着いた兄貴肌な一面もあり……というキャラなんだが。
「オスカー、あんまりわがまま言ってエリーゼの従者を困らせるなよ。お前の立場から何か言われて断れるような身分じゃないの、分かるだろ」
「……わか、った……」
「エリーゼも、自分の従者のことくらいちゃんと考えてやらないとな。貴族としての責任ってやつだ。ノブレスオブリージュって言うだろ?」
「……わかってますわ……」
正直こんなに頼れる男だと思っていなかった!!
ヴィルジールが会話に加わった瞬間、暴走していた子供二人はさっきまでギャンギャン言ってたのが嘘みたいに大人しくなった。権威に弱いエリーゼはともかくオスカーまでもこんな怒られた子犬みたいになるとは……。
「エリーゼの……ネロだったか? 悪かったな、こいつら言い出すと聞かないところがあるだろ」
「あ、いえ。私はお忍び街遊びなんていうふざけた計画が駄目になればそれで」
「……お前、前に見た時とその、雰囲気が変わったな?」
ネロ……つまりは前世の記憶を取り戻す前のネロもヴィルジールに会ったことがある。その時はただおどおどして給仕をしていただけなのに、まさか覚えているとは……。
「まあ、明るくなってよかった。あの時はエリーゼに怯えきってたから心配してたんだよ」
眩しい笑顔に目がくらむ。まずい、ドララヴァの推しはヴィルジールじゃないのに推し変しそうだ……!!
「……だけどヴィルジール……俺もエリーゼも市井のことをよく知らないんだ。だから……」
「だからって皆に心配かけて抜け出すのは違うだろ?」
「う……」
あのオスカーが圧されるのを見ながら飲むお茶は美味い。それにしてもヴィルジール、今の時点ではまだ11歳のはずなのに随分大人びてるよなあ。やはり貴族社会というものは人を早めに大人にしてしまうものか……いや、例外すぎる公爵令嬢がすぐ隣にいるな。
「オスカー、何もずっと城にいろとか外に出るなら絶対に護衛つけろってわけじゃないんだ。どこを通れば安全だとか、どうしたら身を守れるかとか、そういうのさえ分かってりゃ俺だって何も言わないよ」
「……! 分かった」
「そうと決まったら勉強の続きだな。ほら、今何読んでるんだ? 見せてみろ」
ヴィルジールがオスカーに頼りがいのある笑顔を向ける。
「ヴィルジール先輩……ッ!」
「……ネロ? どうした? 先輩?」
「あ、いえ、持病です。気にしないでください」
無意識に声に出てしまっていたらしい。しかし仕方ないだろう。今の私にその優しさは沁みすぎるほどに沁みるのだ。
オスカーがヴィルジールに教わりながら勉強をしている姿はオタクとしちゃ眼福ものなんだが、それをつまらなそうに睨む存在がいる。
「それで、なんでヴィルジール様は我が家にいらっしゃったの?」
我らが悪役令嬢、エリーゼである。
エリーゼは権威に弱いだけで、ヴィルジールに対して信頼とか尊敬があるわけじゃないんだな……。「早くどっか行け」と眉間の皺が物語っている。
しかしヴィルジールはそんなこと気にも留めず。
「ああ、うちの父上から頼まれたんだよ。この間の一件があっただろ? また子供だけで出掛けたりしたらたまらないって。いわゆるお目付役ってやつだ」
つまり、ヴィルジールはしばらくオスカーと一緒に行動してくれる。そう気付いた瞬間、私の口からまた「ヴィルジール先輩……」という敬意と崇拝のこもった呟きが漏れた。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




