46.従者くん、見限れない
公爵令嬢・エリーゼはため息をつくと、まだ熱さの残る頬をなぞる。
さっきの自分は変だった。
あの庶民の女が現れてからというものの、婚約者のオスカーもその他の幼馴染達もみんなおかしくなってしまった。みんなあの女の言いなりになって、エリーゼを咎めて、見限るような視線を向けて。
そんな中、ネロだけがいつもと変わらない。
昔から図々しい従者だった。出会った頃はオドオドしていたくせに、ある日急にあんなに生意気になって、口も悪くなって、急に綺麗だとかなんだとか言ってくるようになった。
最初は気味が悪いと思っていた。でも、それをきっかけにオスカーと距離を縮められて、他にも友達と呼べるような存在ができた。
ネロがいると、毎日が嫌じゃない。ネロがいると、世界を呪うような気持ちが少しだけ減る。きっと、自分は、ネロが。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ、違う違う違う!!」
エリーゼは唸って、自分の頭をかきむしった。
今、何を考えかけた? 自分は公爵令嬢、将来の王妃。ありえない考えを振り払うように頭を振っていると。
「……エリーゼ様?」
……最近のエリーゼの悩みの元凶。突然現れた庶民の女。ニーナ=フローレンスが、声をかけてきた。
エリーゼは立ち上がり、スカートを整える。この女の前で、気の抜けた姿など見せたくないからだ。
「……フローレンスさん。何か御用?」
「いえ……生徒会室にいらっしゃらないから、ご気分でも優れないのかな、って」
エリーゼは思わず自嘲じみた笑いを浮かべた。行きたくないと思わせた元凶がそんなことを言うとは。
この女、何を企んでいるかは分からないが、ネロが前に言った通り……お互いに関わらないのが一番いいのかもしれない。そう思ってから、エリーゼは必要以上にニーナに接触するのをやめた。
つん、と済ましてそっぽを向いて、「そうね」と素っ気なく返事をする。
「今日は体調がよくないの。だから、私のことは放っておいて」
「そんな、放っておけませんよ! 同じ生徒会の仲間じゃないですか!」
「……仲間って、あなた……」
「それともわたしに心配されるのは嫌ですか? わたしが庶民だから……っ」
ニーナはエリーゼの方へ距離を詰める。
眉尻を下げ、涙を瞳にたっぷり溜めた困り顔。一瞬、本気でこっちを心配しているのかと思った。しかし、そんな考えはニーナの顔がエリーゼの大嫌いな、あの見下すような微笑みに変わった瞬間、打ち砕かれた。
「……その庶民に、全部奪われちゃってる癖に?」
揶揄うように、囁かれる。
エリーゼは、生まれて初めて怒りで我を失うという感覚を知った。
♢
「いやあ……剣術部だってんならもうちょっと頑張らんと! 未熟未熟!」
「おまっ……反則だろあのジャンプ……」
「めちゃくちゃな動きしやがって……」
校庭にある、剣術部の活動用の区画の真ん中。私はへばる部員達の真ん中で悪役然とした高笑いをあげた。
いやあ、まさかこの短時間で全員伸してしまうとは……。
竜って時点でズルだし、若干自分のモヤモヤを晴らすために暴れ回った自覚はあるし、大人気なかったかも……とは思うけど、まあいいよね! これも鍛錬鍛錬!
「さ、どうします? 私はまだまだ──……」
「シュヴァルツ!!」
大人気なさを重ねようとしていると、同級生の男子が声をかけてくる。なんだ、また運動部の助っ人かなんかか。そう思いながら声の方を見ると、思ったより男子生徒の顔は切迫していて。
「スカーレット様がっ……ニーナさんに!!」
二人の名前が出た瞬間、反射みたいに中庭の方へ走り出した。
中庭に行くと、男子生徒に抑えられてるエリーゼと、その向かいで庇われているニーナが見えた。
「お嬢様ッ!!」
エリーゼに声をかけるが、エリーゼは聞こえていないのかニーナを睨んだまま。
「っ、何が聖女よ!!」
そうがなった。
「あなた、人の神経を逆撫でして楽しいの!? 何が目的なのよ、この性悪!!」
「っそんな、わたし……っエリーゼ様のことが心配で……っ!」
ニーナの右頬は、赤く腫れている。叩かれた勢いで倒れたのか、スカートは土まみれで、足や腕も擦り傷だらけ。
エリーゼが手をあげたのは、どう見たって明らかだった。
エリーゼを一人にしたくない。でも、今は。
「……っ、お嬢様を、お願いします」
エリーゼを抑える男子生徒にそう言って、ニーナの方に駆け寄る。皆に心配されてさめざめと泣くニーナは、私を見るなりわあっと泣き出して、どこか覚束ない足取りで縋るように抱きついてきた。
「ネロくんっ……わたし、わたし……っ」
エリーゼの罵倒が止む。疲れたのか、分が悪いとようやく分かったのか、エリーゼは黙って、そのまま項垂れた。
「……ニーナさんは、私が医務室まで送りますよ」
「っえ、おい、シュヴァルツ!」
騒ぐ群衆から逃げるように、ニーナを横抱きにして連れて行く。
エリーゼを一人にしたくない。何してんだって怒ってやらないといけない。でも、それより。
「……あんた、エリーゼに何言った?」
こいつをエリーゼから引き離す方が、先だった。
「ネロくんってば、顔怖いよ」
さっきまでの泣き真似をやめて、ニーナが笑う。
「言ったでしょ。エリーゼは悪役令嬢なんだから、どうなったって自業自得なんだよ」
エリーゼは悪役令嬢。そんなこと言われなくたって、ずっと前から分かってる。分かってる、けど。
ニーナを抱く手に力を込める。
「…………次、エリーゼに近付いたら、私はあんたを許さない」
私の言葉はどのくらいニーナに届いたんだろうか。ニーナは私の腕の中で、「ふふ」と小さく笑うだけだった。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




