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45.従者くん、放課後デートする


 ニーナがやってきてから、少しずつ。


「ニーナは本当に手際がいいな」

「えへへ、オスカーのおかげだよ!」

「ちょっと! 庶民がどうしてオスカー様を……っ」

「俺がいいと言った」


 少しずつ。


「ミカエルってば本当にわがままなんだから!」

「分かった、分かったって……もう、ニーナってばすぐ怒るんだもんなあ……」

「ヴィルジール先輩もアルフレッド先輩も何か言ってあげてくださいよ!」

「いやあ、俺達の言うことよりニーナの言うことの方がよく聞くよ」

「お兄様だって、ニーナ様には素直なお顔を見せることが多いですものね!」

「っ、おい、アンジェリカ!」


 少しずつ、オスカーや皆を侵食していって。

 ついには。


「エリーゼ。身分の差なんていうつまらないことにとらわれるな。ニーナは素晴らしい女性だ。お前もきちんと向き合えば分かるはずだ」


 こんな、妄言みたいなオスカーの言葉に。


「…………はい」


 エリーゼは、か細い返事しか返せなくなっていった。




「はぁ……」


 授業が終わったことを知らせる鐘が鳴る。みんなが部活やら委員会に向かう講義室の中、私は俯いてため息をついた。


 生徒会室、行きたくね〜〜〜〜……。


 最近の生徒会室はニーナを中心に回っている。その中でエリーゼはどんどん孤立していって、ついに生徒会室でエリーゼはだんまりを決め込むようになってしまった。

 私だって最初は反論した。反論したとも。だけどそれを全部集団の善の圧で潰されて、余計状況が悪化して、何も言えなくなって、今に至る。

 情けない。元教師なのにこんな集団いじめみたいなの見過ごしていいのか……いや、こんなもん一教師に解決出来るような問題じゃないしな……。

 とりあえず私に出来ることは、今日もせっせと生徒会のお仕事を頑張ることくらい……いまいちやる気の出ない体を立たせて、エリーゼの席へ行くと。


「……生徒会室、行きたくない」


 珍しくエリーゼと意見が合った。


「え……どうしたんですか? お腹でも壊したんですか?」

「違うわよ!! 違うけど……」


 エリーゼが目を伏せて、背中を丸める。小さな背中には公爵令嬢らしい威厳なんて欠片も感じられなかった。


「…………今日、お腹壊しそうな気がするんですよねえ」

「は? 何よ急に……」

「いや〜これは生徒会の仕事とか出来ませんね、なんか腹にあるもんな、不安の種みたいなやつが」

「……なに、それ」

「よし、今日は休みましょう! お嬢様もお休みしてくださいね、従者の健康管理も主人の仕事でしょう」


 エリーゼはしばらくきょとんとしていたが、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。あ、これは外したか……。


「……まあ、あなたの言うことも一理あるわね」

「お」

「いいわ。今日は生徒会を休んで、あなたの慰労に時間をあててあげる!」


 よかった、いつもの調子を取り戻したらしい。

 振り向いたエリーゼは、いつも通りの意地悪そうな、でも元気いっぱいの笑顔を浮かべていた。




「あ、すいませーん。ローストチキンサンドください!」

「あなた、お腹壊しそうじゃなかったの?」

「美味いもの食べた方が治るんですよ。お嬢様は? 何にします?」

「……フルーツサンド」


 学食でサンドイッチを買って、中庭へ行く。もう初夏に片足突っ込んでるのもあって蒸し暑いけど、過ごせないほどの暑さじゃない。

 中心にある大きな木の根元に並んで座り、ローストチキンサンドを頬張る。うーん、やっぱり美味い。


「あ、お嬢様。喉詰めるからお茶も飲まなきゃだめですよ」

「分かってるわよ、いちいちうるさいわね……このお茶薄い!!」

「そりゃ、お嬢様に飲ませる用のいいやつじゃないですから。奴隷階級はいっつもそんなもん飲んでるんですよ、お勉強になるでしょう」

「ならないわよ! まったく……」


 エリーゼは文句を言いながらも私の水筒から注いだお茶を遠慮なく飲み干す。こいつ、紅茶にあれこれうるさい癖に別にそこまでこだわってるわけじゃないんだよな……。


「……ズル休みしちゃった」


 不意に、エリーゼが呟く。


「オスカー様、幻滅したかしら……」


 幻滅も何も、あんたオスカーに幻想なんて抱かれてないだろ。なんてことは腹の奥に押し込めておいて。


「ま、たまにはいいんじゃないですか? 大体もうすぐ期末考査だっつーのに通常運転の委員会もどうかしてますよ」

「期末考査ッ……」

「あ、やばいって顔してる。お勉強進んでます?」

「すっ、進んでるわよ……少しは……」

「……今度サボる時は図書室行きましょうか」


 これ下手したらエリーゼの留年を心配しなきゃならんぞ……。

 不安になって今やってる単元のあれこれ聞いてみると、案の定答えられない問題が多かった。まあ……いいか。基礎は分かってそうだし、あとは私が教えればそれで……。

 サンドイッチを食べ終わって、伸びをする。エリーゼもちょうど食べ終わったらしく、クリームのついた指を舐めていた。だらしない。


「お嬢様。ほら、ハンカチ」

「……ありがと」


 珍しく素直なエリーゼは手元を拭うと。


「前にもこんなことあったわね……」


 ぼやくようにそう言った。


「前に?」

「……あなたと、ドレス選びで迷子になった時」

「ああ、そういえば……」


 あの時はメイド長にも執事長にもめちゃくちゃどやされて大変だったな……。まあ、今考えると仕方ない。公爵家のお嬢様を迷子にさせたんだもんな。


「あの時は、あなたが自分のこと何も教えてくれないことに腹が立ってたわ」

「はいはい。今もむかついてんでしょ。いつか教えますよ、いつか」

「……うん、怒ってる。怒ってるけど、今はいいの」


 ……ん?

 なんか、エリーゼがやけに素直だ。顔を向けると、瑠璃色の瞳とばちりと目があった。


「今は……教えてくれなくたって、いいの」


 エリーゼが、ふわりと微笑む。

 困ったように、許すみたいに、優しく、柔く。

 深い海を閉じ込めたような瞳が、まっすぐ私を見据える。その時初めて、エリーゼとの距離が、あと数ミリ。指を動かしただけで触れるようなところにいるんだと気付いた。


「……お嬢様……?」


 心臓が高鳴る。顔が熱くなる。

 あれ、これ、私が思ってるより、よっぽど。


「……なあに?」


 フラグ、立ってるのか……?


 知らない感情がぶわりと胸中に押し寄せかけた、その時。


「シュヴァルツーーーーーーーッ!」


 同級生の男子が私を呼ぶ大声に、今しがた出来てたムード的なものはぶち壊された。

 クソ!! 破滅回避が!! あっ、でもある意味よかったのか!? なんかお互い変だったし!!


「はーい!!」


 照れ隠しのように大声で返事をし返すと、渡り廊下の窓から身を乗り出した男子生徒がこっちに向かって手を振っている。


「お前、今日生徒会は!? サボりか!?」

「さっ……サボりです!」

「なら丁度いいや! 剣術部の練習付き合えよ! お前強いってアズール先輩から聞いてるぞ!」


 ちら、とエリーゼの方を見る。エリーゼはぷいっとそっぽを向いて、しっしっと追い払うような仕草をした。


「いや、でも……」

「いいの! 一人で過ごしたい気分なの!!」


 耳まで真っ赤なところを見ると、さっきの雰囲気はエリーゼにとっても想定外なんだろう……。

 …………うん! ここはお互い頭を冷やすべきである!!


「わかりましたーーー!!」


 渡り廊下の方に向かって、駆け出していく。そんな光景が、生徒会室の窓からはよく見えるなんて、その時は気にもとめていなかった。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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