43.従者くん、うまくいかない
こないだの一件から、数日後。
いつも通りの学校生活を終えて寮に戻ると、自室のドアに大量の手紙が挟まっていた。
相変わらず雑な届け方だ。誰も何も言わんのかと思っていたが、王族貴族のご子息達は寮母さんから直接手紙を受け取っているのを見たことがある。ま、これも一種の格差社会ということだ。
部屋に入って、手紙を一個一個確認する。
王族貴族に取り入る下賎な奴隷階級……嫌がらせの手紙なので無視。
どんな扱いを受けてもめげないシュヴァルツ様の姿に一目惚れ……おそらく悪戯なので無視。
聞いてくださいネロ様この間お兄様ったらまだアンジェリカは子供だからなんて……なんで毎日学校で会ってるのに手紙までくれるんだアンジェリカは。でもアルフレッド先輩の近況報告は欲しいので保管。
無視、保管、と適当に選別していくと、ふと。
「……公爵様?」
スカーレット公爵家の家紋が入った封筒に、首を傾げた。
なんで公爵様が私に手紙なんかよこすんだ?
あーもしかしてあれかな、こないだの模擬戦でそこそこいい結果残したし、給料アップ……そんなわけないか。
乾いた笑いを浮かべながら、封をペーパーナイフで切る。そこに、書いてあったのは。
「…………えっ」
昨日は結局、よく眠れなかった。
生徒会室に向かう途中、大欠伸をかましたらエリーゼから「だらしない!」と叱られる。
「そんな腑抜けた顔して、隣を歩く私が恥ずかしいわ!! 常に私の従者として相応しい振る舞いを心がけなさい!!」
「はーいはいはい……」
「……何よ、本当に体調でも悪いわけ?」
「いえ、そこはもう元気いっぱいで……単なる寝不足ですよ」
「ふうん?」
エリーゼはどこか納得いかなげに眉を顰めたが、すぐにぷいっと前を向いた。
「どうせこれ以上聞いても誤魔化すだけだろうからもう聞かないわ。でもね」
でも?
私が首を傾げても、エリーゼはこっちに目も向けなかった。
「私だって、あなたが……し……しん……しっ……」
「しんし……あ、紳士? 紳士っぽく振る舞えとかそういう話です?」
「違う!! 心配してるの!!」
「あっ、心配なの!? 意外!」
今日は雨が降るかもなあとか思ってたら尻を蹴られた。なぜだ。
デリカシーがないとか調子に乗るなとかぎゃーぎゃー言うエリーゼを適当に宥めながら、生徒会室の扉のドアノブを掴む。
「ちょっとネロ、聞いてるの!? 話はまだ終わってないわよ!!」
「聞いてます聞いてます、お嬢様が本当は私のこと心配です〜って話でしょ。お疲れ様でーす」
「分かってない!!」
扉を開くと。
「っあ、ネロくん……エリーゼ様……」
「……来たか」
涙を浮かべたニーナが、生徒会の面々に囲まれていた。厳しさを孕んだオスカー達の視線はただ一点……エリーゼの方に注がれている。
何かあったのか、私が聞くより先に。
「エリーゼ。お前またニーナに酷いことを言ったらしいな」
「え……」
「ニーナから聞いた。ネロを元気づけるために声をかけたのに、お前に止められたと」
……こないだのアレか!!
「っご、誤解です、あれはお嬢様が私を……っ」
「庇うな、ネロ!」
アルフレッド先輩から遮られて、口を噤む。
「前々からこいつの差別主義には何か言ってやらないとと思っていた。いい機会だ、しっかり反省しろ!」
「なあ、エリーゼ。学園では身分なんか関係ないってずっと言ってるだろ? ましてやニーナは聖女だ。認めてやらないと」
ヴィルジールは笑っているが、決して私とエリーゼの方に寄ろうとはしない。いや、ヴィルジールだけじゃない。
「そうそう。ニーナが優秀で悔しいのは分かるけどさあ……悔しいなら頑張って追いつくしかないって、昔エリーゼが言ったんじゃん」
エリーゼのことが好きだったはずのミカエルも。
「せっかくだからエリーゼ様もニーナ様とゆっくりお話する機会を持つのがいいと思うんですの! わたくし、みんなが仲良しなのが嬉しいですわ!」
エリーゼとなんだかんだ仲が良かったアンジェリカも。
「……エリーゼ。ニーナに嫉妬するのは分かるが、ここ最近のお前は少し度が過ぎている」
あの日、告解でお互いの秘密を打ち明けあったオスカーも、エリーゼの方に一歩も近付こうとしなかった。
何か言わないと、と頭を回すが、実際エリーゼがニーナに暴言吐いたのも事実だし、そこに至るまでの経緯を話すと転生がどうとか邪竜がどうとか言わないといけなくなる。どうしたらいいんだ? 何言ったら……!
ふと、ニーナを見る。涙を浮かべてオスカーに縋っていたニーナは、一瞬だけ。エリーゼの方を見て。
「……ふ」
小さく、笑った。
「〜〜〜〜〜〜ッ、このッ」
「お嬢様!!」
何か言おうとしたエリーゼの口をほぼ反射で塞ぐ。
危なかった……こいつ絶対ろくでもないこと言うところだった……!!
エリーゼがふーふーと息を荒げているのが、口を覆う手越しに伝わってくる。そういうのが自分の立場悪くするってなんで分かんないかなこの馬鹿は……!!
「……今すぐに謝れとは言わない」
オスカーからしても、反省してないのは明らかだったのだろう。ニーナの肩を抱いたまま、呆れたように言った。
「お前の分の仕事は俺がやっておく。今日は少し、頭を冷やしてこい」
エリーゼは私の掌の下で唸ると、その手を振り払って走り出した。
「っ、お嬢様!」
「ネロ!」
追って走り出そうとしたのを、ヴィルジールに止められる。
「お前がそうやって甘やかすのもよくないぞ。今日は一人で反省させてやれ」
「っでも……」
「ヴィルジールの言う通りだ」
オスカーがため息混じりに言う。
「お前があいつの成長の機会を奪ってる部分もあるだろう」
そう……そうなのかも、しれない。
エリーゼは案外たくましい。エリーゼは案外強い。私が追いかけていかなくたって大丈夫……というか、追いかけない方がいいのかな……。
空気に飲まれるように立ち尽くす。アンジェリカが明るい声で「じゃあ今日も生徒会頑張りましょう」と言ったことで、ようやく我に帰った。
「ネロも、さっさと席につけ」
「……はい……」
自分でも笑いそうになるくらい弱々しい声しか出なかった。
「ん?」
予算申請の書類の中に、計算の合わない箇所を見つけてしまった。やり直してみるけども、やっぱり合わない……。
面倒くさいが、しゃーない。
「殿下、私ちょっと資料室に行ってきます」
「どうした?」
「計算が合わない書類があるもんで……これ下手したら前年度から間違ってますよ」
オスカーは「そうか」と言うと机の上の書類に視線を落としたまま。
「それなら、ついでにニーナの様子を見に行ってやれ」
……嫌〜な命令をしてきた。
ニーナはエリーゼが走り去った後、少ししてから「お手洗いに」と言ってしばらく戻ってきていない。
「……ニーナさん、お手洗いなんでしょ? 私が様子見に行くのはちょっと」
「本当にそうなわけないだろう」
そうなのだ。
ニーナはご丁寧に声を震わせながら出て行った。あ、今から泣いちゃうんだろうな〜という雰囲気を醸し出して。
しかし私はあの女がそんなタマじゃないことを知っている。それにこないだのことがある以上、ニーナと二人っきりは避けたい……。
「それなら殿下が見に行ってあげた方がいいんじゃないですか? 仲がよろしいみたいですし……」
「ニーナはお前と仲良くしたいと言っていたぞ」
あの女!! 外堀埋めてやがる!!
私が反論する前にヴィルジールが「まあまあ」と口を挟む。
「エリーゼもお前も、ニーナのこと誤解してるんだよ。少し二人で話せば分かるって」
「いや、私は」
「ネロもいい加減エリーゼ離れしないと。いつまでも公爵家の従者でいるつもりじゃないんでしょ」
「そんな」
「ネロ様ならニーナ様ときっと仲良しになれますわ! 二人ともとってもお優しいですもの!」
「えっと、その」
「アンジェリカもこう言ってるし……とにかく、とっとと行ってこい!」
「ちょっ」
皆に言われて生徒会室を出た……というより追い出された。
……仕方ない。資料室にだけ行って、適当に探したけど会えませんでしたとかなんとか言って戻るか……。
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