42.従者くん、誘惑される
「……お気遣いどうも。でも生憎、私は寝るのが1番のリフレッシュなので」
ニーナにはきっと、関わらない方がいい。
邪竜化回避をさせてくれる。皆の幸せを願ってくれる。でもその皆に、エリーゼは入ってない。
それを受け入れてしまったら、きっと私は私を許せなくなってしまう。
とっととニーナに背を向けて、立ち去ろうとしたら。
「待ってっ!」
「うぉっっ!?」
ニーナが後ろから抱きついてきた。
こいつ、なりふり構わないのか!? しかし残念、私の前世は成人女性! 女の子に抱きつかれたって、別に、何とも。
「っ……へ……」
「……つかまえた♡」
なん……とも、ない、はずなのに。
背中に抱きついて、首を傾けるニーナが、どうしようもなく……可愛く、見えた。
いや、いや、おかしい! たしかにニーナは可愛いけど、それでもこんなのは絶対おかしい!! こんな、好意を腹の底から引き摺り出される、みたいな……。
そこで、はっとする。
『この匂いがする雌の竜には近寄っちゃダメよ。これは竜のフェロモンで、強い催淫効果があるの』
ネロの中にある、母親の教え。
『あ〜、なるほどなるほど。この香水使えばある程度選択肢ミスっても好感度調整できるんだ』
私の中にある、ゲーム内の知識。
その二つが、重なって。
「誘惑の香水……っ!!」
「あは、分かっちゃった?」
身につけるだけで攻略対象の好感度を上げまくる香水……ゲームの中でのお助けアイテムの名前が、自然と口から出た。
咄嗟に振り払おうとするけど、手が鈍る。人間用にだいぶ薄められてるけど、久々に嗅ぐからかめちゃくちゃ頭がぐらつく……!!
「……ね、どきどきしてるでしょ。ネロくん」
ニーナの指が、背中をなぞる。人差し指が、心臓があるあたりで止まった。
「大丈夫。今は意地になってるだけ。ちゃんと分かってるはずだよ」
体が熱い。心臓がうるさい。甘い匂いに、脳がとろける。
「どうしたら、ハッピーエンドにいけるか」
ニーナの一言で、やっと理性が戻ってきた。
「っ、離せ!!」
腕を振るより一歩先に、ニーナがぱっと身体を離す。
はっ、はっ、と浅くなった呼吸を整えて、ニーナを見る。きっと睨め付けていたのだろう。ニーナは悪戯っぽい笑顔で「怖い顔しないでよ」と言った。
「ネロルートは好感度調整ってよりイベントちゃんと踏むのが攻略条件だもんね。やっぱりアイテムじゃだめかあ」
「っな、なんで、こないだ手を組まないって」
「だってネロくん、好きにしろって言ったじゃん。だからわたしはわたしの好きにするよ?」
そんなこと……言ったかも。あの時はかなり混乱してたというか、いっぱいいっぱいだったというか……でもさぁ!!
「ニーナさん分かってる!? 私、前世女だよ!? ネロのガワ被った偽物みたいなもんで──……」
「分かってるよ。でも今はネロじゃん」
精一杯の反論は撃沈した。
おい、嘘だよな。こいつ、まさか、本当に。
「わたしはみんなを助けてあげたいし、愛してあげたいの。今のネロくんだって、例外じゃないよ」
私のことまで攻略しようとしてやがる!!
「っでも、そんな……エリーゼだけ、仲間はずれ、みたいな……」
「……ネロくんって、エリーゼのこと大切にしてるよね? あの子が自分の邪竜化を止めてくれるなんて思ってるの?」
図星である。声に出さなくても、顔には充分出ていたらしい。
「……馬鹿だね、ネロくん」
ニーナは心底呆れたように言った。自分でもちょっと無謀かなって思っとるわ!! だけど6年こっちはそれ一本でやってきたんじゃい!!
「あの子にネロくんを背負わせるなんて、可哀想じゃない?」
ぎくりと、胸の奥が軋んだ。自分の罪悪感を言い当てられたような気がした。
「だって、ネロくんは邪竜だよ? 人とは寿命も違うし、愛さないとすぐ隣に世界の危機が待ってるんだよ? そんな重い運命、エリーゼに背負わせるのは平気なの?」
……この6年、考えたことがないわけじゃなかった。
エリーゼのおかげで破滅回避して、ハッピーエンド……でも、その時エリーゼの気持ちとか、幸せとかは、どうなるんだろうって。
「愛してあげないと世界を壊す邪竜くんより、国外追放して他所の男とくっつく……なんて方が案外、エリーゼにとっても幸せかもしれないよ」
エリーゼの幸せなんかどうだっていい。私は私のためにしか動かない。そう、自分に言い聞かせてきた。言い聞かせないと、揺らぎそうだったから。
でも、本当は、私は。
「……わたしなら、そんな重たいネロくんも受け止めてあげる」
ニーナが、柔らかく、優しく笑う。
……ニーナなら、聖女なら、私の邪竜化も止めて、それで、エリーゼも……ちゃんと、幸せ、に。
「……ニーナ、さん……」
口を開いた、その時。
「何してるのよ!!」
聞き慣れたキンキン声が耳をつんざいた。
聞き間違えるはずもない、この声は。
「お嬢様っ!?」
「ネロ、あなたのそれ、私の鞄! 取り違えてたわよ! っでも、それより!」
エリーゼはずんずんとこっちに寄ってくると、ニーナと私の間に立った。
「フローレンスさん!! うちの従者に何の用かしら!!」
びしりと背筋を伸ばして胸を張る姿は悪役令嬢すぎるが……なんていう頼もしさだ!!
「お……お嬢様すごい、主人みたい……」
「主人よ!!」
そうだったわ。この人私の雇い主だ。
エリーゼはきっ、と眉を吊り上げてニーナを睨む。
「庶民の女は随分ふしだらなのね。王族や貴族の子息じゃ飽き足らず、奴隷出身の従者にまで手を出すつもり?」
「ちがっ……わたしはただ、ネロくんの元気がなさそうだったから声をかけにきただけなんです!」
ニーナはさっきの不敵な笑みが嘘みたいな泣き顔を作った。こ……この演技派が!!
「ネロくん、さっきはなんか遠慮してるみたいだったから……皆でお茶会しようって、改めて……」
「黙りなさい!!」
ニーナの言い訳を、エリーゼがぴしゃりと遮った。
「元気がないとか遠慮してるとか、そういうのは全部私の従者の、私が解決すべき問題よ! 庶民が気安く私の所有物に口出ししないで!! 不愉快だわ!!」
あっ……悪役令嬢すぎる!! あまりにも!!
ニーナもここで反論を続けても仕方ないと判断したのだろう。顔を覆って泣き真似をしながら、たっ、と女子寮の方に走り出した。
その姿を見てむふー、と鼻を鳴らす姿は誰がどう見たって高慢ちきで性格悪くてわがままな悪役令嬢、なのだが。
「……お嬢様、言い過ぎですよ……」
「っはぁ!? 大体あなたが庶民の女にデレデレ鼻の下伸ばして……っ……何笑ってるのよ?」
「あはっ、はは……だって、なんか、気が抜けて……」
なんでか、この悪役令嬢に助けられてる自分に笑ってしまった。
「っくく……あんなテンプレみたいな嫌なお嬢様ムーブするとか……ほんと、性格終わってますね……」
「何よその口の聞き方は!! きつい折檻されたいの!?」
「はは、うそうそ。ちょっと困ってたので、助かりました」
破滅回避のためにもなるべくエリーゼにはかっこつけた顔を見せたいのだが、きっと今私の顔はふにゃふにゃに緩みきっているのだろう。夕日で真っ赤に染まったエリーゼの顔が、何か言いたげに歪められる。
「〜〜〜〜〜っ、とにかく! あの女には近付かないこと!! いいわね!」
「はいはい。で、鞄入れ替わってたんでしたっけ。すみませんね、また送っていきましょうか」
「……当然よ!!」
ぷい、と女子寮の方に向いて歩き出すエリーゼの少し後ろを付き従うように歩く。そうすると、隣に来いと言わんばかりにエリーゼが足を止めた。
……うん、やっぱりエリーゼは国外の、他所の男なんかじゃだめだ。こんなわがまま、そうそう扱える奴いないだろう。
「……だらしない顔してないでキビキビ歩きなさい! 主人の時間を無駄にしないで!」
「はいはい」
破れ鍋に綴じ蓋ってやつだ。きっとエリーゼにとっても、私がいいんだ。
そう思いながら、女子寮までの帰路を辿った。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




