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41.従者くん、違和感を覚える


 ニーナが転生者と知ってから一週間。つまり、ニーナの逆ハーレム計画を知ってから一週間。


「ネロくん、この書類誤字してるよ。直しておいていい?」

「あっ、はい……お願いします」


 ニーナは驚くほどいつも通りだった。


「……最近誤字が多いな。たるんでるぞ、ネロ」

「そうだよ。なんだかずっとぼんやりしてるし、なんかあったの?」

「あ、いや……へへ、大丈夫です、大丈夫……」


 心配してくれるオスカーやミカエルに曖昧な笑顔だけ返して、書類に視線を戻す。

 うん。なんか、ありました。お向かいの席に座るニーナさんが同じ世界からやってきた転生者で、逆ハーレム狙いの腹黒女だって知りました。

 しかしそんなこと言えるはずもなく、もやもやした気持ちを抱えたまま仕事をする。ああ、なんかまたミスりそうな気がする……。


「ネロくん、元気がないなら今度みんなでお茶会でもしない? いいリフレッシュになると思うな」


 ニーナがぱん、と手を叩いて提案した。


「お、お茶会ですか……」

「うん、前にみんなで行ったんだけど、旧校舎の方の植物園! あそこ、ガーデンテーブルもあってお茶会にぴったりだと思うの!」

「ああ、あの珍しい植物がたくさん生えてる温室か!」


 ヴィルジールが身を乗り出して話に加わる。


「俺ももっとゆっくり見たいと思ってたんだよな。常に咲いてる月下美人なんて、あそこでしかお目にかかれないしな」

「お花がいっぱいの温室でお茶なんて素敵ですわ! わたくしたちもご一緒しましょう、お兄様!」

「そうだな。アンジェリカも乗り気だし、何よりニーナの案だからな」


 ……ん?

 なんだか拭いきれない違和感に、顔を上げる。


「そうそう、ニーナが言うんならね。ぼくもお茶会なんてしばらくしてないから久々にゆっくりしたいよ」

「さすがニーナだな。場を和ませるのが上手い」

「えへへ、そんなことないですよぉ」


 ニーナの目が、微笑んだままじっとりと私の方に向けられる。


「ネロくんも行くよね?」


 なんだ、この匂い。この違和感。これ、まるで。


「……植物園に行った話なんか、初めて聞いたわ」


 私の思考を、つまらなそうな声が遮った。隣を見ると、エリーゼが眉間に深い深い皺を寄せている……。こりゃまた不機嫌な……。


「あっ、ごめんなさい! たしかエリーゼ様とネロくんがいない時だったんです!」

「……ふうん。婚約者がいない間にオスカー様を連れ出して、植物園に、ね?」

「やだ、エリーゼ様ったら! みんなで、ですよ! ね?」


 ニーナがオスカーの方を振り向くと、オスカーも「ああ」と返す。


「変な誤解をしてニーナを責めるのはよせ、エリーゼ。ニーナは生徒会の仕事で疲れてる俺達を気遣って連れ出してくれたんだ」

「そうなんですの! ニーナ様ったらお仕事も完璧に出来るのに気配り上手で……憧れちゃいますわ!」

「この間ニーナが持ってきてくれたクッキーも美味しかったよね。手作りなんだっけ」

「はい! あっ、ネロくん達はまだ食べてないよね? チョコチップを練り込んだ……」


 ニーナが喋り終わる前に、エリーゼがばん、と机を叩いた。


「……フローレンスさん。息抜きもおしゃべりも結構だけど、今は生徒会のお仕事の時間よ」


 びっ、と時計を指す。


「それとも平民はまともな教育を受けてなくて、時計が読めないのかしら?」

「……エリーゼ」

「っまあまあまあ殿下!」


 オスカーのガチギレの気配を察して、慌てて間に入るように言葉を遮る。


「確かにお喋りが過ぎました。今日の私、特にミスが多いですし……静かに仕事ができると助かります」


 オスカーは少し不服そうだったが、そこはさすがの合理主義。私の方が正当なことを言っていると判断すると、「それもそうだな」と黙々と書類を確認する作業に戻った。

 ほっと胸を撫で下ろす。そして、考えた。この違和感、なんなんだ? それに、さっきからしてる、花みたいな綿菓子みたいな甘い匂い……これ、何なんだろう……。




 生徒会の仕事を終えて、寮までの帰り道。いつものように私に荷物持ちをさせたエリーゼは、オスカーや皆の姿が見えなくなるなり。


「何なのあの平民、信じられない!!」


 ……ニーナの愚痴を言い始めた。

 うーん、悪役令嬢してんなあ……。


「身分もわきまえないでオスカー様にべたべたして、礼儀ってものを知らないのかしら!! 何がお茶会よ! クッキーよ! ぐぅぅ〜〜〜〜〜ッッ!!」

「お嬢様、唸らない唸らない」


 どうどうとエリーゼを宥めていると、なんだか安心感すら覚える。あの違和感の中、エリーゼだけは清々しいほどいつも通り。ちょっとは成長しろよクソガキと思ったことは数あれど、今はこのまったく成長のない姿が微笑ましく感じる……。


「仕方ないですよ。ニーナさんは聖女様ですし、実際親切は親切ですし。お嬢様もあの優しいところは見習ってくれれば……」

「何よ!! あなた私の従者なのにあの女の肩を持つの!!」

「そうしたいのは山々ですけど、従者ですからね。お嬢様の味方ですよ、ちゃんと」

「気持ちがこもってない!!」


 ぎゃーぎゃーうるさいエリーゼは本当にいつも通り、いつもと寸分の狂いもない。優しいところは見習え、なんて思ったけどエリーゼはこれでいいのかも。嫁の貰い手がないぞ〜なんつっても私がもらうんだし、私は別にエリーゼのこういうの慣れてるし。

 エリーゼのマシンガンのような愚痴を聞き流しながら歩いていくと、女子寮の前に着く。ようやくエリーゼは満足したのか……いや、寮に着いたから満足せざるを得ないのか、溢れていた愚痴を止めた。


「いい、ネロ! あなたは私の従者なんだから、何を前にしても私を優先なさい! それが従者の務めよ!!」

「はいはい。お嬢様、夜更かししちゃいけませんよ。ちゃんと予習復習するんですよ」

「分かってるわよ!!」


 鞄を受け取ったエリーゼは、ぷんすこ怒りながらのっしのっしと寮へ入っていく。悪役「令嬢」ってんならもうちょっとお淑やかに歩いてほしいもんだ。


「さ……私も帰るか」


 踵を返し、男子寮までの道を辿る。

 しかし、あの甘い匂い。なんかどこかで嗅いだことがある気がする。前世、じゃない。今世……まだ竜の里で暮らしてた時に……。


「ネロくん」


 考え込む私に、背後から声がかけられた。


「……ニーナ、さん……」

「やっぱり元気ないよね? リフレッシュ、いるんじゃない?」


 甘い匂いの中心で、ニーナがにこりと目を細めた。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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