39.従者くん、看破される
結局優勝出来なかったなあ……。
人だかりの後方で深い深いため息をつく。皆の視線の先には、表彰台……今まさにエリーゼとオスカーが表彰されているところだった。
エリーゼはきらきらと目を輝かせてトロフィーを受け取っているが、オスカーはどこか納得の言っていない顔をしている。
大方、最初に自分が負かされたのが気に食わないんだろう。私だってオスカー負かした時点で勝ったと思ってたよ。
まだじんじんと痛む手で小さく拍手をしながら、壇上で笑い合う二人を見る。うん、これは仕方なかった。仕方なかったんだよ。
「いやあ、聖女様ももしかしたらと思ったんだがなあ」
「パートナーが奴隷のシュヴァルツだったんだ、仕方ないって」
こっちに気付いてんのか気付いてないのか、悪口を言う貴族令息達の後ろをすり抜けて集団を抜ける。二位以降は表彰すらないっぽいし、今のうちにとっとと行っちまおう。
そう思って、学園の西側……医務室がある方に足を向けると。
「ネロくん!」
ニーナに、腕を掴まれて止められた。
「医務室、行くんでしょ?」
「え?」
「手、怪我してるんでしょ? 隠してるけど」
ニーナが私の握った拳を指す。
……なんだ、バレてたか。
「……誰にも内緒にしてくださいね」
ニーナの前で開いてみせた両手は、どっちも赤く爛れていた。
廊下の窓越しに校庭の喧騒を聞きながら、とぼとぼと医務室までの道を歩く。
「どうして怪我してるって内緒にするの? そんなひどい火傷してるのに……」
ニーナに首を傾げられて、思わずぎくりとなった。
そこんとこは私にもよう分からん……と誤魔化してしまいたいが、この子は勘がいい。下手に隠すのは悪手に思えて、私はため息をついた。
「……相手に怪我させたら反則負けになるでしょう。お嬢様、あんなに頑張ってたのにそれじゃあ……」
「……ネロくんも頑張ってたよ?」
「ま、それはそうなんですけどね」
エリーゼがせっかくオスカーと頑張って決勝戦まで勝ち残って、水蒸気爆発なんて応用までして勝ちをもぎ取りに来たんだ。まあ、私が抑えなきゃ多分、かなりの被害が出てたけども……。
オスカーとエリーゼの優勝は止められなかった。私の好感度爆上げ阻止作戦は失敗に終わった。でも、あの壇上での笑顔を見ると。
「あれはすごい技だった、で終わらせてあげたいんです。だから私の怪我なんて別にいいんですよ」
「……ネロくんって、エリーゼ様のことすごく大切にしてるんだね」
「そりゃまあ、主人ですから」
医務室の扉を開く。どうやら保健医の先生も校庭の方に行ってるらしい。こりゃ好都合、とっとと手当てしてしまおう。
「わたし、するよ。ネロくん手怪我してるんだから上手く包帯巻けないでしょ」
ニーナはどうやら怪我をしたとかそういうわけではなく、私のことが心配でついてきたらしかった。この子のこういうところが人に好かれる所以なんだろう。
とはいえ包帯を自力で巻けないほど痛むわけでもないし、断ろうかと思ったが、すでに医務室に入り込んだニーナは手際よく包帯だの消毒薬だのを用意している。大人しくお言葉に甘えることにした。
「もう、それにしたって爆発をほとんど手で受け止めちゃうなんて……危ないよ、もうしないでね!」
「はは……気をつけますっ、てて、ちょ、ニーナさん染みる染みる!!」
「ネロくんが反省してないから痛くしてるの! もう……」
向かいに座り、私の掌にぽんぽんと消毒面を当てるニーナ……なんでか既視感がある。なんだっけ……と記憶をあさって、思い出した。
これ、ネロのイベントスチルだ。
ネロルートが解放されて初めてのイベント……怪我を隠してるネロに気付いたヒロインが、医務室で手当てしてあげるっていう。
なんだかんだゲームのイベントと同じようなことが起こるんだなあ、としみじみしてしまう。
「……ネロくん? ぼんやりしてどうしたの?」
「っあ、いや……ニーナさん、慣れてるなと……」
「ふふ、故郷ではね、町の子供達みんなのお姉ちゃんって感じだったの。やんちゃした子にこうやって手当てしてあげてたんだ」
「なるほど」
少し開いた窓から、昼下がりののどかな陽光と夏前の少しぬるい風が入り込む。机に飾られた花がそよそよ揺れて、遠くで鳥の鳴き声が聞こえて。
平和を絵に描いたような光景の中に、世界を終わらせる邪竜と聖女が向かい合ってるなんて信じられないな……。
そんなことを考えていると。
「ネロくん、終わったよ」
「あ、すごい。器用ですね、綺麗に巻けてる」
手当はもう終わったのに、ニーナは私の手を離そうとしなかった。両手で包み込むように、私の手を握ったまま、ふわりと柔らかく微笑むと。
「ネロくん、転生者でしょ」
私の秘密を、看破した。
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