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38.従者くん、決勝戦に挑む


「そこまで!」


 審判役の先生の掛け声で、魔法を止める。


「勝者はシュヴァルツ・フローレンスペア!」


 観客がわあっと声を上げるのを受けながら、ほっと胸を撫で下ろす。

 四回戦目も順当に勝利……ここまでくるとちょっとひやっとする場面もあるけど、それでも勝ち進められているのは私が邪竜であるがためにセトを完璧に従えられること、そして、ニーナもちゃんと強くなってるからだ。


「……セト、お疲れ様。風船結ぼうか」


 セトの頭についた風船……それをくくりつけた紐を結び直した。

 先日の私闘まがいの練習試合とは違い、学校行事として行われる模擬戦にはきっちりルールがある。小竜の頭にくくりつけた小さな風船、これを割られたら負け。相手の選手や竜に怪我をさせても反則負け。そんな単純明快なもの。まあ簡単なのはいいことだが。


「……にしても、その格好間抜けだねえ……」


 半笑いで言ったらセトに睨まれた。ごめんて。

 周りを見ると、他の生徒もそもそも自分の竜が風船を外したり割ったりしないように宥めるのに一苦労している。ま、これも竜使いの腕の一つってわけか……。


「モモ。風船、ほどけちゃいそう。結び直すね?」


 その点、ニーナはモモの扱いを心得てきたというか、ニーナが竜使いとしての実力をあげてきたというか。


「ふふ、これで大丈夫!」


 ニーナに紐をくくり直してもらったモモは、どこか自慢げに風船を見せつけた。

 仲睦まじいニーナ達を見て微笑ましい気持ちになっていると、向こうの区画からわあっと歓声があがる。

 確か、あっちは。


「さすがオスカー様……たとえ相手が第二王子であっても勝利は譲らないか」

「いや、パートナーのスカーレット嬢もかなり強いぞ。騎士団長の娘であるアズール嬢の盾をあんなにあっさりと……」


 どうやら、ミカエルとアンジェリカ、そしてエリーゼとオスカーの試合が終わったらしい。ニーナと顔を見合わせてから、声のする方へ駆けていく。

 人だかりの中心にある模擬戦用の区画では、はっ、はっ、と息をあげているエリーゼとオスカーが崩れ落ちたミカエルとアンジェリカを見下ろしていた。


「〜〜〜〜っ、くそ! 今日こそ勝てると思ったのに……っ!!」

「す、すみませんミカエル様! わたくしが未熟なばっかりに……」

「……いや、ぼくが兄さんの守りを崩せなかったんだ……」


 ミカエルがオスカーを睨む。羨望の入り混じる目に応えるように、オスカーは息を整えてミカエルに手を差し伸べた。


「……悪いが、お前に越えられるわけにはいかないからな」

「……いつか泣かすからね!!」


 ミカエルはオスカーの手を取って立ち上がる。

 子供の頃に負けて泣いていた時より、よっぽど強く逞しく見えた。


「……アンジェリカ様も、立てますか?」

「は、はい!」


 おお! エリーゼもアンジェリカに手を貸してあげてる! なんだ、悪役令嬢のクソガキと思ってたけど、それなりに淑女らしく親切に……。


「エリーゼ様、とってもお強くていらっしゃいましたわ! オスカー様との息もぴったりでしたし、やっぱりお二人は将来の国王と王妃なのですね!」

「当然ですわ!!」


 おーっほっほっほとテンプレみたいな高笑いをするエリーゼを見て、やっぱりあいつ悪役令嬢だわと確信する。


「エリーゼ様とオスカー様、本当に強いんだね……」


 ニーナは少し不安気にそう言って、身体を寄せてきた。確かにオスカーもエリーゼも手強いんだろう。しかし。


「……いや、勝てますよ。私達なら」

「ネロくん?」

「というか勝たなきゃ……」


 ちら、とエリーゼとオスカーを見る。


「でも……オスカー様、申し訳ありません……! 私ったら最後、油断して……」

「いい。俺の方で補える程度だったからな」

「オスカー様……」


 見つめ合うな!! 距離を縮めるな!!


「絶対に勝ちますよ、ニーナさん!」

「……ネロくんってエリーゼ様のことになるとムキになるよね?」


 破滅回避がかかってんだから当たり前だろ! なんて言えるわけもないので適当に「それほどでも!」と言っておいた。




 私とニーナのペアは五回戦目、六回戦目も順調に勝ち進み、ついに。


「おい、決勝に出るやつみたか!?」

「ああ、第一王子と聖女が戦うんだろ!?」


 校庭の中心の区画。そこで、オスカーとエリーゼに対峙する。


「ふん……本当にあなたと平民が決勝に来るなんてね。いいわ、捻り潰してあげる!」

「エリーゼ……そういうことを言うのはどうかと思うが……まあいい。久々に俺が稽古をつけてやる、ネロ」

「ま、負けませんよ! ネロくんもわたしも!」

「そうですよ! 絶対優勝するんですから!!」


 うまくタイミングが合わなくて二人の試合を見られなかったから情報不足ではあるものの……それはあっちも同じである。


「では両者、位置についてください!」


 審判の先生に促されて、白線の上に立つ。オスカーとエリーゼは……エリーゼが攻撃側か! あのオスカーが攻撃を譲るとは、すごいこともあるもんだ……。


「それでは、決勝戦! スカーレット・ブランシェペア対シュヴァルツ・フローレンスペア! はじめ!!」


 手を振り下ろされたのと同時に。


「行くわよ!! 燃やし尽くしなさい!!」


 エリーゼが小竜の口輪を外し、その口から火炎が放たれた。


「ネロくんッ!! モモ!!」


 ニーナが心配そうに声を上げるが、防御魔法は間に合わない。まあ、大丈夫だ。これは運がいいとしか言いようがない。


「セト」


 名前を呼ぶと、セトは私の目の前に水の膜を張る。エリーゼの竜が放った炎は水に飲まれ、私に届く前に消えてしまった。

 水の膜を解除すると、エリーゼの驚いたような、悔しげな顔と目が合う。


「力押しだけじゃ勝てませんよ、まだまだですねぇお嬢様!」

「このっ……従者のくせに生意気よ!!」

「ネロくん!! 今度はちゃんと守るよ!!」


 エリーゼがやけくそみたいにびゅんびゅんと火球を放ってくるが、その全部をニーナが阻む。


「ぐぎっ……きぃーーーーーーーッッッ!!」


 苛立ってる苛立ってる。面白がってやりたいが、警戒すべきはエリーゼじゃない。


「セト!」


 すっ、と腕を伸ばして、指をさす。指の先にいるのは、この場で一番警戒するべき人物……オスカーである。


「撃て!!」


 余裕綽々な様子でこっちを見ているのは、おそらく私の技を出し尽くさせて手の内を読むためだ。早めに脱落させておかないと!

 セトの口から飛び出したいくつもの水の弾丸は、まっすぐオスカーに向かった。スピードは申し分ない、が。


「……巻き込め」


 オスカーがそう静かに命令すると、口輪を外された竜がぱふぁ、と口を開く。そして。


「っきゃあッッ!」

「んぅっっ!?」


 私達どころか観客からも驚きの悲鳴が聞こえるほどの風が巻き起こる。土埃が晴れて、目を開くと。


「水の魔法か……雨は竜巻にのまれるものだ。相性が悪かったな、ネロ」


 オスカーの竜が放った竜巻に、水の弾丸は全部散らされていた。


「っ、くそ……!!」

「オスカー様に攻撃しようったって無駄よ!!」


 エリーゼがばっと手を振り上げると、エリーゼの竜がまた何個もの火球を作り出す。

 こ……こいつ、火球自体は小さいけど……!


「燃やせッッ!!」


 火球の量が多すぎる!!


「わっ、わ、きゃあっっ!! ネロくん、大丈夫!?」

「大丈夫です!! ニーナさんは自分とモモの防御を最優先で!!」


 際限なく放たれる火球を前に、モモの防御とセトの水膜でなんとか乗り切ってるけど……こんなのキリがない!! モモもだいぶ消耗してるし、持久戦に持ち込まれたら不利なのはこっちだ……!

 せめてオスカーだけでも、ともう一度オスカーに狙いを定める。


「撃てッッ!!」


 放った弾丸は、大半がオスカーの竜巻に飲み込まれる……が、残りがある!! 残りがあるなら……!!


「弾けろッ!!」


 竜巻を避け、オスカーの後方まで飛んだ弾丸がぴたりと止まる。それがぷく、と泡立って膨らんで、ぱん、と弾けた。

 水滴は弾丸となり、オスカーの竜めがけて飛んでいく。よし、これなら……!!


「未熟」


 オスカーがそう呟くと、オスカーの竜は尻尾でぱちんっと水滴を叩き落とした。

 な……なんだあいつ!? 後ろに目つけてんのか!?


「背後を狙うとは……せっかく学んだ騎士道はどうした?」


 オスカーはふ、と鼻で笑う。


「まあいい。卑怯な手を使わないと勝てないと思ったんだろう。無理もない」


 こっ……このクソ野郎!!


「さあ、いい加減諦めなさい! 優勝するのは私達よ!!」


 そんな悪態ついてる間にもエリーゼの火球はびゅんびゅんこっちへ向かって飛んでくる。

 このまま防戦一方じゃだめだ!! 何か、なんかいい方法……!!


「モモ! 歌って!!」


 ニーナがそう叫んだ瞬間、モモが旋律にのせた鳴き声を放つ。そして。


「っ燃え……ッ何よそれ!?」

「結界……!?」


 魔法陣が描かれたピンク色の薄膜越しに、エリーゼとオスカーが目を見開いているのが見える。防御魔法の応用……盾を球型に開いて、私達を守ってるんだ!!


「ニーナさん、これ……っ」

「長くはもたないよ!!」


 私が何か言う前に、ニーナががなった。


「だからっ、今のうちにネロくん勝つ方法考えて!! 少しの間なら守ってあげられるから!!」


 指を組むニーナも、その頭の上で歌い続けてるモモも、次の作戦を促すみたいにこっちを見てくるセトも、みんな必死だ。必死に、勝とうとしてくれてる。

 ……ここで何もできなきゃ、大人が廃るってもんだ。


「……わかりました!!」


 結界を破ろうと攻撃を続けるエリーゼの後方、様子を見るように立っているオスカーの方を見直す。

 前から行っても全部竜巻に飲まれるし、後ろ狙ってもあの竜がそんな殺気見逃さないし……あれ、割とこれ詰みでは?

 さっきの決意がぐにゃりと揺らぐ。や……やっぱ王子と公爵令嬢に勝つなんか無理じゃ……。


「ね、ネロくん……オスカー様のあの魔法、どうやって攻略する……?」

「ま、待ってください……今考えてます……!」

「あんな台風みたいなの、どうやったら……」


 台風、と言われてはっとした。

 さっきの、私の攻撃全部絡め取った竜巻……中心は開いてたな……。だからオスカーの余裕綽々のドヤ顔が見えたんだ。

 そうだ、あれは台風なんだ。だから、目がある。


「……整いました。やれますよ、ニーナさん」

「ほんと!?」

「はい……でも正直めちゃくちゃ自信ないので、防御お願いします!」

「分かった!! やるよ、モモ!」


 ついに限界を迎えた結界がぱりん、と割れる。


「ほら、もう守ってくれる防御魔法はないわよ! 大人しく降参なさい!」

「っ、モモ! まだ歌って!!」


 モモが歌うと、広範囲に展開された防御魔法がエリーゼの攻撃を全て防ぐ。

 多分、一回しかチャンスはない。失敗すれば、オスカーに対策を立てられる。だから、絶対ここで!! 当てなきゃいけない!!


「セト!!」


 腕を振り上げると、大量の水の弾丸が宙に浮かぶ。そのまま、オスカーの方を指さして。


「撃てッ!!」


 水の弾丸、その全部をオスカーの竜に向けて、放った。


「ふん……芸がないな。巻き込め!」


 オスカーの竜はまた竜巻を起こして、私の水の弾丸を全部飲み込んで散らしてしまう。そこまでは想定内。私が狙ってるのは、その真ん中──ぽっかりと空いた、台風の目。


「セト、よく狙えよ!!」


 セトはじっとオスカーの竜、その頭に括り付けられた風船を見据え。


「撃て!!」


 弾丸を、放った。

 オスカーとその竜の目が見開かれる。そして、反応するより先に。


 ぱん、と風船が割れる音がした。


「ネロッ……!! お前……!!」

「どうです! 殿下のお好きな正面突破ですよ!」


 よっし!! オスカー攻略!!

 しかし。


「っきゃあッッ!!」

「平民が、生意気なのよ!!」

「モモ!! ニーナさん!!」


 オスカーに集中しすぎて、エリーゼがモモの風船を割るのを防ぎきれなかった。

 ……これで、エリーゼと1対1。


「従者の分際でオスカー様に楯突いたこと、後悔させてあげる!!」

「……望むところですよ、お嬢様!!」


 だからもう、私が勝つしかないってわけだ!

 だけど相手は火、こっちは水。


「いくわよ、ネロっ……きゃあ!!」

「お、防ぎましたか。案外強いんですね、お嬢様の竜」


 どっちが有利かは、どう見たって明らかである。

 セトが口をぱふぁ、と開く。そろそろとどめを刺せ、という視線に応えるように頷いた。


「セト、撃て!!」


 拳くらい大きい水の弾丸を、エリーゼの竜に向かってまっすぐ放つ。重い分スピードは劣るけど、火で水が防げるわけがない!

 エリーゼが息を呑む。そして、苦し紛れにしてはやけに真っ直ぐ水の玉を指して。


「捕まえて!!」


 そう叫んだ。

 次の瞬間、エリーゼの竜が火を吐く。あれは火炎放射っていうか……火の、縄……!?

 炎は水の玉に巻き付いて、そのまま、二つは溶け合った。


「オスカー様に教えてもらったわ……ッ、水と火は、合わせると爆弾にもなれるのよ!!」


 なるほど、水蒸気爆発……ってお前、馬鹿!!

 確かに爆弾にはなる。でも、そんなものをこんな近距離で食らったら観客はもちろん一番近くにいるエリーゼだってただじゃ済まない。

 炎を飲み込んだ水の玉が白んで、膨らむ。魔力を含んだ水と炎が、爆ぜようとしている。


「セト!!」


 セトもヤバさを感じたのだろう。こくんと首を縦に振って、ニーナを守るように水膜を張る。

 でもだめだ、それじゃニーナしか守れない!!


「ッ、くそ」


 舌打ちをして、駆け出す。間に合うけど、これ、絶対────いやごちゃごちゃ考えてる場合か!!

 エリーゼを庇うように、膨らむ水の玉を両手で覆った、その瞬間。


「きゃあぁぁあぁあっっ!?」


 ばん、と派手な破裂音。それを引き起こした張本人の一番でかい悲鳴。爆風で上がった砂埃が晴れる頃には。


「な……なんだ……?」

「今の、何が起こった……?」

「あ、おい! シュヴァルツの竜!」


 私の背後でへたりこむエリーゼの竜の風船は無事だったが、爆風に水膜を破られたセトの風船は……しっかり割れていた。

 ……ああ、こりゃもうしゃーない……。


「……っ、先生!」


 痛む掌を隠すように拳を握り、まだ事態を把握できていない審判の先生の方を向く。


「……私達の負けです」


 そう言った瞬間、観客たちがわあっと歓声をあげた。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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