32.従者くん、謀略する
元々仲良しの我々幼馴染メンバー、そこに急に加えられたニーナ。果たしてちゃんと馴染めるか心配だったが。
「ニーナ様っ、今度城下町にお買い物に行きませんこと? わたくし、欲しいロマンス小説がありますの!」
「ふふ、アンジェリカは本当にロマンス小説が好きなのね」
……杞憂だった。
「む、それなら俺も付き添おう」
「お兄様はダメ! 乙女の秘密のおでかけですのよ!」
「なっ……反抗期かアンジェリカ!? 俺だってついて行っていいだろう、なあニーナ!」
「わたしは構いませんよ、アルフレッド先輩。みんなで行った方が賑やかですもの」
というのも、ニーナがあまりにもいい子すぎるのだ。
アンジェリカの暴走気味なところを優しく受け止め、アルフレッド先輩のシスコンムーブもさらりと流し。
「それなら俺も行こうかな。前の学会の論文がもう本になってるはずだし」
「あの魔導工学の論文ですか? 魔法を通信に使うなんて、とっても興味深い題材でしたよね」
「そうなんだよ! ニーナなら分かると思った!」
「えーっ、みんな行くの? 本とかすぐ読み終わっちゃうからつまんないじゃん」
「それはミカエル様が細かいところを読み飛ばしながら読んでしまうからよ。もっとじっくり読めば長く楽しめるでしょ?」
「……まあ、ニーナが言うならそうなんだろうけどさあ……」
勉強面はヴィルジールが目を見張るほど優秀だし、あの小生意気なミカエルでさえニーナの言うことは割と聞く。
「じゃあ次の休みは皆で王都の書店に行こう。帰りに寄り道をするのもいいかもしれないな」
「ふふ、オスカー様も息抜きってものが分かってきたんですね!」
「……ニーナのおかげでな」
オスカーも最初に連れてきただけあって、ニーナのことは認めてるし、私だってニーナのことは嫌いじゃない。
「ネロくんは? 一緒に行くよね?」
奴隷市場出身、立場としてはニーナより低い私にもこんなに優しいし。
だが、うちのお嬢様は。
「さっきから聞いていれば何なのあなた、庶民のくせに馴れ馴れしいッ!!」
……未だニーナを毛嫌いしていた。
エリーゼは椅子から立ち上がり、憎々しげにニーナを睨め付ける。
「フローレンスさん!! あなた自分の立場っていうものが分かっていないんじゃなくて!? あなたは平民で、私達とは住む世界が──……」
「エリーゼ」
そんなエリーゼを咎めるように、オスカーが鋭い視線を向けた。
「この学園では王族も貴族も関係なく、俺たちは皆等しく竜使い見習いだ。いい加減慣れろ」
「っでも……!」
「……エリーゼ、いい加減にしろ」
エリーゼがはっとしたように周りを見る。皆の視線が自分に集中しているのを感じて、エリーゼは唇を噛みながら席に座り直した。
「す、すみませんエリーゼ様……わたし、何か……」
「いい。ニーナ。エリーゼには少し自分を省みる必要があるからな」
それは本当にそう。
隣の席に座るエリーゼの方を見ると、俯いたまま悔しそうにむっつり唇を尖らせていた。
ヒロイン・ニーナが現れてから早1ヶ月。エリーゼは悪役令嬢の役割に相応しい活躍を見せつけている。
ことあるごとにニーナに平民が生意気とかなんとか突っかかればオスカーに咎められ、なら学業面で教養の差を見せるのだと意気込めば新入生第二席の実力をもって叩きのめされ……うーん、思い返せば思い返すほど悪役令嬢。ちょっとは反省するとかせんのかと思うくらい、エリーゼはニーナに対してつらく当たりまくっていた。
私もこんな状況に心を痛めている……といえば、嘘になる。
「でもわたし、みんなと仲良くしたくて……」
「ニーナは優しいからな。エリーゼ、少しは見習え!」
「そうそう。せっかくだから仲良くすればいいじゃん」
「そうだ、エリーゼも本屋来るだろ? ネロも行くんだし」
ヴィルジールに言われて、「えっ」とわざとらしく顔を上げてみせる。
「私はお嬢様に合わせますよ」
「え?」
「だって、従者ですからね。お嬢様から離れるわけにもいかないので」
エリーゼが目を丸くしてこっちを見る。よし、と心の中でガッツポーズした。
「……ネロ。エリーゼにも行ったが学園内では身分も何も関係ないだろう。お前ももっと自由に……」
「私は自由にしててこれなんです。ね、お嬢様」
「……勝手にしたら」
エリーゼがぷい、とそっぽを向く。……いや、焦るな。今はこれでいい。今は。
「まったく、ネロはエリーゼにべったりだな」
「アンジェリカにべったりのアルフレッドだけには言われたくないでしょ」
「俺はべったりじゃない、アンジェリカに悪い虫がつかないように見守ってるんだ!」
「もう! お兄様ったら恥ずかしいですわ!」
きゃっきゃっと盛り上がる皆をよそに、私の頭の中では破滅回避計画がぐるぐる回っている。
このまま悪役令嬢としてエリーゼが孤立していけば、エリーゼも頼れるのは私しかいないとなり……。
『私ネロのこと大好き!』
『邪竜化回避だやったー!』
こうなるはず!!
「……ネロ、何にやついてるのよ気色悪い……」
「は、すいません持病の妄想癖が」
待ってろよエリーゼ、そんな口聞いてられるのも今のうちだ……! あんたは私の邪竜化回避のために利用される運命なんだよ!!
「そっか……残念だね。ネロくんとは前も都合が合わなかったし……」
「はっ、あなた貴族の殿方を誑かすだけじゃ飽き足らずうちの従者まで欲しがるつもり? とんだ男好き──……」
「エリーゼ」
「…………っ」
入学式前は一緒に告解までして仲良くなりかけていたエリーゼとオスカーだったが、ニーナの登場によってその仲は昔と同じものに戻ろうとしていた。いや、オスカーとだけじゃない。
「……ごめんな、ニーナ。エリーゼって昔からああいうところがあるからさ」
「今年で16になるんだ。少しは改めろ!」
「……ぼくも、最近のエリーゼはどうかと思うよ? ニーナがかわいそう」
「ニーナ様はとっても素晴らしい方ですのよ!」
……周りの皆との関係も、なんだか昔に戻った……というより、ゲーム本編のそれに、近付こうとしていた。
エリーゼが俯く。肩を震わせる。そして。
「……私、お手洗いに」
立ち上がって、部屋を出た。
「あ、私も。お手洗いに」
「おいネロ、エリーゼなら……」
「いや、殿下。普通に尿意です。もう膀胱ぱんっぱんで」
「早く行け」
これはエリーゼを攻略するためで、別にエリーゼ本人のためなんかではない。そう思いながら、エリーゼを追って部屋を出た。
♢
生徒会の仕事で使う資料を取りに行く、と言ったニーナが資料室へ向かう途中。渡り廊下の窓から、見慣れた二人が中庭にいるのが見えた。
「あれ……」
公爵令嬢・エリーゼ=スカーレットとその従者・ネロ=シュヴァルツ……ニーナが生徒会の中で唯一「仲良く」できていない二人だった。
肩を震わせながら顔を伏せるエリーゼに、ネロが仕方なさそうにハンカチを差し出す。それをエリーゼが乱暴にひったくるのを見て、ネロが苦笑いを浮かべていた。
その姿は主人と従者というより、まるで姉妹のそれのようで。
「……姉妹?」
自分の発想に、自分で首を傾げた。姉妹なんておかしい。ネロ=シュヴァルツはれっきとした男なのに。
しかし、突拍子もない考えだと切り捨ててしまうにはあまりにも輪郭がはっきりしていた。
「……ネロ、くん……」
……これは、確かめなければならない。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




