31.従者くん、入学する
四月。
西洋の学校は九月始まりが普通だが、ここはあくまで中世ヨーロッパ風なだけで日本産のゲーム世界。入学式は、満開の桜に囲まれた大聖堂で行われた。
「新入生代表、オスカー=ブランシェ!」
「はい」
呼ばれたオスカーは立ち上がり、かつかつと靴を鳴らしながら学園長と名乗った老婦のもとへ行く。
「あなたは王太子ですが、ここでは皆と同じ竜使い。誰よりも謙虚に、慎重に、竜と共に歩んでいかなければなりませんよ」
竜を模した徽章をつけながら、学園長はオスカーに言い聞かせる。オスカーは重々しく「ええ」と言うと、観衆の方へ体を向けた。
黒地に二列の金色のボタンが煌めく軍服にも似た制服。その胸で存在感を放つ、竜の形の徽章。
何度もゲームで見たオスカーの姿に、いよいよドララヴァが始まるんだと息を呑む。
そして、ドララヴァが始まるということは。
「……そして、もう一人。皆さんに紹介しなくてはならない方がいます」
学園長はたおやかな笑みを崩さぬまま、その人がいる方を見る。
「ニーナ=フローレンスさん。前へ」
「はい!」
鈴を転がしたような可愛い声。
「わっ、とと……ごめんなさい!」
遠慮がちに謝りながら、人波を抜ける。歩くたびに揺れる桃色がかった髪に、庶民育ちながらまっすぐ伸びた背筋。
前に立った瞬間、この人こそが「そう」なのだと理解した。
「予言で示された、月食の時に生まれるという聖なる乙女。彼女こそ邪竜の脅威からこの世界を救う鍵となる存在なのです。ニーナさん、皆さんに挨拶を」
「はい!」
元気いっぱい返事をしたその人は、緊張を落ち着けるように深呼吸をした後に、ふわりと微笑んで首を傾ける。
「ニーナ=フローレンスっていいます! 平民暮らしでわからないことも多いけど……仲良くしてくれたら嬉しいです!」
うん、やっぱりあれがヒロインだ! 文句のつけようもなく可愛いもん!
うむうむと眺めていると隣からじっとりとした冷たい視線を感じる。ちらりと隣……エリーゼの方を見ると、すごい形相で私の方を睨んでいた。なんで?
「……女好き」
「人聞き悪い……普通に可愛らしい方じゃないですか。お嬢様も見習ってくださいよ……ッ!?」
足を踏みつけられた。本当になんで?
まあ、何はともあれ。
「オスカー、ミカエル、皆も、入学おめでとう!」
「これからは先輩として鍛えてやるからな、覚悟しておけよ!」
生徒会室に入ると、一年早く入学していたヴィルジールとアルフレッド先輩が出迎えてくれる。
「アンジェリカ、制服がよく似合っているぞ! さすが俺の妹!」
「お兄様ったら、先輩方にわたくしの話をしたでしょう!? 色々聞かれて恥ずかしかったんですのよ!」
「生徒会室って、案外狭いのね……不便だわ」
「お嬢様はただ座ってるだけなんだから不便もクソもないでしょ」
「何よその言い方!!」
「ミカエル……さっそく制服着崩すなよ」
「だって堅苦しいしさ〜、ほんとは兄さんのつけてる首席の徽章もつけたいんだけど」
「ふん、それなら自分の実力で奪ってみせることだな」
オスカーは入学式の時と同じく、かつかつと靴を鳴らしながら一番上座……生徒会長が座るべき椅子に座る。
「今日から、ここにいるメンバーが生徒会役員だ」
私達は王立学園に入学し、流れるように生徒会に入る羽目になった。
ちなみに私は生徒会なんてやる気はなかった。なかったのだが。
「……殿下、私はやっぱり実力不足なので別の方に……」
「駄目だ。ネロはそこの庶務の席に座れ」
……この俺様王子が「生徒会は生徒会長の勧誘でメンバーを決定する」なんていうとんでも校則を濫用し、いつメンを生徒会に引き込んだせいでやる羽目になってしまった。あ〜あ。
「……それにしても、めちゃくちゃですよね。新入生なのに生徒会長……」
「前例は結構あるぞ? 王族としての求心力を養うために、王家の子が入学してきたら生徒会長をさせるんだ」
「まあ、まさか王族が二人も入学してくるとは学園側も思ってなかっただろうがな」
「そうだよ! 兄さんさえいなかったらぼくだって生徒会長に……」
「実力でとれと言ったはずだ、ミカエル」
「むかつく!!」
生徒会の隅、庶務の席。ドララヴァではここにネロは座っていなかったはずだ。代わりにいたのは。
「でもオスカー様ったら、わたくしまで生徒会に誘ってくださるなんて! この仲良しメンバーが大好きなんですのね!」
「違う、これはお前たちが優秀だからであって……それに、もう一人誘っている」
「もう一人?」
オスカーが「ああ」と言うのと同時に。
「遅れてすみませんっ!」
生徒会室の扉が、がちゃりと開いた。
「道に迷っちゃって……!」
はっ、はっ、と浅い息を繰り返しながら顔を上げたのは。
「入学式でも紹介されたな。聖なる乙女のニーナ=フローレンスだ」
「よっ、よろしくお願いします!」
まごうことなきヒロインだった。やっぱりきたか!!
「あの、本当にわたしなんかが生徒会に入らせてもらっていいか分からないんですけど……一生懸命がんばります!」
ヒロイン……ニーナはふん、と拳を握って気合を入れる。うーん、かわいい。前世ではあれに自己投影してプレイしてたのが嘘みたいだ。
「彼女は聖女であるだけでなく、入学前の試験でとても優秀な成績をおさめたんだ。さっき中庭で少し話したが、それだけでも彼女の優秀さが分かった。ぜひ生徒会に欲しいと思ってな」
「もう、オスカー様ったら! 欲しい、なんてレディをものみたいに言うのはよくないですわ! ニーナ様、わたくしアンジェリカ=アズールと申します!」
「俺は二年のアルフレッド=アズール。アンジェリカとは兄妹なんだ。似てるだろ」
「アルフレッドとアンジェリカはそんな似てないでしょ……あ、ぼくはミカエル=ブランシェ。知ってると思うけど、この国の第二王子ね」
「俺はヴィルジール=リーラ。二年で、こいつらのお目付役みたいなもんだ」
「ネロ=シュヴァルツです。スカーレット公爵家の従者をしています。それで、こちらが」
手でエリーゼの方を指した、瞬間。
「私は断固反対ですわッッッッ!!」
エリーゼが声を張り上げた。
「庶民を!? 生徒会に!? 入れるですってぇ!? 私はぜっっっっったいに反対ですわ!!」
「えっ、あの」
「大体あなた、身の程をわきまえるってことを知らないの!? ここはあなたのような平民が軽々しく足を踏み入れていい場所じゃないわ!!」
「あっ、あの、わたし、そんなつもりじゃ」
「お嬢様お嬢様、ストップ!」
詰め寄るエリーゼの肩を掴んで止める。荒くなりすぎた息がフーフーいって、貴族どころかまるで野良猫である。
「……エリーゼ。お前が認めなくても俺が決めた。お前もその悪癖を治すいい機会だ。仲良くしてやれ」
「オスカー様っ、でも……!!」
「……ネロ、エリーゼをなだめろ」
「はい承知。ほらお嬢様、お茶でも淹れてあげますからね〜」
「そんなので誤魔化されないわよ!!」
「まったく……エリーゼはあんなことで生徒会なんかやれるのか? 俺は適性があるとは思えんが」
「分かってないねアルフレッド、兄さんはいつものメンバーがすっごく大好きなんだよ」
「違っ……」
「ははっ、照れるなよオスカー!」
「わたくし、学園でも皆様と一緒でとっても嬉しいですのよ!」
「だから違う……!」
入学したとはいえ、あんまりやってることはいつもと変わらない。ただそこにニーナが追加されただけである。
しかし幼馴染達で形成されたこの空気、ニーナは馴染めないんじゃないか。そう思って、ニーナの方をちらりと見る。
さっきまでの笑顔が嘘みたいな、冷たい目で私たちを見ていた。
背筋にぞっと怖気が走る。えっ、と思って瞬きをすると、ニーナがきょとんとした顔をこっちに向けた。
「あ……あの、わたしの顔に、何か?」
「えっ……あ、いや」
「ネロ!! あなた女なら誰だっていいの!? この助平!!」
「めちゃくちゃ人聞き悪い!!」
なんか一瞬、ニーナが怖かったような……いや……うん、気のせい、か。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




