30.従者くん、告解する
月明かりに照らされた王宮の庭は、暗くともなお豪華絢爛で。
「……エリーゼもついてきたのか」
その中心に立つオスカーは、煌めく金髪も相まって夜空に光る一番星みたいに見えた。
「だって、お嬢様が付いてくるっていうから」
「す、すみませんオスカー様! でも私の従者が目を離した隙に何か不躾をしたら大変ですもの……!」
オスカーは一瞬躊躇うように目を伏せたが、すぐに私達の方を向いて「まあ、いい」と言った。
「……エリーゼにも、いずれ伝えることだからな」
そう言って、オスカーは歩き出す。庭園の奥、王宮内に建てられた小さな教会がある方向。その後ろ姿を見て、オスカーが何を言おうとしているか、なんとなくわかった。
オスカーの後ろをとぼとぼと歩き、王宮の隅、鬱蒼とした草花に囲まれた教会にたどり着く。
その昔は常駐していた神父さんがいたそうだが、今や礼拝の時と月一回の大掃除の時にしか人の出入りはない。
「誰にも会いたくない時にはここに来る。昔から、そうしてるんだ」
オスカーはどこか切なげにそう言って、教会の扉を開く。ステンドグラス越しの月光が、少し埃っぽい教会を優しく照らしていた。
「……オスカー様、ここで何を……」
「…………告解だ」
ゲーム内のイベントとまったく同じ声で、顔で。オスカーは私達の方を向いた。
「昔の王族の習慣でな。大きな戦争の前にはこうして信頼すべき臣下と共に、教会に来る。そして、互いの秘密を告白するんだ」
「秘密を?」
「ああ。結束を強めるために……それから、天国に罪を持って行かないように」
オスカーは女神像の前の長椅子に腰掛けると、私達にもそうするように促す。オスカーを挟むように、ぽつぽつと三人並んで座った。
悲しくなるくらいの静寂が、夜を包んだ。
「……俺は……俺の秘密を、打ち明けようと思って」
……この秘密は、本来なら私もエリーゼも聞くはずのないことだ。
だって、これは学園入学後、オスカールートに入ったヒロインとやるイベントなんだから。スチル名はそのまんま、「告解」。そして、話される秘密は。
「……俺は……妾の子供なんだ……」
オスカーは、本来王位継承権のない子供だった、という事実だった。
「…………実母は娼婦だったらしい。もう、覚えてない。物心着く頃には、王宮で暮らしていたから」
オスカーは、堰き止められてきた何かを溢れさせるように。
「だから、本来俺に王位継承権はない。父上が、俺が優秀だからとこの席に置いてくれているだけで……」
ぽつりぽつりと語り出した。
王妃様に子供がなかなか出来なかったために引き取られたこと。王様によく似た金髪だが、本当に血の繋がりがあるかすら分からないこと。だからこそ、王妃やその側近からは疎まれて育ったこと。そういう人たちから何も言われないために、誰よりも優秀でいなければならなかったこと。
だから、血筋や家柄だけで値踏みされることが、どうしても許せないこと。
私は、全部知っていた。
「……だから、俺の身分はいつだって危うい。いつ、王位継承権を剥奪されるか……」
そこまでオスカーが言った時。
「……分かりますわ」
エリーゼが、急に言葉を挟んだ。
いやいや、今のオスカーにそういうのは逆効果なんじゃ、と思ったが、エリーゼの顔を見て息を呑む。
エリーゼが、瞳に涙をいっぱいに溜めて、オスカーを見つめていた。
「わ、私……私も、お父様から、まったく期待されていないんです……」
震える肩も、切なげな声も、あの日庭園で一人ぼっちで泣いていたエリーゼとまったく同じ。でも、今は隣に。
「……エリーゼ」
心を動かされたオスカーがいた。
「竜使いとして才能がないし、勉強も人より頑張らないと出来ないし……っ、だから、オスカー様の婚約者としてふさわしくないと、私なんて、価値がない、って」
ぽろぽろと涙をこぼしながら吐露する姿に、胸が詰まる。
それはきっと、オスカーも同じだった。
「……似てるんだな、俺達は」
エリーゼの涙をオスカーが拭う。
私はエリーゼを利用して破滅回避するのだ。だからきっと、これは止めないといけないのだ。
でも。
「ふふ……そうですわね、私達、似てるんですわね」
「ああ。今まで気付かなかった」
あの二人には、きっとお互いが必要なんだ。そう思うと、何も言えなかった。
「……ネロ、お前の番だ」
黙りこくった私に、オスカーが言う。
「お前もあるだろう、何か秘密が」
「っそ、そうよ! あなた、色々隠してるじゃない!」
ああ、告解だからもちろん自分の話もしなきゃいけないのか。
とはいえ、邪竜ですなんて言えるわけもないし。
「……そう、ですねえ…………」
ゲームの中でヒロインはなんて言ってたか。確か小さい頃につまみ食いをしたのをお母さんに謝ってないとか、そういう可愛い秘密だった気がする。私も、何か、昔の話。
頭の中に、クラス中の笑い声が響くあの教室が思い浮かんだ。
「……私、は」
風に流された雲が月明かりを隠す。教会の中が、夜の闇に包まれた。
真っ暗な静寂の中。
「…………救えた子供を、救えなかったことがあります」
絞り出すように、そう言った。
「……え?」
月の光がまた射し込む。エリーゼとオスカーが同時に首を傾げるのが見えた。
「……じゃ、夜も遅いし! 帰りましょうか!」
「っお、おい、ネロ!! もっと詳しく話せ! それだけじゃ何も分からないだろう!」
「そうよ! 私もオスカー様もちゃんと話したのよ! あなただけ逃げるなんて許さないわ!」
「はいはいすいませんね〜。ていうかお腹すきません?」
「はぐらかすな!!」
二人からわーわー言われたが、いくら聞かれたって教えるつもりは毛頭ない。言ったところで分かんないだろうし、変に慰められたりもしたくないからだ。
しかし。
「……今はいいけど、いつか絶対教えてもらうからね!!」
「そうだ!! 俺たちだって全部話したんだからな!!」
「はいはい、いつかね、いつか」
……そんな日がいつか、本当に来るのだろうか。
♢
彼女が生まれた日は、予言通り月食の日だった。
厳しくも優しい両親からたっぷりの愛情を受けて育ち、純粋で優しい性格から皆に愛され慕われてきた。
そして、15歳の誕生日。
「これ! この紋章! 手の甲の!」
「間違いないわ、これは……!」
ついに聖女の証である聖痕が発現した。
かくして、ニーナ=フローレンスは。
「お父さん、お母さん! わたし、立派な竜使いになれるように頑張るね! あと世界の平和も!」
聖女として、学園に入学すべく旅だった。
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