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29.従者くん、成長する


「……あー……」

「どうした? ネロ」


 作業着用のズボンを履きながら声を漏らすと、馬に餌をやっているマシューさんが首を傾げた。


「マシューさん、このズボンもう無理ですよ。つんつるてんだわ」

「っはぁ!? お前また背ぇ伸びたのか!?」


 足首の見えたズボンのまま、藁のベッドから立ち上がる。

 数年前は見上げていたマシューさんを、気付けば見下ろすくらいの背丈になっていた。


「ったく、昔はチビの痩せっぽちだったくせに馬鹿みたいにでかくなりやがって!」

「ま、成長期なもんで。お下がりもっと大きいのないです?」

「ねえよ! 自分で服くらい買ってこい!」


 転生に気付き、前世のゲーム知識を思い出して早6年。ネロ……私は、15歳になっていた。


「とりあえず裾上げ解いて履くか……ったく、マシューさんの足がもっと長けりゃこんなことしなくて済んだのに」

「ネロ、お前を今日の馬糞掃除当番にしてやろう」

「あっ、うそうそ、ごめんなさい」


 この6年、本当に色々なことがあった……様々な艱難辛苦を乗り越えて私はついに邪竜化回避……なんてことはなく。


「じゃあ、お嬢様の朝のお茶の時間なんで! 行ってきます!」

「おう、今日もいびられて来いよ〜」


 私は相変わらず、従者として。


「遅い!!」


 公爵令嬢・エリーゼ=スカーレットに虐げられる毎日を送っている。


「朝のお茶の時間は9時ってはっきり決まってるの! あなた何年従者してるの!?」

「はいはい、すいませんね。今日の茶葉は林檎と薔薇のやつですよ」

「謝罪が軽い!!」


 別に紅茶を淹れるのが特別上手いわけでも、茶葉に関するうんちくがあるわけでもない。それでも私がエリーゼの紅茶係を外されていないのは、ひとえにエリーゼのこういう癇癪に付き合えるのが私くらいのもんだからだ。


「まったく、いつまで経っても紅茶はぬるいし、ほんと成長のない従者だわ!」


 エリーゼはぷりぷり怒りながらも私の淹れた紅茶を飲む。

 15を迎えたエリーゼは、美少女に育った。長い睫毛に縁取られた冷たげな瑠璃色の瞳。不機嫌そうに尖らせた桃色の唇。すらっとした身体つき。ゲームの中で見た悪役令嬢そのまま……なんだが。


「成長のないって……ジャム顔についてる人に言われましてもねえ……」

「っ、どこ!?」

「そっちじゃないそっちじゃ……ああほら、ナプキン貸して」


 エリーゼって、こんなアホだったか……?

 もうちょっと冷酷無慈悲というか、狡猾にヒロインを追い詰めるキャラだった気が……。


「……何よ」

「ああ、いや。今日もお綺麗ですよ、お嬢様」

「……知ってるわよ!」


 この6年、飽きもせずに毎度毎度口説いているが、エリーゼが私になびく気配はまったくなかった。


「それよりネロ、あなたこの間あげた懐中時計はちゃんと磨いたの?」

「え? いや、あのまま仕舞い込んでますけど。馬小屋に」

「はぁ!? 何してるのよ!! 早く取り出して磨いてきなさい!」

「いや、高価なものだから大切にしろってお嬢様が言ったんじゃないですか……」

「大切にっていうのは使うべき時に使いなさいって意味よ! 今日が使う時なの!! 夜会でしょ!!」


 そういや今日か、とぼやいたらエリーゼからまた怒鳴られた。朝から元気なもんである。




 この6年、オスカーに無理やり引っ張り出される形で何度か夜会に参加しているし、14歳あたりからはダンスまで教わっている、が。


「ネロは誰とも踊っちゃ駄目よ! あんなステップ踏むのが私の従者なんてバレたら一生の恥だわ!」

「はいはい」


 未だにその練習の成果を発揮することなく、今日も壁の隅っこでエリーゼの荷物持ちをさせられていた。


「はは、ネロはまた置物になってるのか?」

「ダンスが初めてならわたくしが一緒に踊りますわ!」

「駄目だアンジェリカ!! そいつに一歩も近寄るな!!」

「でもネロも一回くらい女の子と踊ってみたいよねえ?」


 ぼーっと壁で突っ立ってると、もはやいつメンと呼ぶに相応しい面々が集まってくる。全員ゲームで見た通りに……いや、多少……結構違った形に成長したけど、さすが乙女ゲームのキャラクター。並ぶと圧巻である。


「お嬢様の許可が出ませんからねえ。練習には付き合ってくれるんですけど」


 広間の真ん中、群衆に囲まれて手を取り踊る二人──オスカーとエリーゼに視線を向ける。

 今日の夜会はいつもより豪勢、というより規模が大きかった。この国の貴族達はもちろん、周辺諸国の要人までやってきている。その理由は。


「にしても、王様もものぐさだよな。オスカーの婚約と学園入学の発表、同時にやるなんて」


 次代の国王と王妃、そのお披露目の場としての夜会だからである。


「ほんと、一回なんて残念ですわ! お祝い事は何度に分けたって嬉しいのに!」

「夜会なんて少ない方がいい……堅苦しくて敵わん」

「アルフレッドは昔から夜会苦手だからね〜。来週には、もっと規模は小さいけどぼくの学園入学発表の夜会もあるんだから頑張ってよね」

「そうだった……まさかミカエルが飛び級までしてオスカーに追いつくとは思ってなかったな……」


 ゆったりとしたクラッシックが流れる中、エリーゼの真っ赤なドレスが優美に広がり、その中で煌めくようにオスカーの白い燕尾服が映える。まるで御伽話のような光景をぼんやりと眺めていると、なんだかあの二人の間に無理矢理割り込むのはとても酷いことのように思えた。

 いや、いや、私は私の破滅回避のためにやるんだ。しかも邪竜化回避は世界のためでもある。大義はこっちにあるんだから、躊躇うな、迷うな。

 そう自分に言い聞かせるものの。


「……ネロ? どうした、ぼーっとして」

「あ、いや……お似合いだな、と……」


 あんなに嬉しそうに踊ってるエリーゼを見ると、胸の奥がずんと重くなった。




 夜会が始まって早数時間。


「ネロ!」


 ようやく挨拶回りから解放されたオスカーとエリーゼが、壁の隅にいる私たちに駆け寄ってきた。


「後ろのリボン! 乱れてない!?」

「はいはい……」


 何時間も荷物持って立たされてた従者への労いは無しかい、と思いながらエリーゼの髪のリボンを整える。大人びた見た目してるくせに、やることなすことまだ子供の頃と変わらんなこいつは……。


「はい、直しましたよ。ちゃんとお綺麗です」

「ちゃんとって何よ!」

「オスカーも、徽章曲がってるぞ」

「ん……悪いな、ヴィルジール」


 オスカーも15になってますます王らしい風格が出たと思ったが、こっちもまだまだ子供だったか。まあ仕方ない。この子達ってやっと高校に入学するような歳なんだから、私がしっかりしとかないと……。


「ネロ」

「どうしたんですかアルフレッド様。私のこと好きになっちゃったんですか?」

「断じて違う!! お前家からその寝癖つけてきたのか?」

「へっ、うそ」


 ……前言撤回、私もあんましっかりしてなかったです。


「来月からいよいよお前らも学園入学か。なんか、また騒がしくなりそうだなあ」

「ヴィルジール、その言い方だとぼくらが騒ぎ起こすみたいじゃん!」

「そうですわ! 私、そんなはしたないことしません!!」

「実際にミカエルもエリーゼも騒がしいだろう。アンジェリカを見習え! いつでも穏やかで礼儀正しい淑女の鑑だ!」

「お兄様ったら、恥ずかしいですわ! もう!」


 寝癖を直しながら、皆の騒がしくて、どこか微笑ましいやり取りを眺める。すると、オスカーが「ネロ」と声をかけてきた。


「ちゃんとスカーレット公爵から制服は受け取ったか?」

「あ、はい。執事長が保管してくれてます。私に持たせると馬小屋に置いとくことになるからって」

「……お前の扱いの悪さには一度物申してやらないといけないな」

「いいですよ、別にそこに不満はないので」


 オスカーは納得いかなそうに眉を顰めるが、本当に私はあの暮らしに満足してるのだ。いや、そりゃ夏は暑いし冬は寒いし使用人たちには見下されちゃいるが……エリーゼの付き添いって名目で勉強したり遊んだりできるし、なんだかんだ良い生活だと思ってる。

 願わくば、邪竜になんてならずにあの平和がずっと続いてくれればな……。

 遠くを見つめる私に、オスカーが「また考え事か?」と笑った。


「あ……そうですね、ちょっとぼーっとしてました」

「……ネロ。お前昔、このまま皆が仲良しのままがいいと言っただろう」

「ッオ」


 しまった。変な声が出た。いや、お前あんな恥ずかしいセリフ覚えとったんかい!! こっちが忘れてたわ!!

 しかし、オスカーは揶揄ったりすることなく。


「俺も、同じ気持ちだ」


 まっすぐ、私と同じ方向を見た。

 王としての威厳は確かにある。でも、なんだか、それ以上に。


「……この後、少し話せるか。聞いてもらいたいことがあるんだ」


 すぐ隣。同じ目線。そこにいるオスカーは、王子というより、ただの少年に見えた。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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