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02.従者くん、打算する


 聖女革命ドラゴニックラヴァーズ。

 竜を使役する竜使い達が統治する国ドラグニア王国で、聖女として選ばれたヒロインが竜使いのイケメン達と恋に落ちる学園もの恋愛シミュレーションゲーム……いわゆる乙女ゲームというやつだ。

 意中のキャラを攻略後、ついに現れた邪竜を愛の力で共に倒してエンディングを迎える。

 そして、前世でこのゲームをやり込みシナリオの大体を把握している私は。


 表向きは悪役令嬢の従者くん! しかしその正体はシナリオ終盤で人間に絶望して覚醒する邪竜!

 しかも全員攻略後に解放されるネロ攻略ルートでしか救われる道のない、最凶のラスボス・ネロ=シュヴァルツに転生しまったのでした〜! ピッピロピ〜!


「いや笑い事じゃないんだよな……」


 公爵家の敷地内にある池で顔を洗いながら、改めて自分の運命を振り返り……絶望した。

 神様がもしいるのなら問いただしたい。私が一体何をしたというのか。いや、確かに褒められたような人生じゃなかったが、乙女ゲームのラスボスに転生させられるほどの極悪人というわけでもなかったと、思うんだけど。

 ……嘆いていたって仕方がない。ネロになってしまった以上、どうにか邪竜にならないよう努めなければならないのだ。


「……ふう……」


 濡れた顔を拭い、水面に映った自分を見る。

 切れ長の金色の目。烏の濡れ羽色の髪。白磁の肌にすっと通った鼻筋。片目を隠すような髪型が少し根暗感を増強させてはいるものの、美少年と言って差し支えない容姿である。

 じっと自分と向き合っていると、思うのだ。

 ……ワンチャン、ヒロインに攻略してもらえるんじゃないか、と。

 だってなんてったって顔がいいし、ルートに入る前の攻略対象達の態度なんか結構酷いもんだし、聖女様が現れた途端にちょーっと優しくすればころっと攻略してもらえて邪竜化回避、なんてのも夢じゃないんじゃないか?

 今の体は十歳のそれ。しかし精神は(アラサーは繊細なので詳細は伏せる)歳。数年後、学園に入る頃にはもっと精神は熟しているし他のガキ共もとい攻略対象には出来ないアプローチが出来るはずだ。

 そうだ、そうだよ。ヒロインに攻略して貰えばなんの問題も……!


「ネロ」


 後ろから声をかけられて、振り返る。


「こんなところにいたのか」


 そこにいたのは、天使だった。違う、我が国の第一王子・オスカー=ブランシェ……ドララヴァのメイン攻略対象にしてパッケージにででどんと載っているゲームの顔。

 絹のような金髪に、夜空を閉じ込めたような深い青の瞳。長い睫毛は憂いを帯びて、顔立ちからも雰囲気からも別格の美少年であることがひしひしと伝わってくる。


「で……殿下……随分お早いんですね……」

「空いている時間がここしかなかったんだ」


 どうやらオスカーは本当に私に剣の稽古をつけるらしい。敷地の外で待ってるであろう護衛達の方がその道のプロなんじゃないのかと思うのだが、意地もあるのだろう。ご丁寧に練習用の木製の剣まで持参したオスカーは、ふんと鼻を鳴らす。


「身支度が終わったんならさっさと来い。剣術の稽古をつけてやる」


 自分より圧倒的な魅力を持つ人間を前に、ヒロインに攻略してもらえばいいんじゃな〜い? なんていう私の甘っちょろい考えは砂となって消えた。




「まずは剣の握り方だ。ネロ、お前利き手は?」

「あー……右ですね……」

「ならこうだな」


 オスカーに連れられるまま公爵家の裏庭にある訓練場にやってきて、これまた言われるがまま剣を握り素振りをする。しかし私の心はどこか遠くへ吹っ飛んでいた。

 いくら大人の魅力(笑)ってやつを使ったとてこんなイケメンと真正面から恋のライバルってやつをして勝てる気なんてまったくしない。やはり邪竜化は避けられない未来なのか。


「それで、防御の構えは……おい、聞いてるのかネロ!」

「聞いてますよお……」


 正直剣の稽古なんかしてる場合じゃないのだが、公爵家の使用人がどうして王子に逆らえようか。しかしため息をつくことくらいは許してほしい。


「まったく、その体たらくで俺を負かせると思ってるのか?」


 ふん、と鼻を鳴らすオスカーを横目に見る。どこから見ても整いすぎているその顔面を見ていると、また口元から盛大なため息が漏れそうになった、その時である。


「ネロ!」


 聞き慣れたキンキン声が、私を呼んだ。

 うんざりしながら声の方を見ると。


「オスカー様に教わっておいて、その態度は何!?」


 ……エリーゼ=スカーレット公爵令嬢。ネロ……私のご主人様にして、いずれこのゲームの悪役令嬢として活躍する少女である。 

 メイド達を引き連れたエリーゼはとてとてと可愛らしい小走りでオスカーに駆け寄ると、申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ありませんオスカー様、あれは奴隷商から買ってきたものですから……」


 買われた本人の前でよくそんなひどいこと言えるな、とは思うが従者に人権はないのである。オスカーも少し思うところがあったのか、眉をぴくりと顰めた、が。


「……いや、いい。ネロの態度は気にしてない」


 ぷい、とそっぽ向いてそう言うだけに留めてくれた。

 前回私に負けたからなのか、オスカーのエリーゼに対する当たりは少し柔らかく……なったような気がしなくもない。本当に気のせいってレベルだけども。

 剣術勝負をした時は王子ったって負けず嫌いのクソガキじゃねーかと思ったもんだが、こうしてみるとやっぱり一国の王子なんだなと実感させられる。顔がいいのに中身までご立派なんてますます勝ち目ないなあ……。


「それより、お前は何をしにきたんだ」

「えっ、ふふ、えっとですね」


 エリーゼははにかみながらメイド達の方に目をやる。するとメイドの一人がバスケットを取り出して、その蓋を開いてみせた。


「朝からお稽古なさってるでしょう。そろそろお茶にしませんこと?」


 ふわりと漂うスコーンと紅茶の甘い香りに、私の腹がぐうと鳴った。




「ネロ! スコーンの食べ方がなってないわ! 先に割るのよ!!」

「えっ、そうなんですか? 一口サイズに?」

「半分よ半分! あなたそんなことも知らないの!?」


 朝の陽気な青空の下、野外用の敷布に並べられたティーセットを前に、私はなぜかエリーゼからお茶のお作法を御指南されていた。

 何故そんなことになったのか。そもそも従者である私がなんで王子と公爵令嬢のお茶に御相伴してるのか。その理由はひとえに、私の腹がとんでもなくうるさく鳴り続けたためである。

 最初の方はうるさいとぷんすこしていたエリーゼも、だんだん諦めがついたのか「余りくらい食べさせてあげるわよ」と言ったのだった。

 こんな幼いご令嬢に気を遣わせて情けないと思うが、十歳の育ち盛りの体で朝食も摂らずに素振りをさせられていたのだ。腹が鳴るのくらい許してほしい。


「割るってこうですか?」

「ああもう、くずがこぼれてる! 庭中に鳥でも呼び寄せるつもり!?」


 そこまで怒鳴ってエリーゼははっとしたようにオスカーを見た。


「っも、申し訳ありません、オスカー様! 躾のなっていない従者で……!」

「いや、いい」


 片膝を立ててゆったり座ったオスカーは、優雅に紅茶を啜っている。なんと絵になる光景か。一方私は正座した膝の上にぼろぼろとスコーンの屑をこぼしまくり、黒いズボンに星空を作り上げていた。

 顔、人格、育ち。

 勝てるものがまったくないのをこんなに知らしめられるとは。

 クロテッドクリームとジャムをたっぷり塗ったスコーンを一口食べて、「うまっ」と言ってしまうあたりの育ちの悪さもエリーゼにしっかり睨まれた。


「いや、だって美味しいですよこれ……ってお嬢様いつも食べてるんでしたね」

「まさか従者に分け与えることになるなんて思ってなかったけどね! オスカー様は……その、お口に合いますか?」

「ああ、悪くない」


 さっきまで私に対してはあんなに熱を持って剣の御指南をしていたというのに、オスカーはエリーゼに対してはずっと一線引いていた。ゲームをしていた身としてはそりゃそうだと思えるが、こうもあからさまに冷たいと一言言いたくもなる。しかし下手に口を出すとオスカーの過去を知ってるってバレて厄介なことになりかねないからな……。


「よ……よかったですわ! オスカー様は甘いものがお嫌いと聞いて、甘さを控えめに作らせたんですのよ!」

「そうか。悪いな」

「い、いえ、未来の妻として当然の配慮ですわ!」

「そうか」


 一応婚約者同士であるはずの二人に流れる気まずい空気を感じながら、もくもくとスコーンを一個平らげてしまった。

 いくら私がオスカーと親密になったとて、エリーゼがオスカーに好かれる未来は恐らくない。ゲームシステム的にはもちろん、性格的にも相性悪いだろうし。悪役令嬢エリーゼ=スカーレットは、このまま負けキャラとして生きるしか……。


 そこまで考えて、待てよと思った。


 エリーゼはオスカーと両思いになる未来はありえない。そして現状、エリーゼとどうこうなろうなんて物好きは周りにいない。

 乙女の真の愛だけが、竜を抑える唯一のすべ。

 頭の中で予言と、ネロとしての記憶がぐるぐる回る。

 乙女って別に、ヒロインじゃなくたっていいよなあ……。


「……何よ、私の顔に何かついてる?」


 悪役令嬢エリーゼ=スカーレットが、怪訝な顔で私を見る。私はにっこりと微笑んで。


「いえ……お嬢様は今日もお美しいなと思って」


 甘い声で、そう言った。


 そうだ、なんで今までこんな簡単なことに気付かなかったのだ! ヒロインの聖女様が駄目ならエリーゼでいいじゃん! ちょうどエリーゼって今まさにオスカーに失恋しかけてるようなもんだし、傷ついた心につけこめばちょろいもんだ!

 子供を利用するようなやり口に良心が痛まないわけではないが、そういうのはもう無視だ無視。私はラスボスなんだから。


 エリーゼは長い睫毛に縁取られた目を大きく丸く見開いた。瑠璃色の瞳が宝石のようにきらきらと輝いて、思わず私が息を呑む。

 乙女ゲームのキャラなんだから、設定上美少女なんだから、当たり前っちゃ当たり前だけど、もしかしてエリーゼって、もしかしなくても……。


「……急に何? 気色悪い」


 可愛いかも、とよぎりかけた考えは虫でも見るような表情と声音に一瞬で潰された。


「……え、気色悪いって」

「気色悪いものは気色悪いわよ! 大体あなた昨日から変よ、前はおどおどしてたくせに急に図々しくなって!」

「あ、いや、それはですね」

「しかも今日は急に変なこと言い出して……何か悪いものでも食べたわけ? 体調管理も従者の仕事でしょう、しっかりしなさいよ!」

「えと、違くてぇ」

「言い訳無用! やっぱり従者なんかに優しくしたら駄目ね、つけあがるわ! さっさと仕事に戻りなさい!」


 ぴっ、と敷布の外側を指差す姿はまるで犬を躾ける飼い主である。

 違くて、今のは口説いてるんであって、えっ、何? 乙女ゲーキャラ、しかも攻略対象の美少年なのにこんな扱い受けるの?

 困惑していると、オスカーが「ふ」と小さく噴き出すのが聞こえた。


「……まあ、身分違いというやつだな?」


 この国の第一王子の美しすぎる半笑い。それを見て、そもそも私は前世でも恋愛経験がほとんどないことを思い出したのだった。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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