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01.従者くん、王子に歯向かう

「オスカー殿下!!」


 公爵家の屋敷の門前。馬車に乗り込もうとしている小さな背中にそう呼びかけると、オスカー=ブランシェは次期国王たる威厳を保ったままゆっくりと、私の方に視線を向けた。


「……なんだ? 茶会なら続ける気はないが」


 オスカーの軽蔑の目ははっきりと、私の後ろを追ってきたエリーゼの方に向けられている。エリーゼはびくりと体を震わせると、すぐに深々と頭を下げた。


「申し訳ありません! 私の従者が引き留めてしまって……っほら、ネロ! 何の用事もないならさっさと退がりなさい! オスカー様はお忙しいのよ!」


 エリーゼはじろりと私を睨め付ける。しかし、オスカーが忙しいとか立場がどうとか、そんなことは気にしていられない。私はただ納得がいかないのだ。


「エリーゼお嬢様に謝ってください!」

「……は?」


 私の言葉に、オスカーが眉を顰めた。ネロとしての身体の記憶のせいか、一瞬足がすくむ。でもここで退がったら何か自分の大事なものが折れるような気がして、ぐっと地面を踏み締めた。


「確かにお嬢様は権威主義で差別主義でどうしようもないクソガキですが!!」

「ちょっとあなた何言ってるの!?」

「それでも、一人で泣いて反省しろなんて、私にはとても思えません……」


 ぐっと拳を握って、今度は私が頭を下げた。


「……主人の非礼は私からもお詫びします。ですからオスカー様は、お嬢様を傷つけたことに対する謝罪を、どうか」


 オスカーは何も言わない。重々しい沈黙の中、胸の中は後悔でいっぱいだった。

 ああ……絶対やらかした……これ邪竜化がどうこうより以前に国家反逆罪で逮捕だろ……さようなら第二の人生、少しでもドララヴァの世界観に触れられて楽しかったよ……。

 脳内で遺言をこまねいていると、不意にオスカーが「ふ」と鼻で笑った。顔を上げると、十歳らしからぬ不適な笑顔と目が合ってしまう。


「……随分忠誠心があるものだな、あんな扱いを受けておいて」

「あ、いや……忠誠心っていうかなんというか……」

「…………まあいい。俺に謝って欲しいんだな?」


 オスカーは馬車の中にいる母親……つまりはこの国の王妃様に先に帰るよう伝えると、腰にさした二本の剣のうち一本を私の方に投げてきた。

 反射のように捕まえて、鉄で出来た剣の重みに目が丸くなる。そのままオスカーに視線を戻すと、オスカーは笑みを崩さず。


「最近同年代で俺と勝負になる奴がいなくて退屈していたところだ。暇つぶし程度にはなるだろう」

「えっ……あの、これは……?」

「剣術勝負で決めよう。お前が俺を負かしたら、エリーゼに謝ってやる」


 ぴんと張り詰めた空気の中、私だけが「ええ?」と間抜けな声をあげていた。




 公爵家の屋敷の裏庭。衛兵達が鍛錬に使うそこは地面も綺麗にならされていて、剣術勝負にはこれ以上ないほどうってつけの場所だった。


「一本先取だ。先に相手の身体に剣を当てた方が勝ち」

「剣を当てた方が、って、これ真剣ですけど」


 鞘から引き抜かれた、まっすぐに輝く刀身。その刃の鋭さに恐る恐る尋ねると、オスカーは笑みを崩さず「安心しろ」と言った。


「本当に当てはしない」


 ……こちらが当ててしまうことは一切考えていないような物言いに、もう「はい」としか言いようがなかった。


「そ……それではお互い、位置についてください……」


 可哀想に、その辺をほっつき歩いていたというだけで馬小屋管理のおじさんは審判を任されてしまっている。私に向けられる何やってんだお前という目が痛い。そんなもんは私が一番聞きたい。

 おじさんだけでなく、公爵家の使用人達はちらほらと集まってオスカーが私をボコボコにするであろう現場を見物しにきていた。仕事しろよ、と思うが確かに使用人達にとってとんでもないことが起きているので気持ちは分かる。いつもおどおどしてるネロが、急に王太子に喧嘩売ったってんだから。


「ねっ……ネロ! あなた退がるなら今のうちよ、今ならまだ……」


 エリーゼだけは不安そうにそう言うが、オスカーから「黙っておけ」と一蹴された。


「男同士、我を通すのにこれ以上の手段はないだろう」


 ……まあ、私が純粋に男かと言うと疑問は残るし、剣なんて握ったこともないから不安だが、もちかけたのは私の方だ。


「……よろしくお願いします」


 覚悟を決めて剣を握ると、オスカーもすっと構えをとった。

 きっとあれが正しい構えなんだろう。慌てて見よう見まねで構え直してみるが、どうにもこうにも上手く出来てる気がしない。


「それでは」


 おじさんが手をあげる。オスカーの気迫が一瞬で増した。


「はじめッ!!」


 手が振り下ろされた瞬間。オスカーの体が、一瞬で眼前に迫った。

 あっ、まずい、と思った時にはすでに視界にオスカーの剣が映る。もうこりゃだめだ、瞬殺だ。たしかにそう思ったのに。


「っ、えぇッ!?」


 きぃん、と金属を弾く音と、自分の困惑した声が同時に響く。手のひらがじんと痺れて、思わず剣を離しかけたのを慌てて握った。

 一度私から距離をとって体勢を立て直す、オスカーのまんまるの目を見てやっと気付いた。私は、オスカーの一撃を剣で防いだ……らしい。


「……少しはやるようじゃないか」


 オスカーは見開いていた目を細めて、にやりと笑う。いやいやいやいや、知らん知らん知らん、という私の気持ちは置いてけぼりに、オスカーはまた私の方に迫ってきた。


「ほら! これならどうだ!?」

「うわっ、ちょっ、待って待って待って!?」


 オスカーが容赦なく何度も何度もこっちに向かって剣を振りかぶってくるのも怖いが、何より怖いのは身体が勝手に動いてそれを全部剣でいなしてることだった。最初は受けるたびにじーんと響く感触があったのに、徐々にその痺れすらなくなっていく。

 何これ、本当になんだこれ!? 前世の私はもちろん、今世のネロにだって剣を握った記憶はない。それなのに目まで少しずつ慣れてきて、気付けばオスカーの攻撃の軌道をしっかりと視界で捉えられるようになっていた。


「っ、いい加減に! そっちからもッ、攻撃してみろッ!!」

「いや無理無理無理ぃ!!」


 こっちは応戦するのがやっと、ていうかなんで身体が追いついてるのかすら分かんないんだよ!

 そのうち体勢すら崩れなくなり、オスカーの顔から笑顔が完全に消える。代わりに焦燥感を滲ませた瞳でじっと睨みつけてきて、その太刀筋からも余裕のなさが伝わってきた。


「っ、なんで、攻撃しないっ! 俺を舐めているのかッ!?」

「ちがっ、ちがっ、くて、その」


 どんどん感情任せになっていくオスカーの攻撃を受けながら、だんだん頭じゃなくて感覚が理解する。オスカーが私に敵わないのは当然なのだと。だって、私は。


「〜〜〜〜〜〜ッッ、くそッ!!」


 ほとんどやけくそのオスカーが大きく剣を振りかぶった瞬間、私は反射のように地面を蹴った。

 身体が宙に浮かび上がる。自分の背丈より高い位置まで飛んでいるっていうのに、不思議と怖くないのはいずれはもっと高く飛べることを……自分が竜であることを知っているから。

 くるん、と身体を一回転させ、音もなく地に足をつける。オスカーの剣が空を斬ったのとほぼ同時に、身体が勝手に動いて。


「──────っ……!!」


 気付けばオスカーの首に、剣先を突き立てていた。

 当たっては、いない。しかし、充分に当てることが出来るだけの隙があった。剣がど素人の私でも分かるんだから、オスカーはもっと身に染みているだろう。この勝負は。


「……私の勝ち、ですか?」


 確認するように聞くと、オスカーが身体を震わせながら剣を持った腕を下ろした。


「しょ……勝負……あり……?」


 審判を任されたおじさんすら困惑して私とオスカーを見比べる。私も本当にこれで勝ったのか分からないまま剣を下ろした、瞬間である。


「認めない!!」


 振り返ったオスカーは、子供らしい怒りの感情を隠そうともせず私を怒鳴りつけた。


「えっ……ええっ!?」

「なんだあのめちゃくちゃな構えにめちゃくちゃな剣の扱い方は!! あんなのが剣術だとは認めない!!」

「いっ、いや、でも一本先取で当てた方が勝ちってオスカー殿下が!!」

「オスカー様の言う通りよ!!」


 あろうことかエリーゼがオスカーを庇うように間に立ってきた。お前のために戦ってんやぞ!!


「あんなめちゃくちゃな剣術、ズルをしたのと同じだわ!! ちゃんとした剣術勝負ならオスカー様の勝ちなんだから!!」

「い、いや、でもお嬢様……」

「とにかく俺は認めない!! お前……ッネロ!!」


 オスカーはまっすぐ私を指さした。


「剣術の心得がないのなら今から仕込むまでだ!! この俺が剣術とはいかなるものか、明日からみっちり教えてやる!!」


 そしてとんでもないことを言い出した。


「えっ……はぁ!? いやオスカー殿下お忙しいでしょ!? いいですよ、私は謝ってさえくだされば!!」

「うるさい!! 教えるったら教えてやる!! それで、お前がちゃんと剣術を使いこなせるようになった時にもう一度勝負しろ!!」

「剣術なんて無理ですってえ!!」


 マジで無理、本当に無理なのに野次馬してる使用人達は助け舟を出そうとすらしてくれない。それどころか。


「ネロ! お前王太子の命令が聞けないのか!」

「公爵様に拾われておいて王族に逆らうなんて、そんな恩知らずなことがあるかい!」


 あろうことか私が悪いみたいな空気に持っていくし!!


「お前が本当に俺を負かした時に、俺はエリーゼに謝る。それでいいな?」


 有無を言わせないのは同調圧力か、それとも王子ならではの気迫か。どっちかというと子供のわがままに頷いてやらないと納得してくれない、みたいな雰囲気を感じながら、私は。


「……わかりましたぁ……」


 蚊の鳴くような声で、そう言った。




 とっぷりと夜も更けた頃。今日の仕事をやっと終えて、へろへろの状態で馬小屋に戻る。私より良い暮らしをしてそうな馬達がすやすやと幸せそうに眠っているのを横目に、藁にシーツを被せただけのハ◯ジみてーなベッドに倒れ込んだ。


「……っ……つっ、かれた……」


 と、言ってはみるが体力的にはまだ余裕なのが自分で恐ろしい。さすが竜、フィジカルが人間のそれとはまったく別物なのだ。

 今日疲れたのは、どっちかっていうと気疲れだ。転生したことに気付いて、エリーゼが泣いてるのを見ちゃって、流れとはいえオスカーと勝負なんてして……あんまりにも色々ありすぎた。

 乙女ゲームってこんな過酷な世界だっけ? そもそもなんでネロに転生なんかするかな。転生するなら普通ヒロインとかじゃないのかよ。ヒロインに転生して、あと数年もしたら聖女として竜使いの学園に入学して、イケメンに囲まれて、その中の一人と邪竜討伐して……そこまで考えて、はっとする。

 ネロはヒロインに攻略されなければ愛を知らずに邪竜になる。そして、邪竜は聖女であるヒロインとその恋人の愛の力の前に破れて──────……。


 今朝見た夢を思い出す。あれはゲームじゃない。私に待ち受けてる、取り返しのつかない未来なのだ。


 そう気付いた瞬間、がばりと身体を起こす。


「どっ……どうしよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 そんな悲痛と恐怖に塗れた叫びが、夜の馬小屋を揺らした。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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