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00.従者くん、転生に気付く


 星も見えないほどに真っ暗な空。その下で、地上だけがめらめらと赤く輝いていた。


 あまりに非現実的な光景に、これは夢だとすぐにわかる。だけど熱も匂いも、やけに生々しい。


 そこらじゅうで響く悲鳴。足元で逃げ惑う人々。炎に巻かれた地面の熱。だけど何より熱いのは、胸の中を渦巻く失望と怒りだった。


 お母さん、僕はやっぱりだめだった。がんばってみたけど、人間なんてどうしようもない、ろくでもないやつしかいなかった。僕たち竜を見下して、図に乗って、自分じゃ魔法を使う力もないくせに!!


 怒りがざわざわと胸を焦がして、泣き叫ぼうと開いた口から炎が噴き出る。自分の小指より小さな人間達をかき分けて、鱗だらけの身体はずんずんと街を進んでいく。


 絶望も怒りもこんなにしっかり感じるのに、なぜかまったく身に覚えがない。ただ茫然と地獄絵図を眺めながら、ぼんやり思った。


 なんで私、こんなに人間に怒ってるんだっけ。っていうか、人があんなにちっちゃく見えるの変だよね? 私が大きくなってるってこと? そもそも竜ってなんだっけ。そういえば、昨日クリアした乙女ゲームも竜がどうちゃらって話で──……。


 彷徨うように、湖に映る自分の姿を見る。


「……え?」


 そこに映っていたのは、真っ黒な鱗と金色の瞳を持つ邪竜。

 乙女ゲーム「聖女革命ドラゴニックラヴァーズ」で、最後に討たれるラスボス──……。


 ネロ=シュヴァルツが、そこにいた。




「……いや、なんでよりによってネロぉ……?」


 最悪である。自分の寝言で目が覚めてしまった。

 風邪なのか、声が上擦って掠れてる。嗄れた声、というより少年のそれみたいだ。少年て。成人女性の対極だろ。

 大体今は何時なんだ、とスマホを探してベッドの上を弄ってみるが、まったくスマホの感触に当たらない。ていうか、うちのベッドこんなにごわごわしてたっけ? なんか獣臭いし、藁の上で寝てる、みたいな。

 眠たい目をこすって、のそりと身体を起こす。そして部屋を見渡す、と。


「……はい?」


 そこは、どこをどう見ても馬小屋だった。

 ……いや、いやいやいや待て、よく思い出せ。昨日はまっすぐ家に帰っただろ。それなのになんで馬小屋? ていうか、体小さくないか? まるで子供、それも男の子みたいな……。

 ぐるぐると回らない頭を一生懸命回していると、ばん、と派手な音を立てて急に馬小屋の扉が開いた。


「ネロ! お前まだこんなとこで寝てやがったのか!!」


 怒鳴りながら現れたおじさんは、私のことをネロと、確かに呼んだ。いや、ネロって、え?


「お嬢様の朝の紅茶はどうした!!」


 お嬢様の朝の紅茶って何のこっちゃ、と頭の冷静な部分は思うのに、口が勝手に動いて。


「はい! すぐに行きます!」


 少年じみた上擦った声でそう言うと、昨日よりずっと軽い身体は慌てて馬小屋を飛び出した。

 え、何、本当に理解が追いつかない。なのに身体は勝手に動くし、頭の中には私のものじゃない記憶が次々と流れ込んでくる。

 ネロ=シュヴァルツ。今年で十歳。幼い頃に母とはぐれ、奴隷として売られていたところを、竜使いの才能を見込まれてこのスカーレット公爵家に買い取ってもらった少年。

 今はお嬢様付きの下働き。紅茶を淹れ、折檻され、それでも健気に働く従者。

 だけどそれは表向きの──人間に見せている姿だ。

 お母さんの言いつけで人間の姿に化けているけれど、本当は人間じゃない。本当は、ネロの正体は。


「遅い!!」


 食事のための部屋……と思われる広間に慌てて駆け込んだ瞬間、幼い少女らしい甲高い怒鳴り声が、僕の──私の耳をつんざいた。

 この家の従者として生きてきた少年の『僕』の記憶と、普通に現代日本で生きてきた『私』の意識がぐちゃぐちゃに混ざる。人格が二つあるみたいな噛み合わない感覚を堪えながら、俯いていた顔をあげると。


「それに臭いわ! あなた、主人の前に出るのに身だしなみも整えずに出てくるわけ!?」


 天の川みたいな銀色の髪。艶のある長い睫毛に縁取られた瑠璃色の瞳。薄く色付いた桃色の唇も、ふっくらと柔らかそうな頬も、その全てが絶世の美少女に成長していくであろう気迫を感じさせる。

 だけど、それ以上に私は知っている。この女はろくでもない。だって『僕』の中に今までずーーーーーーっと奴隷商から買ってやった恩があるとかでいじめられつづけた記憶が確かにある。そして『私』も、ヒロイン視点から王太子攻略しようとするたびにこいつが陰湿な嫌がらせをするのを見てきた。

 ゲームに出てた時より随分幼いが、この女は確実に。


「っ……え……エリーゼ……スカーレット……?」


 その名前を口にした瞬間、しまった、と思った。

 自分で逃げ場を塞いでしまったような気がしたのだ。


「はぁ? あなた主人を呼び捨てにするなんて……またお仕置きされたいのかしら!」


 乙女ゲームに出てくる意地悪なライバル……いわゆる、悪役令嬢。

 エリーゼ=スカーレット公爵令嬢が、ゲームの時と何ら変わらぬ不機嫌そうな顔でそう言った。




 僕は……いや、私は、しがないオタク女だった。

 ハマってたのは、女性向け恋愛シミュレーションゲーム……いわゆる乙女ゲームである。

 その中でも最近のお気に入りは「聖女革命ドラゴニックラヴァーズ」。架空の国ドラグニア王国を舞台に竜と聖女の予言が絡む、なーんか複雑な設定も多いゲームだ。なんとか全ルートクリアしたのが、たしか一昨日。

 いやそれにしても悪役令嬢の従者が隠し攻略キャラだとは。それを踏まえた上でまた王太子ルートとかやると楽しかろうなあ。そんなことを考えながら仕事終わりの帰り道を歩いていた、時である。


「……へ」


 上から、少女が落ちてきた。

 落ちる寸前の、もう死ぬ覚悟が完全に決まっている顔と目が合って、それから──それからの記憶が、ない。

 いや、正確には。


「ぬるいわ」


 エリーゼ……お嬢様が、私の淹れた紅茶を一口飲んで忌々しげにそう言った。


「あなた、スカーレット家に拾われた恩を感じてないわけ? 感じてるならこんなぬるくて不味い紅茶、主人に出せるはずないわよねえ? まったく、本当に使えない!!」

「……申し訳ありません……」


 ……正確には、そこで現代日本の記憶は途切れている。気付いたら「ドララヴァ」と情報が合致しすぎてるこの世界で、ネロとして生きていた、という感じなんだが……。


「あの、紅茶は淹れ直して……」

「いいわ、これ以上飲んだらお腹がぱんぱんになっちゃう」


 文句言いながら全部飲んでんのかよ。そんな言葉は喉の奥に飲み込んだ。

 これが夢じゃないとしたら、このクソガキ……いや、お嬢様は私を買い取ってくれた大恩ある公爵家の令嬢なのである。口答えすれば首が飛ぶ。


「……あ、あの、奥様と旦那様のお紅茶は……お部屋にお持ちしたらよろしいでしょうか……」


 身体が折檻の記憶を覚えているのだろう。おどおどと震える声でそう尋ねると、エリーゼはふん、とつまらなそうに鼻を鳴らした。


「……今日も公務でお忙しいのよ。そんなくだらないことで邪魔しないでちょうだい」


 家族どころか親戚全員やってきてもゆっくり食事が取れそうな広間の中。その食卓に、エリーゼだけがぽつんと座っていた。




 エリーゼとの地獄のお紅茶タイムを終えて、やっと一息つけると思いきや。


「お前、俺が呼びに来なきゃあもっとひどい折檻にあってただろうなあ……」


 下卑た笑顔でそう言う……どうやら馬達の管理を任されているらしいおじさんに馬小屋の掃除を任されてしまった。

 これもこれで身体が覚えてるのでもうほとんど思考停止でやれてしまう。どうやらネロの立場はスカーレット家の従者達の中でも一番低いようだ……やれやれ……。


「って、やれやれじゃないが」


 ため息つきながら馬小屋掃除しとる場合か。

 エリーゼとのやり取りで完全に覚醒した頭で、今まで見ないようにしてきた現実に目を向ける。

 頭に湧いてくる記憶。明らかに成人女性のそれじゃない自分の身体。エリーゼ=スカーレットの存在。みんなが私に向かって呼ぶ、ネロという名前──……。

 今朝見ていた嫌な夢が現実味を帯びて背筋を凍らせる。


 ……私、乙女ゲームのラスボスに転生してしまった……。


 これが単なるラスボスなら私だってこんな冷や汗だくだくになっていない。ネロの最悪なところは、最強ではなく最凶の邪竜であるという点である。

 

 闇夜が月を喰らう年、聖なる乙女と邪竜が生まれ墜つ。邪竜はすべての魔法を打ち払い、世界のすべてを薙ぎ払う。乙女の真の愛だけが、竜を抑える唯一のすべ。


 邪竜誕生の予言──この「世界の全てを薙ぎ払う邪竜」ってのが、他ならぬネロのこと。

 ネロには「人と愛を育まなければ竜としての力が暴走して邪竜になる」っていう呪いがかけられている。しかも厄介なことに、その引き金は「人間への絶望」だ。

 そして聖なる乙女こそ、このゲームのヒロイン。ネロは攻略ルートに入って聖女と愛を育まないと。


「邪竜になってヒロインと攻略対象に討伐されてしまうーーーーーーーッ!!」

「お前何一人で騒いでんだ?」


 絶望に叫んでいるせいで馬係のおじさんが背後に立っていたのにまったく気付かなかった。集中しすぎも考えものである。


「いえ……こっちの話で……。あと少しで掃除終わりますよ」

「そりゃよかった。それが終わったら次ぁお嬢様の紅茶の準備だ」

「紅茶って……さっきはお腹ぱんぱんになるからもういらんって言ってましたよ」

「いや、それがいるようになったんだよ。なんでも第一王子のオスカー様が来てな」


 第一王子のオスカー、と聞いてもういよいよ逃げ道がないんだなあと実感した。それ、ドラゴニックラヴァーズのメイン攻略対象なんだもん……。


「なんでも急な訪問だそうで、給仕の人数が足りてねえ。お前もとっとと行ってこい」

「はぁい」

「あっ、着替えていけよ! 馬糞くせえぞ!」


 誰のせいで馬糞臭いのかよく思い返してみてほしい。

 くそ、ネロってやつは思った以上に忙しい。本当はゆっくり邪竜化回避の方法を考えたいってのに、やれ馬小屋掃除だやれ給仕だと……人のことをなんだと思っているのか。いや人じゃないんですけどねー! 笑い事じゃないよ。

 一人虚しくノリツッコミをしながらとっとと着替えて紅茶の準備を整えて、エリーゼとオスカーの待つ庭園へ向かう。

 そして、色とりどりの花が咲き乱れる庭園の中。


「……お、いたいた」


 公爵令嬢・エリーゼ=スカーレット。そしてその婚約者、金髪碧眼の美少年。……このドラグニア王国の第一王子・オスカー=ブランシェだ。

 その二人が向かい合って座っているのを見つけた。

 急いだ方がいいのだが、走って行って息でも切らそうもんならまたみっともないとかエリーゼに怒鳴られるのが目に見えている。

 息を整えて背筋を伸ばしてしゃなりしゃなりと近付くが、さすがこの国で十年生きてきた身体。気持ちとしては何も思ってないのに心臓がどこどこ鳴って手が震えてきた。


「……お待たせしました、お嬢様、オスカー殿下」


 少し上擦った声でそう言うと、二人の視線が同時にちらりとこちらを見る。何の興味もなさそうな冷たい目は私とその手に持ってる紅茶を一瞥しただけで、ありがとうともなんとも言わずにすぐに視線を互いに……いや、互いではなく自分の手元に戻していた。


「……申し訳ありません、オスカー様。使用人が、お茶の準備を遅らせてしまって……」

「ああ」


 いいおべべに身を包んだ二人の少年少女。体こそ突き合わせているが、顔は一切互いを向いていない。

 まるでこの国の政略結婚の風刺画みたいな光景に乾いた笑いが漏れそうなのを抑えて、二人分の紅茶を注いだ。


「……それで、今日はどうしていらしてくださったんですの? いえ、あの、とても嬉しいんですけれど」


 エリーゼがどこか浮ついた様子で尋ねるが、オスカーはまったく同じテンションを返す気がないようで素っ気なく「母様の付き添いだ」とだけ言った。

 気まずい沈黙。持っているティーポットがいつもより重く感じる。何より辛いのは、このまま沈黙を貫けばいいのに。


「そ、そうだったんですのね! そういえばオスカー様はどんな茶葉をお好みでいらっしゃるの?」

「紅茶にこだわりはない」

「……え、えと……あっ、そういえば先日王都に現れた竜を国王様が対処したとお聞きしましたわ! さすが……」

「王として当然のことをしただけだろう」

「…………あっ、あの、今日はいい天気ですわね……」

「そうだな」


 エリーゼがめげずに話しかけるせいで余計に間の沈黙を辛く重たいものにしている!

 いや、分かってる。ゲームの設定としては知っている。エリーゼとオスカーは婚約者同士なんだけど、オスカーは自分の表面しか見てないエリーゼにうんざりしてるんだよね。だからゲーム内でもこういうエリーゼはきゃんきゃん言ってるのにオスカーが興味なさそうに返してる場面はよく見ていた。

 あれは私がエリーゼからいじめられまくってるヒロインの視点から見ていたから特に気にならなかったけど、目の前で、しかも二人とも十歳そこらの子供の姿でやられるとなんだか悲しいものがある。オスカーも少しくらい優しくしたれよ、と思うが、今の私に王太子を咎める権限などないのだ。


「…………あ! ネロ、オスカー様のカップが空になってるわ!」

「あぇっ、あ、すいませんっ!」


 そういえば自分は壁とか空気じゃなくて給仕係であったことを思い出し、慌ててオスカーのカップに紅茶を注ぐ。


「……まったく、使えない使用人で申し訳ありません」


 エリーゼがふん、と鼻を鳴らす。

 オスカーは眉ひとつ動かさず、とぽとぽと流れ落ちる琥珀色を眺めていた。


「この子、竜使いの才能があるとかでお父様が奴隷商から買ってきたんですけれど、何をやらせてもうまくやれないんですのよ。竜だっていざ使わせてみればてんでだめだったし、生まれが貧民の子はやっぱり駄目ね。その点オスカー様は……」

「エリーゼ」


 ようやくオスカーがエリーゼの名前を呼んだ。が、その声は怒りを孕んだ、重々しいそれだった。


「お前はそんなくだらない話をするために、わざわざ俺を引き留めたのか?」


 声音自体は静かな、落ち着いたものだ。それなのに軽蔑を隠そうともしない目がじっとりとエリーゼを睨め付けていて、どちらかというと庇われた側の私までびくっと肩が震えてしまった。十歳が出していい気迫じゃないだろ!!

 その怒りをまっすぐに向けられた相手──エリーゼはさあっと顔を青くする。


「もっ……申し訳ありません!!」


 反射のような謝罪を聞いてもオスカーの顔はぴくりともせず、ただひたすらじっとりと青い双眸をエリーゼの方に向けていた。

 さっきまでエリーゼに何の関心もなさそうだったってのに、怒る時だけそんな見るんだから皮肉なもんだなあなんて現実逃避じみたことを考えながら、二人の行く末を見る。まあ、大体わかっちゃいるが。


「っ、その、私、オスカー様とおしゃべりができたら嬉しいなって……その、えっと……申し訳ありません、王太子殿下に、失礼を……」


 捲し立てるような言葉は、確実にオスカーの地雷を踏み抜いた。

 オスカーは一瞬テーブルから身を乗り出してエリーゼにまた何か言おうとしたが、すぐにやめた。そりゃあそうだ、と思えるのは、私がゲームのヒロインの視点から見たオスカーを知ってるからだ。ここでこれ以上反論すれば、オスカーは。


「……不愉快だ」


 オスカーは呟くようにそう言うと、席を立ってエリーゼに背を向けた。十歳らしい小さな背中に、年齢に不釣り合いな失望を纏ってとぼとぼと歩いているのが可哀想に思えてしまう。

 しかし私に出来ることはない。今の私はヒロインでなく、単なる婚約者の従者なんだから。

 だが、オスカーからしたら何か思うところがあったのだろう。オスカーはちらりと私を一瞥すると、まるで何かを振り払うように背を伸ばしてすたすたと去ってしまった。


「……お嬢様。片付けを……」


 真っ青な顔で俯くエリーゼにこんなこと言うのは自分でもデリカシーないなって分かっちゃいるが、お茶が終わったんならとっとと片付けないと厨房係にどやされるのは私なのだ。

 エリーゼは恨みがましげに私を睨みつけた後、何か言い掛けて、やめた。八つ当たりする気力もないなんて重症である。


「…………いいわ。一人でゆっくりお茶したい気分なの」


 ぷるぷると震える声に貴族としてのプライドを滲ませながら、エリーゼはもうすっかり冷めた紅茶を啜る。


「……だからその紅茶、淹れ直してきなさい。まずくって飲めたもんじゃないわ」

「……かしこまりました」


 私はエリーゼの言いつけ通り、ティーポットを持ってその場を後にした。




「すみません、新しい紅茶を淹れたいのですが……」

「あらっ、ネロ! お茶会はどうしたの!」

「……は、早めにお開きになったみたいで……」


 厨房の主たるメイド長のおばさんは大して興味なさげに「ふうん」と言うと、とっとと淹れろと促すように紅茶の茶葉が置いてある棚をくいっと顎で指した。

 棚に列挙された、瓶詰めの茶葉。過去に受けたエリーゼからのご指導(折檻とも言う)を頼りに、そこから春の午前に合う茶葉を探す。探しながら、だんだんネロとしてではなく成人女性の私としての意識の方がくっきりとしてきた脳みそで思った。

 多分今、エリーゼは泣いてるんだろうな〜、と。

 悪役令嬢エリーゼは、権威と血筋を振りかざしては攻略対象の地雷をとことん踏み抜くようなタイプだ。だからこそオスカーをはじめとした攻略対象達は身分にとらわれないヒロインに惹かれるわけだが。

 ようやく選んだ茶葉をとって、温めたティーポットにお湯を注ぐ。茶葉がふわふわと開いていくのを確認して、そっと蓋を閉じた。

 まあ、エリーゼには酷だがこれもゲームシナリオの宿命ってやつだ。可哀想に思わないわけじゃないが私だって私のことで忙しい。とにかく早く、邪竜化回避の方法を考えないと。

 熱いティーポットを持って、再び庭園の方へ戻る。エリーゼがまだ泣いていたら厨房へ引き返そうと、そう思っていた。


 まだ朝の気配を残す風がそよぐ花園の真ん中。絢爛豪華な調度品で彩られたティーセットを前に、悪役令嬢エリーゼ=スカーレットはたったひとりで座っていた。

 ぱたぱたと、テーブルクロスに滴が落ちる。エリーゼの横顔は俯いて声も上げず、ただひたすら溢れていく涙をじっと見つめていた。

 擦ったら目が赤くなるから。前を向いたまま泣けば涙のあとが残るから。声を出せば誰かに聞こえてしまうから。

 誰にも気付かれないような泣き方に、悪役令嬢の──エリーゼの、今までが全部詰まっているような気がした。


「……っ……」


 思わず息を呑んでしまう。主人の泣いているところを見てしまった、みたいな罪悪感ではない。躊躇ったのだ。ほとんど無意識で、自分がやろうとしてることに。

 いや、そりゃあ確かに泣いてて可哀想だけどさ、ネロにとっては今まで散々いじめてきた悪役令嬢だよ? 人間への失望を深める大きな一因だよ? 私だって分かってるじゃん、エリーゼは悪役令嬢で、無神経で、権力に媚びて、人の地雷踏み抜いてるからあれくらい言われて当然で。

 だけど、それでも、この子は画面の向こうの悪役令嬢なんかじゃなく、目の前にいる、ただの子供で。


「エリーゼ……っお嬢様!」


 エリーゼがはっとしたように顔を上げる。


「私と一緒に来てください!」


 この子がひとりで泣いてていい理由なんてひとつもないと思った。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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