26.従者くん、秘密にする
……誰かの泣いてる声がする。
暗闇の中、泣いている方に足を進める。竜の匂いが満ちた、洞窟の一番奥。そこで、小竜達に囲まれた大きな竜が身体を丸めて泣いていた。
うずくまる体には、肉も鱗もついている。知らない竜だ。でも、その輪郭にはしっかり見覚えがあった。
周りにいる小竜達は、彼女を慰めるように寄り添っていて、小さな舌で一生懸命、土色の鱗を舐めている。
この光景に胸が痛むのは、なんとなく察してるから。
彼女も、彼女に寄り添う小竜達も、もうみんな死んでいる。小竜達は骨を建物に埋め込まれ、彼女は骨を再生させられて。
「どうして、人の側に立つのです」
竜は、じっとりと濡れた真っ黒い目を私に向けた。恨みがましく、憎々しそうに。
「あなた様は人の姿をしていても、本来は竜なのですよ。始祖様の加護を受けた、私たちの希望。同胞が殺されて、死体まで踏み躙られて、何も思わないのですか」
胸がざわつくのは、私が「ネロ」だから。竜の怒りを、知ってるから。
でも。
「知らん!!」
胸を張って言うようなことじゃないが、私は真正面から竜の文句を突っぱねた。
「私は私が最優先だ!! 邪竜になんかなりたくない!!」
竜達は信じられないものを見るように私を見る。そんな目されたって知らんもんは知らん! ……だけど。
「……人間を滅ぼすとか、そういうの以外でさあ……多分きっと、上手いやり方があるはずなんだよ」
理想論だ。無茶を言ってる。分かってる。
「…………うまくやるよ、がんばる。うん、がんばるから……」
はらわたが煮えくりかえるような気持ちをこらえて、自分に言い聞かせるように呟く。竜達は恨めしそうに私を睨め付けたまま、どんどん、意識が遠ざかって、そして──────……。
ぱち、と目を開く。あったかい。誰かに背負われてる……? ああ、アンジェリカが運んでくれて……。
「起きたか」
「あっ、あぁぁあ、アルフレッド先輩ィッ!?」
推しにおんぶされとる!!
「なななっ、なに、何したんですか!? 私!! もしかしてめちゃくちゃ好感度あげたの!?」
「うるさい!! 耳元で騒ぐな!! そこまで元気なら自分で歩け!!」
アルフレッド先輩から半ば落とすように降ろされて、周りを確認する。
ダンジョンの廊下? えっ、もしかしてまだダンジョンが続いて……。
「あとはこの一本道を進むだけだよ。ほら、向こうから潮の匂いするだろ」
ヴィルジールに言われて、くん、と鼻を向ける。なるほど、海が近いんだ。
「人工竜は……」
「とっくに倒したわよ! あなた覚えてもないの!?」
「まあまあ、気絶してたんだ。記憶が曖昧になってるんだろ」
「そうそう、ネロってば何回起こしても起きなかったから、もう運んだ方が早いってなったんだよ」
みんなを改めて見ると……土埃だらけだし、髪ボサボサだし、とても王族貴族の子供とは思えない。でも、全員怪我がなさそうでほっと胸を撫で下ろした。
よかった、全員無事……。
「それで、ネロ」
どこか重々しいオスカーの声に、ぎくっと肩が強張る。
「アンジェリカから洞窟の破壊に失敗したことは聞いている。お前はその後どうやって人工竜を倒したんだ?」
あっ、やっぱそこ聞かれるよねぇ!?
「そうだ! 竜が炭になっていたぞ! あれは一体どういうことだ?」
「えと」
「火炎放射器持ってたとか……って思ったんだけど、そんな荷物多く見えないし」
「いや、あの」
「俺も気になってたんだよ、一瞬洞窟の中がすごい光ったよな?」
「そのですね」
「どうやったのよ、ネロ!」
詰め寄る皆から助けを求めるように視線を泳がすと、アンジェリカ……の、肩に乗ってるスピカと目があった。スピカは可愛らしく小首を傾げる。
……すまん、スピカ。
「アンジェリカ様の竜が火吹きました」
「えーーーーーーーーーーーーーーッッ!?」
全員の声が揃った。
誰よりも目を見開いていたのはスピカだった。抗議したそうに首を振ってるけど知りません。
「はっ、はぁッ!? スピカはそんな強い竜じゃないはずだぞ!?」
「あれじゃないですか? 火事場の馬鹿力ってやつ」
「いやいやいや! それにしてもだろ!!」
「で、でもありえない話じゃないよ!? 飼われてる竜って結構魔力隠してる、みたいな噂きくし!」
「それなら私のシャアも火を吹くかもしれないの!?」
私の大嘘により子供達の関心はどうやって人工竜を倒したか、より自分の小竜のポテンシャルはどうかに移った。スピカどころか皆の小竜からはめちゃくちゃ睨まれてるが、全力で顔を逸らした。私は私のことしか知りません!
「つまり、ネロには竜使いの才能がある……ということだな」
オスカーが、どこか嬉しそうに呟く。
「俺からスカーレット公爵に進言しよう。16歳になったら、ネロを王立学園に通わせるように」
「えっ」
王立学園……ドララヴァの舞台であり、竜使いを養成する教育機関だ。
正直エリーゼを攻略するだけなら別に入学しなくてもいいかな〜と思ってたけど、厄介なことにあの学園は全寮制。見送るだけじゃ、エリーゼと接する時間は激減する。つまり。
ミカエルの方をチラッと見る。しれっとエリーゼの隣を確保しているピンク頭……一年遅れて入学した途端、こいつがどんな抜け駆けをするか分かったもんじゃない!!
「是非!! お願いします!!」
「なんだ、珍しく乗り気だな」
「そりゃもう!!」
あ、でも、ネロって従者なんだから。エリーゼの方をちらりと見る。エリーゼはふん、と鼻を鳴らして。
「別に構わないわ。私も学園内に給仕係の一人くらいいた方が便利だもの」
よし、雇用主の許可もとった!!
「ていうことはアルフレッド様とも将来的に先輩後輩になるんですよねえ……」
「お前、学園内で俺に話しかけるな」
「なんでッッ!?」
「ネロのそういうとこだと思うよ」
「なんでお前はこう、アルフレッドに対しては変なんだろうなあ……」
変じゃない。推しに対して愛が深いだけである。
まったく何も分かっちゃいないな、なんて考えながら皆の後ろを歩いていると、不意にアンジェリカが「ネロ様」と袖をひいてきた。
「どうしました?」
「その……」
アンジェリカは私の耳に顔を寄せる。そして、囁き声で。
「……ネロ様にはきっと、とっても大事な秘密がおありなのですよね」
優しい声で、看破した。
「っひ、秘密……っ!? いや、そんなこと……!!」
「ふふ、ただの乙女の勘ですので、誰にも言いませんわ」
アンジェリカの笑顔は、花が綻ぶみたいだった。優しくて、健気で、どこか切ない。
「でも……いつか、いつか……わたくしにも教えてくださると、とっても嬉しいですわ」
胸の奥がちくりと痛む。
この子を騙してる。なのにそれごと受け入れて信じてくれているような眼差しに、目を背けることが出来なくて、言葉に詰まる。
言えない。言えるわけないんだよ。邪竜ですとか、転生して未来大体知ってますとか、そんなこと。でも、いつか、アンジェリカが言ういつかがきたら……。
「おいネロ! アンジェリカに近付くな!!」
「そうよ!! さっさと進みなさい!!」
「はっ、はーいはいはい!」
ダンジョンの外へ向けて、歩き出す。
出口の向こうには、雲ひとつない青い空とどこまでも続くような海が広がっていた。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




