24.従者くん、みんなと闘う
「作戦は大体分かりました……つまり私は、扉が開いた瞬間アンジェリカ様を連れて洞窟の方に走ればいいんですね?」
「そうだ。ヴィルジールはエリーゼと一緒に左方向に」
「ああ」
「アルフレッドは右へ」
「任せろ!」
「ミカエルは俺について、順次状況報告。攻撃と退避の合図はさっき言った通り、指笛で出す」
オスカーがドアノブに手をかける。「さいごのま」と書かれたその向こうから、竜の咆哮が聞こえた。
全員がぶるりと震えたが、足を踏ん張って。
「行くぞ!! 全員走れ!!」
扉が開いた瞬間、皆ばらばらの方に散るように走った。
♢
「シリウス、弓矢になれ!!」
闘技場の観客席を駆け抜けながらアルフレッドが叫ぶ。シリウスはその声に応え、身を光らせて弓の姿に変化した。
アルフレッドは魔力を練り上げて作った矢をつがえ、人工竜の足元に狙いを定め。
「飛べッッ!!」
矢を、放った。
矢は人工竜の脚の前面に当たるが、刺さりもせずに跳ね返った。
いい、構わない。最初から刺すことは目的ではない。
「シリウス、もっと重い矢を!!」
竜の目……ぽっかりと空いた眼窩がこちらに向けられる。恐怖に竦みそうになった足を叩いて、走り出す。走りながらも矢をつがえて、また狙いを定めた。
『アル。騎士道は前に出て戦うことだけを指すんじゃない』
騎士団長である父の教えを、頭の中で反芻する。
『しかし父上、騎士たるもの堂々と、逃げずに……』
『無論、それが最善の時もある。だがな、何より大事なのは、己の役割を理解して、皆のために戦うことだ』
オスカーには王としての器がある。ヴィルジールには自分にはない知恵がある。ネロには……どこか得体の知れない、不気味なほどの強さがある。
自分にあるのは、幼い頃から叩き込んできた騎士道だけだ。
「飛べぇッ!!」
客席の間を駆けながらもう一度、さっきより重い矢を放つ。脚に矢が当たった瞬間、ぐらりと人工竜がバランスを崩した。
もう一度、もっと重い矢を当てられれば。そう思ったが、オスカーの鋭い指笛が闘技場に響いてはっとした。短く二度。退避の合図だ。
「っ、くそ!!」
オスカーの読み通り、竜は前足を高く掲げると、客席にいるアルフレッドを叩こうと振り下ろしてくる。間一髪のところで避けて、身を隠す方に集中した。
「竜がアルフレッド様の方を向きましたわ! 攻撃を……」
「待て、オスカーの指示は……っ」
ヴィルジールは入り口近くにいるオスカーの方に目を向ける。オスカーはちらりとヴィルジールの方に目を向けると、短く3回……エリーゼに攻撃をさせろ、という意図の指笛を鳴らした。
「よし、エリーゼ! 攻撃だ!」
「は、はい!! 脚を狙うんですわよね! シャア!!」
エリーゼが自らの小竜、シャアに命じると、シャアは口をかぱりと開き、開いた口の前に黒光りする鉄球が現れる。そして。
「撃て!!」
エリーゼが叫ぶと、鉄球は勢いよく人工竜に向かって弾き出された。
しかし当たる直前、竜がわずかに足を引く。鉄球は骨を掠めることもなく、その脇をすり抜けた。
「はっ、外れたぁっ!」
「落ち着け!! まだだ!!」
ヴィルジールが「オフィーリア!!」と叫ぶと、今度はヴィルジールの小竜が口を開く。そして、鉄球の軌道上に魔法陣が現れて。
「あっ、当たったぁッ!」
「全部当たるようにしてやるから!! 攻撃の合図の間は、どんどん鉄球作って撃ちまくれ!!」
「はい!!」
作戦会議中、オスカーが言っていた。
『竜は風魔法を受けてバランスを崩していた。足音も、あの体躯にしては小さい。きっとあの竜、思ったより軽いぞ』
動揺していた。油断していた。だから、しっかりと見るのを怠っていた。
将来の宰相が、学者が、聞いて呆れる。見ることは全ての基本だというのに。
「シャア!! どんどん撃つわよ!!」
自分を省みている間にも、エリーゼはがむしゃらに鉄球を作っては撃つ。その軌道を全部読んで、外れたものも当たるようにオフィーリアに防壁魔法を張らせて……こんなこと無茶だ。無茶に決まってる。
『だから、まずは竜の足元を崩す。……ヴィルジール、お前にはエリーゼの補助を頼みたい』
『えっ……俺がか?』
『ああ』
しかし。
『お前なら、出来るだろう』
ヴィルジールは、こんな無茶をすることが嫌いじゃなかった。
一際大きな鉄球が人工竜の足を叩く。がこん、と鈍い音がして、巨体がはっきりと傾いた。
一瞬やったか、と思ったが、その前に退避の合図の指笛が鳴り響く。
「っエリーゼ、逃げるぞ!!」
「えっ!? でもちゃんと体勢を崩して……」
「尻尾!! すぐ立て直すぞ!!」
ヴィルジールがエリーゼを連れて逃げると、読み通り人工竜は尻尾を振り回し、暴風の中で後ろ足をしっかりと地につけた。
「次の攻撃に備えるぞ! 竜はまだやれそうか?」
「ええ!」
ぷつん、と何かが切れるような音がして、温い液体が口元を伝う感触がした。
入り口近くで指示を出しているオスカーが、隣に立っているミカエルを見てぎょっと目を見開く。
「ミカエル! 鼻血っ……」
「うるっさいな!! 兄さんは指示出しに集中して!!」
ミカエルの両目の前には、小さな魔法陣が展開していた。その魔法陣は、ミカエルの小竜・ユニの作ったもの。今、天井近くまで飛んでいるユニとミカエルの視界を共有するものだった。
「それより、左後ろ足!! エリーゼ達の方に向いてる!!」
「……っ、分かった!!」
「尻尾もそわつき始めた!! これ、ぼくらもやばくない!? 兄さんまだ溜めてるんでしょ!?」
「アルフレッドに誘導させる!」
兄が指笛を吹くと、アルフレッドが矢を放つ。読み通り、振り回されかけた尻尾は体勢を保つのに尽力して自分達に被害は及ばなかった。
「……っ……!!」
悔しさが脳を焼く。
自分だって優秀なはずだ。感覚共有なんて強い魔法を持つ竜を従えられるほどの才能があって、勉強だって剣術だって、一番になれるだけの実力があるはずなのだ。
この、優秀すぎる兄さえいなければ。
「兄さんっ!! 次、右!! アルフレッドの方に重心が傾いてる!!」
「よし!!」
オスカーの思考回路はどうなっているのか、即座にヴィルジール達に合図を出して攻撃をさせる。
自分だって考える時間がもう少しあれば、オスカーのように指示を出して皆を導いて……そこまで考えて、ぎりっと歯を軋ませた。
それは負け惜しみだ。負け犬の遠吠えだ。自分じゃまだ、オスカーに届かない。だが、「まだ」だ。
体勢を大きく傾けた人工竜を上から見る。少しでも速く違和感を見つけられるように、集中して。
「兄さん!! 尻尾!! 多分立て直される!!」
ミカエルが叫ぶと、オスカーが。
「……カイン!」
金色の竜は、オスカーの指差した方向を見据え。
「吹き飛ばせッ!!」
尻尾に向けて、風魔法を放った。
地面につけようとした尻尾を滑らされた竜は、がらがらと硬い音を立てながらその場に倒れる。
「ちょっ……魔法!! とどめの一撃用に溜めてたんじゃないの!?」
「もう充分、溜まった」
ミカエルは視界共有を解く。そして、隣に立つ兄を見た。
額に汗を滲ませたオスカーが、それでも未来の王としての威厳をもって立っていた。伸ばした腕の先にいる金色の竜・カインは、周囲を圧倒するような威圧感をもって人工竜に対峙する。
オスカーが、一歩踏み出すと。
「吹き飛べぇッッ!!」
カインの口から、竜巻のような魔法が放たれた。
♢
「アンジェリカ様っ、伏せて!!」
「っきゃあっっ!!」
風魔法に吹っ飛ばされた人工竜が、洞窟の中に叩き込まれる。
これで気絶でもしてくれたら一番だったが、世の中そんなうまくいかない。人工竜は骨だけの身体をぎしぎしとうねらせ、ぽっかりと空いた眼窩でこっちを見据えた。
暗い洞窟の中へ踏み込んで、人工竜を睨み返す。
「やりますよアンジェリカ様!! あの竜が出てくる前にこの洞窟崩して閉じ込めます!!」
「ええ!!」
アンジェリカが「スピカ!」と呼びかけると、肩に乗っていた竜が応えるように腕の方へ這っていく。
「ガントレット!!」
スピカは淡い青の光を放ち、手を覆う鎧の形にその姿を変えた。私も拳を握って、アンジェリカと顔を見合わせて頷き合う。そのまま互いに壁際に走って、がむしゃらに狙いを定めた。
みんながバランスを崩してくれた、オスカーが最後に洞窟に叩き込んでくれた! 私の仕事は、とりあえず壁を殴ってこの洞窟を崩すこと!!
「たぁーーーーーーーッ!!」
「おらーーーーーーーーーッッ!!」
そんな掛け声と共に、互いに洞窟の壁を殴る、が。
「……っ、え……?」
拳に返ってきたのは、岩を砕く手応え──ではなく。
「壊れ、ない……?」
でっかい鐘でも殴ったみたいな、鈍くて硬い反響だけだった。力一杯殴ったはずのそこは割れるどころか傷一つ入っておらず、ようやくそこで自分の見通しの甘さを知る。
そうだよ、入った時からずっと感じてた竜の匂い。竜の骨を使ってできた人工竜。どうして、ダンジョンそのものが何で出来てるか考えなかったのか。このダンジョン。
「竜の骨で出来てるんですわーーーーーーーーーッ!!」
アンジェリカの半泣きの声を掻き消すように、骨が軋む足音がものすごい勢いでこっちに迫ってくる。
ぜっ……絶体絶命ーーーーーーーーーッ!!
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




