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22.従者くん、迷宮をゆく


「っいた……た……」

「エリーゼ! 大丈夫!?」


 網に受け止められたミカエルが、同じく網に落ちたエリーゼの無事を確認せんと大きな声で呼びかける。


「だ……大丈夫、ですわ……」


 いや、エリーゼはどう見たって無事だろ。だって。


「……お嬢様、重いんでどいてもらっていいですか……」

「重くないわよ!! 失礼ね!!」


 しっかり私を下敷きに落ちたからである。

 いや、本当は横抱きにするとかしたかったんだけど、意外と落下のスピードが速くて間に合わなかった。

 まあエリーゼは無事、私もエリーゼを背中で受け止めた瞬間は胃袋出ると思ったけど一応無事。結果オーライというやつだ。

 エリーゼが退いた後、起き上がって網から降りる。そして、あたりを見渡した。

 天井には私たちが落ちてきた穴。天井は高いし、入ってきた穴の入り口も遠すぎてもはや光の点と化している。とてもじゃないが登るのは無理だろう。

 網の張られた小部屋には、網以外は窓も何もない。ただひたすら、奥へまっすぐ伸びる暗い廊下があるだけだった。


「……こっちに行ってみるしかなさそうだね」


 ミカエルの言葉に、私も頷く。エリーゼは文句を言うかもしれないな、なんて思いながらエリーゼの方を見ると。


「……ほ、本当に行くの……?」


 さすがの悪役令嬢もいつもの生意気さは鳴りを潜めて、不安そうに私とミカエルを交互に見ていた。

 ……無理もないか。急に落っこちて、皆と分断されて、こんな不気味な廊下を歩かされる。そりゃあ不安に決まってる。

 大丈夫ですよ、と声をかけようとしたその瞬間。


「大丈夫だよ、エリーゼ」


 ミカエルが、エリーゼの方に一歩踏み出して手を差し出した。


「ぼくが守るから」


 その顔はいつもの悪戯っぽい笑顔じゃなく、真剣みを帯びた王子然とした表情で。


「ミカエル様……」


 エリーゼが、ぽっと頬を染めている。

 ちょ、これ、やば、まずい!!


「ちょっとーーーーーーーッ!!」


 思わず間を割るように滑り込んだ。

 油断も隙もねえなこの腹黒王子はよ!!


「っな、なんだよネロ!!」

「何だよはこっちですよ!! お嬢様はオスカー殿下の許嫁ですから!! いけませんよ!? ほんと!!」

「っは、はぁ!? 変な意味じゃないし!! エリーゼが不安そうだから、守ってあげるって、だけで……」

「はぁ〜ッ!? 私だってお嬢様守れますけど! 実際私が庇ったからお嬢様無事じゃないですか! ねえ!」

「あなたは私の従者でしょ!! 私のことを庇うのは当然よ!!」


 内臓出るかと思ったのが!? 本当に!?

 しかし悲しきかな格差社会、エリーゼから「さがりなさい!」と命令されたら私には聞く以外の選択肢はないのだった。


「ご苦労だったね〜? あとはぼくに任せて引っ込んでなよ、従者くん?」

「いやぁ〜〜〜〜目を離すとお嬢様に悪い虫がつくので引っ込むわけにはいきませんな〜〜?」

「二人とも、遊んでないで早くエスコートして!!」


 ようやく悪役令嬢らしいわがままさを取り戻したエリーゼに怒鳴られて、私とミカエルは睨み合いながら廊下を進んだ。

 このガキッ……やっぱり邪竜回避を目指す中で一番の危険人物だ……!! 二人きりにさせないでよかった……!!


「貴族も入る観光ダンジョンなのにあんな危険な仕掛けがあるなんて聞いてませんわ! ここを作った商人を問いたださないと!!」


 ぷりぷり怒りながら進むエリーゼを挟んで、三人で横並びに歩く。時折ミカエルがどさくさでエリーゼの手を握ろうとするたびに睨んで止めた。


「そういうのは殿下に任せましょうよ。殿下ならうまいこと言ってくれそうだし」

「そういう何でもかんでもオスカー様任せなのはだめよ! 私も未来の王妃として意見する必要があるわ!!」


 お、珍しくエリーゼがまともなこと言ってる!

 目まぐるしい成長に思わずミカエルと目を見合わせる。だよね、やっぱミカエルも驚いたよね!?


「あんな怖い思いをしたのよ、一言文句言ってやらなきゃ気が済まない……!!」


 あ、普通に私怨ですか。成長を感じたこっちが愚かでした。すいませんでした。


「……にしても、このダンジョン何なんだろう。さっきからユニが落ち着かないんだ」


 ミカエルが頭にのせた、薄紫色の小竜を見上げる。たしかに身体全体に力が入ってるし、ミカエルの頭を掴む四つ足全てに爪が立っていた。

 エリーゼの肩にのってるシャアもそわそわと落ち着きなく、左に行ったり右に行ったりしている。竜たちは身の置き所がないんだろう。だって。


「だってこのダンジョン、すごい竜臭いんですもん」

「えっ?」


 二人から聞き返されて、「やべ」と口から漏れた。


「竜臭いってなに? ネロ、何か分かったの?」

「あっ、いえいえ気のせいですねすいません」

「嘘おっしゃい!! 何か分かったんなら言わないと承知しないからね!!」

「いやほんと! 何もわかんないですよ! あっほらお嬢様行き止まりですよー」

「話を逸らさないで!!」


 ぎゃあぎゃあとうるさいエリーゼを宥めて、行き止まりにある扉を見上げる。鉄でできた扉には「わがままこちら」と看板がかけられていた。


「わがままこちら……後ろに立ってたら自動的にそう判別されるってことかな」

「そうですわね、まったく失礼な話だわ」

「いやあんたらどっちも合ってるだろ」


 思わず素で反論すると二人から同時に首を傾げられた。自覚ないんかい。


「とにかく、皆と合流して早く脱出しましょう。私が開けるので、お二人は後ろに」

「分かった。エリーゼ、ぼくから離れないで」

「はいそこ! 近づきすぎない! ふしだらですよ!!」


 二人の距離に充分気をつけながら、扉を開ける。そこには。


「よく来たな。危険なダンジョンに挑む勇者たちよ!」


 王宮を模した壁の絵に、まっすぐ伸びたレッドカーペット。その一番奥には玉座のような豪華な椅子があって、そこにはRPGの王様のような格好をした人が……人?


「……機械人形?」


 ミカエルがそう言ったことで、合点が言った。

 あれ、機械で動く人型の……いわゆるロボットだ!


「ご明察! 賢く勇気のあるものよ、こちらへ参れ!」


 しかも会話まで成立する! すごい、この中世ヨーロッパ的な世界でAIっぽいものをお目にかかれるとは!


「な、何よあれ……不気味……」


 しかしそんな文明レベルが高いものには馴染みのないエリーゼは、萎縮したように私の背に隠れる。


「不気味だけど……大丈夫だよ。言ったでしょ、守るって」

「ミカエル様……」

「はいはいはい! 私も守れます!!」

「あなたは従者なんだから守って当たり前よ!」

「騒いどらんで早くきてくれんか?」


 機械人形にまで言われるとは……。

 渋々玉座の前に出て、機械人形のお膝元に立つ。機械人形は満足げにうんうん頷くと、合成音声で「勇敢な顔立ちをしておる」と言った。


「良いか勇者よ。旅立ちには厳しい試練が伴う」


 厳しい試練、と言う言葉に息を呑む。初手から穴に突き落としてくるようなダンジョンだ、次も相当……。


「わしの出す試練は、なぞなぞじゃ!」


 三人同時にずっこけた。


「なっ、なぞなぞぉ?」

「なぞなぞじゃ!」

「なぞなぞって、子供がよくやる?」

「そうじゃ!」

「あの、パンはパンでも食べられないパンとかの……」

「そのなぞなぞじゃ!」


 三人で顔を見合わせて、ほっと息をつく。

 なんだ、なぞなぞなら全く命の危機とかないじゃん……。

 あ、いや待て。大体デスゲームって楽しいゲームですみたいな顔してやってくるよな? これもそんな感じで相当怖かったり……。


「では問題! 足が4本、頭はひとつ、狡猾で残忍な生き物はなーんだ!」

「あっ、普通になぞなぞなんだ!?」


 拍子抜けした。

 しかもこれ、めちゃくちゃ簡単じゃん。答えは……。


「狼よ!」


 エリーゼがドヤ顔で言った。


「ほう、その心は?」

「あなた、御伽話も読んだことがないの? 『すみれ姫』でも『眠り王子』でも狼は危険な悪役なのよ!」


 ああ……この馬鹿……ッ!!

 共感性羞恥と呆れが入り混じった感情に地団駄を踏みそうになる。


「狼は四本足で頭も一つ! それに狡猾で残忍!  答えは狼に決まってるわ!」

「不正解じゃ」

「なんでッ!?」

「こっちがなんでって言いたいですよ!!」


 思わず怒鳴ってしまった。


「文脈読んで答えなさい! こういうのの答えはちゃんと本文中にあるんだから!」

「ぶ、文脈ぅ!? 本文って何よ!」

「すいません癖です!!」


 危ない危ない、受験対策のノリで突っ込んでしまった……。

 そう、文脈を読めばこの問題、かなり簡単に解けるのだ。竜使いの国・ドラグニア。そこに建てられた、観光、娯楽、そして竜使いの修行のためのダンジョン。中には竜の匂いが充満している……そんなの。


「答えは竜!」

「不正解じゃ」

「なんでーーーッ!?」


 こんなドヤ顔で言い切ったのに!?


「あなたも間違ってるじゃない! 人のこと馬鹿にする権利ないわよ!!」

「だ、だって、こんな竜だ竜だって言ってる国のダンジョンなら竜が答えになると思うじゃないですかあ!」


 狼は当たり前に違う、竜も違う。じゃあ、一体何が……。


「──────人間」


 私たちの一歩後ろ、考え込むように俯いていたミカエルが、不意に呟いた。


「その心は?」


 機械人形が、感情のこもってない声で聞き返した。


「……人間は、猿から進化したって聞くよ。人間の手も猿のそれと一緒で、前足って言えば四本足になるはずだ」

「ほう」

「頭は当然ひとつ。狡猾で残忍……は、言葉遊びとか謎かけかなって思ったけど違う。君が……いや、君を作った人が、人間をそう見てる、ってことだよね?」


 機械人形が黙り込む。鋼鉄製の頭から、じじじと歯車が回る音がする。

 そして。


「正解じゃ!」


 機械人形がそう言うと、弾けるように紙吹雪が舞い、部屋の隅に設置されたラッパがぷぅぷぅと祝福するような音楽を鳴らした。


「聡き勇者よ! よくぞ答えを見破った!」


 はらはらと舞う紙吹雪の中、機械人形の首ががくんと下がる。すると、がたん、と音がして、玉座の後ろにある壁が開き始めた。

 えっ……これだけ? 本当に? 第二問! とかなく?

 困惑していると、機械人形が「勇者よ!」ともう一度声を上げる。


「君たち人間は、竜より勇ましく、残酷で、聡明で、ずる賢い生き物だ。何よりも己を恐れなさい。いつだって、竜を殺すのは人なのだから!」


 薄暗い部屋に、やけに明るい声が虚しく響く。なんだか教訓めいた言葉が真理のようで、制作者の意図のようで。


「開きましたわ! 進みましょう、ミカエル様、ネロ!」

「そうだね……エリーゼ、ぼくのこと少し見直した?」

「えっ……」

「はいそこ! 私語しないで進んでください!!」


 竜の身としては、なんだか複雑な気持ちになりながら、先を急いだ。




「ミカエル! エリーゼ……ネロも!」

「お兄様、皆様、ご無事ですかっ!」

「ヴィルジール、アンジェリカ!」


 廊下を進んで、一番奥にあった小さな丸い部屋。そこにあった「みながそろってからすすめ」という看板に素直に従って待っていたら、本当にオスカーとアルフレッド先輩がやってきて、その後に続くようにヴィルジールとアンジェリカもやってきた。


「無事だったか、アンジェリカ!」

「はい! お兄様も……ネロ様も、ご無事ですかっ?」

「ああ、ネロは知らんが俺もオスカーも無事だ!」

「アルフレッド様。私もちゃんと無事ですよ」


 推しが私にだけ塩対応だ。なぜだ。


「全員分断された時はどうなるかと思ったが……やはり観光用のダンジョンだな。簡単な謎解きだった」

「そうか? 俺はアンジェリカがいないと駄目だったよ」

「そうっ、お兄様! わたくしヴィルジール様と協力して謎を解いたんですのよ!」

「おお!! さすがアンジェリカ! 世界で一番賢くて可愛いな!」

「アルフレッド。兄馬鹿もそこまでにして、さっさと先に行くよ。エリーゼ、大丈夫? 疲れてない?」

「ええ、ミカエル様が気を遣ってくださったおかげで」

「お嬢様! 私! 私も気遣いましたよ!!」

「だからあなたは従者だから当たり前って言ってるでしょ!」


 いつもはこのメンバーで集まると遠足の引率をしてるというか、子供の暴走に振り回されてるというか……そんな疲労感がついてまわるけど、いざ分断されて、またこうやって集まるとなんだか妙な安心感すら覚える。

 安心したせいなのか、ぐう、と情けなく腹がなった。


「ネロ……あなたねえ、こんな状況でもお腹がすくわけ!? 緊張感ってものはないの!?」

「いやあ……へへ……」

「そう怒るなよ、エリーゼ。確かに腹が減ったなあ。もうランチの時間だし」

「わたくし、お兄様とこの近くの料理店を調べましたのよ! 魚料理がおいしいレストランが多いんですって!」

「ああ。なんでもこの地域では魚を生で食うらしい。生魚を入れたサラダもあるとか」

「ええっ、生ぁ? 気持ち悪くない?」

「ミカエル、何でも否定から入るのはお前の悪い癖だ。しかし、魚料理か……俺もあまり得意ではないな」


 何が食べたいとかどこに行きたいとか喋りながらダンジョンの上り坂を進んでいく。この道は出口に繋がっているのだと、皆、そう思っていた。

 だから、見落としていたのだ。


「でも生魚も案外美味いもんですよ、私は刺身より寿司の方が好きだけど」

「さし……すし? ネロ、お前何を言っている?」

「なんでもないでーす……ほら、開けますよ」


 出口と信じ込んでいた鉄製の扉には、引っ掻き傷で「さいごのま」と書かれていたことに。

 開いた瞬間、眩しい光が目をくらませた。一瞬、外の陽光だと勘違いしたが……しっかり目を開いて、すぐに自分の間違いに気付く。


「……何だここは?」

「闘技場、みたいだけど……」


 王子二人が、不穏な空気を前に表情を強張らせる。


「……アルフレッド」

「ああ。アンジェリカ、さがってろ」

「は、はいっ……」


 ヴィルジールとアルフレッド先輩が、王子達を守るように前に踏み出す。

 私も、さがってきたアンジェリカとエリーゼを庇う形で立った。


「……お嬢様も、さがっててくださいね……」

「え……ええ……ネロ、なんで鼻押さえてるのよ」

「ここ、くっさいからですよ……!!」


 あまりに濃すぎる竜の匂い。でも、竜がいると断じるには、見過ごせないほど大きな違和感があった。臭い。強い竜がいる。なのに、強い竜に会った時独特の肌がビリビリする感覚がない、というか……。

 円形の闘技場を模した部屋。空っぽの観客席に、青く塗られた天井、そして太陽のような位置にある光球。部屋全体に嫌な予感が漂っているが、とりわけひどく嫌なのは。


「あの洞窟、出口じゃないの……?」


 私たちの真向かいにある、ぽっかりと空いたトンネル。その闇の中で、何かが蠢くのが見えた。


「……っ、全員! 竜の口輪を外せ!!」


 オスカーが指示を出すのと同時に。


「─────────ッッッッ!!」


 耳がイカれそうになるほどの咆哮が地面を揺らす。崩れた体勢を直す、その間に。


「何よ、あれ……っ!!」


 咆哮の主。嫌な予感の正体。このダンジョンに潜んでいた竜が、姿を現した。


「わっ……わかりません……! あんなの……っ」


 馬車なんかおもちゃに見えるくらいの巨大な身体。癇癪を起こしたように地面を叩く太い尻尾。

 竜……竜の、はずだ。だけど、普通の竜じゃない。


「あんな竜、知らないです……!」


 その竜は、身を守る鱗も肌膚も、眼窩に嵌まる目玉もなく。

 くすんだ白い骨だけで出来た体を、ぎしぎしと不快な音を鳴らしながらこちらへ引き摺り出してきた。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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