21.先輩くん、からくりをとく
ヴィルジール=リーラは困っていた。
親の知人が建てた観光ダンジョン、仕掛けなのか不具合なのか急に床が抜けて落下して、網に受け止められたはいいものの、一緒に落ちる筈だった公爵令嬢の従者ははぐれてるし、何より。
「どどどどどどうしましょうヴィルジール様っっ!! わたくし、落ちてくる直前まではネロ様が見えていたんですのよ!? な、なのに、どこに……っ!!」
そこら中を歩き回りながら慌てふためく侯爵令嬢……アンジェリカの真っ白になった顔を見て、腹を括った。
ネロならきっと、どうにかする、はずだ。オスカーはアルフレッドに託したし、ミカエルとエリーゼもまあ……恐らく大丈夫なはず。
なんとか自分に言い聞かせて、深呼吸をした。
「アンジェリカ、落ち着け」
アンジェリカの肩を掴んで、歩き回るのをやめさせる。そのまま目を見て、なるべく穏やかな声音で、何度も。
「ここは観光ダンジョンだ。これもそういう、演出のうちだよ。大丈夫、大丈夫だから」
そう繰り返すと、ようやくアンジェリカの浅かった呼吸が整って不安げな顔に安堵の色が滲んだ。
「す……すみません! わたくしったら、取り乱して……」
「いや、俺も正直焦ったよ。急に皆と離れ離れになるんだもんなあ」
観光向けのダンジョンにしてはあまりにも不穏な要素が多すぎる。まるで、何かが別の意思が介在しているかのような……そこまで考えて、ヴィルジールは思考を払うように首を横に振った。
今、不安になるようなことを考えるべきではない。最優先事項は、侯爵令嬢、そして友人の妹であるアンジェリカを守ること。それから、一刻も早くオスカーやミカエル、とにかく全員の無事を確認することだ。
「さ、出るにはやっぱりこの一本道を進むしかないんだな……」
「そうですわね……」
落下してきた自分たちを受け止めた網のある小部屋。その奥に伸びる廊下は松明があっても薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出している。
炎に照らされた竜の意匠が、全てこちらを睨んでいるような感覚に苛まれるが、それでも。
「……行こう。アンジェリカ。皆が心配だ」
「は……はい!」
ヴィルジールは、アンジェリカを連れて廊下に踏み出した。
「あの、最初に書いてた詩……あれって一体、どういう意味なんでしょう」
とぼとぼと歩きながら、アンジェリカが呟く。
「ああ、あれはこの地域に伝わる伝承童謡……いわゆるわらべうたってやつだな。本で読んだことがある」
「ええ、じゃあメロディをつけて歌えるんですの?」
アンジェリカの声にわくわくとした嬉しさがのった。さっきまで沈んでいた気分をようやく持ち直してきたらしい。
「ああ。なんだっけな、こわがりは前に出る、ひよりみ真ん中……」
メロディを思い出しながら、記憶を辿って続きの歌詞を探る。そして、ふと思った。
あの歌、航海に出たこわがりもひよりみもわがままも、皆死ぬ歌じゃなかったか、と。
首筋を冷たい汗が伝う。
「……どんな歌だったか忘れたな。そうだ、今度エリーゼの家の図書室に行ってみたらどうだ? スカーレット公爵ならそういう本も持ってるだろ」
「そうですわね! エリーゼ様とはお菓子作りのお約束もしてますもの!」
ヴィルジールは思わず噴き出した。信じられなかったからだ。
「えっ、え、エリーゼが!?」
ヴィルジールの中で、エリーゼ=スカーレットは……高慢で、見栄っ張りで、我儘で……正直苦手な類の少女だった。同じくらい我儘なミカエルだって、こっちの言うことが正しいと思えば少しは納得してくれる。しかしエリーゼは……いや、最近のエリーゼは、そうだろうか。
「わたくし、前はエリーゼ様のこと少し怖かったのですけど……この間うちで騎馬訓練にお招きした時に、仲良くなれるかも、って思ったんですの!」
アンジェリカが嬉しそうにはにかむ。
「お星様の言うとおりでしたわ! あの方は少し意地っ張りなだけで、本当は硝子みたいに繊細で綺麗な心の持ち主なんですのよ!」
「はは、また占いか? 好きだなあ」
「ええ! だってお星様を眺めてると、皆様のことをもっと深く知れるような気がしますわ!」
占星術の学問の本を開いてみたことはあるが、言うことがあまりにも突拍子がなくてすぐに閉じたのを思い出す。あれは考えるのではなく感じる学問で、自分には不向きなのだ。しかし夢見がちなアンジェリカには上手く嵌っているんだろう、と思いながら廊下を進んでいくと、ようやく行き止まり──扉に、鉢合わせた。
「ひよりみこちら……か」
鉄製の扉にかけられた看板を見て、ヴィルジールは深呼吸をする。
あの歌は最後、ひよりみは船の沈没に巻き込まれて死ぬ。わがままの失踪を見ても、こわがりが死んだのを見ても、迷うばかりで何も出来なかったからだ。
ネロの言葉を思い出す。
『……どっちも目指せばいいんじゃないですか?』
迷うな、迷うくらいなら全部取れ。自分に言い聞かせながら、ドアノブを握る。
「……開けるぞ、いいな?」
「はい!」
アンジェリカを庇うように後ろに置いて、ヴィルジールは扉を開いた。
扉の向こうには、星空があった。
「……へ?」
「わぁ……っ、綺麗!」
正確には星空ではない。中心にある光球が、暗い部屋の天井に星空を映し出しているのだ。
「よく来たね、ひよりみの子よ」
部屋の奥、一際明るい灯りに照らされたところには、まるで学者のような格好をした機械人形が扉を背にして立っていた。
「わあっ! 人形さんがお喋りしてますわ! すごいすごい!」
「お人形と話すのは初めてかい?」
「きゃあっ! お返事までするんですのね!」
そうだ、このダンジョンは最新の魔導工学を使って、機械人形に人工的な知能を埋め込んでいる。人に似せた知恵を持った人形が、まるで本当の人間のように会話をして案内する……というのが売りなのだと商人が話しているのを聞いたのを思い出した。
「……機械人形。一緒に入った友達とはぐれたんだ。どうやって合流したらいい?」
ヴィルジールが尋ねると、機械人形は自分の腹をぱかりと開いて中から何かを取り出して、二人の前に差し出した。
「……なんだこれ、木の箱?」
「絡繰の秘密箱さ」
恐る恐る手に取る。
……軽い。振ってみるが、中に何が入っているような音はしない。
何か人や竜を模した紋様のようなものが細かく描かれていて、側面を軽く押すとするりと木の板が滑って絵柄がその表情を変えていく。
「その箱はね、正しい面を正しい位置に持っていかないと開かない。そういう鍵がかかってるんだ」
「魔道具……か?」
「いいや? 魔法なんて大それたものは使ってない。それは単なる知恵試しだよ」
単なる知恵試し。そう言われて、ヴィルジールは柄にもなく浮き足だった。
「……つまり、これは知識で解ける問題なんだな!」
「知識と知恵は違うけどね。さあ、ひよりみの子よ。君は自分の知恵を正しく扱えるかな?」
試すような機械人形の言葉に、ヴィルジールは当然、と思った。
数十分後。
「……っくそ、これもだめか……!!」
ヴィルジールは、完全に詰んでいた。
「これは試した……いや、こっちはここまでやって開かなかった、でも……」
何せ、動く箇所が多すぎるのだ。恐らく箱を開けるまでに必要な手順は七十以上。それを一つ一つ試していくと途方もない時間がかかる。しかし正解に辿り着くための手がかりなんか何一つもない。
「ならこうして、っくそ、これもだめか」
「……ヴィルジール様……」
「ああ、待ってろアンジェリカ、すぐ開けるから、くそ、くそ……っこっちが動けば……」
「ヴィルジール様」
「だ、大丈夫だ、ちゃんと開け……」
「っわ、わたくしにも手伝わせてくださいましっ!!」
隣で見ていたアンジェリカの言葉に、ヴィルジールは「えっ」と間の抜けた声をあげた。
「い……いや、いいんだ、お前はこういうの苦手だろ?」
「苦手です!」
即答されて、ヴィルジールは思わず呆れた笑いを漏らした。しかし、アンジェリカはめげる様子も見せず。
「苦手ですし、殿方に意見するのは失礼だと分かっているんですけれど……でも、ヴィルジール様が動かしているのを見て、なんとなく分かりましたわ。この箱、この絵! さっきの詩にも……きっと意味があるんですのよ!」
ヴィルジールははっとする。点で見ていた知識を、線で繋げる……学問の基本的なことなのに、どうしてそんなことを見落としていたのか。……いや、目を背けていたのだ。関係ない、出来っこないと最初から。
「……アンジェリカ……」
ヴィルジールは、アンジェリカに木箱を渡す。
「お前は、どう思う?」
アンジェリカは木箱を受け取って、ヴィルジールをまっすぐ見据える。
「……あの歌は伝承なのですよね? 『三人の竜使い』のような……」
「三人の竜使い?」
「竜の尻尾座の成り立ちになった神話ですわ!」
アンジェリカが箱の絵柄を確かめるように、ぐるぐると見回す。
「この箱に描かれてるのも、きっと三人の竜使いのお話ですわ。これが臆病な竜使い、これは優柔不断な竜使い、これが自分勝手な竜使い」
「……歌と同じだ!」
寓話や神話は不思議なもので、似たような教訓が言語や時代、経緯を変えて現代に伝わっている。つまり、この星空の意味も、箱に描かれている絵の意味も。
「そこまで分かれば解けるね?」
機械人形が試すように言う。ヴィルジールは「ああ」と言うと、アンジェリカから木箱を受け取り、丁寧に、丁寧に。正しい絵を、正しい順番で、正しい場所へ。
「……それで、その三人の竜使いはどうなるんだ?」
「竜の尻尾に吹き飛ばされてしまいますの」
「……バッドエンドだなあ……」
「そんなことありませんわ!」
アンジェリカが自信満々に言う。
「みんなで協力しないと竜には敵わないと悟った三人は、もう一度竜に挑むんです! 竜はその信頼に感動して、もう人里は襲わないと約束するんですのよ!」
……なるほど、とヴィルジールは思った。
恐らくその神話が中途半端にこの町に伝わって、今の伝承に形を変えたのだ。
まったく、「ひよりみ」なんて皮肉な部屋である。本当に日和見なら、もっと周りを見なければ。そして、ヴィルジールは。
「開いたぞ!」
木箱を、開けた。
箱には案の定何も入っていなかった。底に、竜と人間が手を取り合う絵が描かれているだけだ。
「おめでとう!」
機械人形は感情のこもっていない声でそう言って、作り物の掌をぱちぱちと鳴らす。
「見事に知恵を見せてくれたね。きっとその知恵は竜と生きるのに必要になる」
肩にのせた小竜が、甘えるようにヴィルジールの頬に頭を擦り付けた。
「ひよりみの子よ。忘れてはいけない。竜は恐ろしい。竜は哀しい。竜は弱い。でも、それだけではない」
機械人形ががくん、と首を傾ける。その背後にある扉が、ぎぎぎと音を立てながら開いた。
「こちらにいけばこわがり、わがままの皆に会える。それでは皆、良い旅を」
それだけ言うと、機械人形はぱったりと黙り込んでしまった。
「……行こう、アンジェリカ! 皆待ってるかもしれないぞ!」
「ええ!」
さっきと同じ暗い廊下。しかし、さっきよりずっと晴れやかな気持ちで歩けるのは、己の視界が開けたような感覚のせいか。
歩いていると、急にアンジェリカがくすくすと笑い出した。
「どうした?」
「いえ……ヴィルジール様、あんなに夢中になって! ああいったパズルがお好きなんですね!」
「パズルっていうか……工学が好きなんだ。どこに何を嵌めればちゃんと動くかとか、そういうのを考えるのが。将来はそういう仕事がしたくてな」
「あら、そうしたら誰が宰相になりますの?」
「それも俺。学者も宰相もどっちも目指すよ。目指すだけなら自由……まあこれは、ネロの受け売りだけどな」
どっちもするなんて、ネロに言われるまで今まで考えたこともなかった。だけど言われた通りに目指してみると、なんだか本当に出来る気がするのが不思議だ。
「ネロ様って、不思議な人ですわよね!」
アンジェリカがきらきらと目を輝かせながら言う。
「そうだなあ、変な奴だよ。本当に。案外普通の時もあるけどさ、なんか最初から全部分かってる、みたいな」
「ええ! なんだかわたくし達よりずっと大人で、どこか未来を見てるよう、な」
そこまで言って、アンジェリカは止まる。
機械人形の言葉が頭の中に反響する。
『でも、それだけではない』
「……アンジェリカ? どうした?」
ヴィルジールに声をかけられて、はっと顔を上げた。
「……なんでもありませんわっ」
一瞬、何か思いつきそうな気がしたが……アンジェリカは、皆に早く会いたい一心で進むことを決めた。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




