20.王子くん、王の器を見せる
「おい、オスカー……無事だったか」
「……お前が乱暴に掴んだおかげでな」
オスカーはなるべく嫌味たっぷりに言ったつもりだったが、アルフレッドは「そうか」と言って取り合わなかった。
ダンジョンの小部屋で、急に落下させられて……どうなることかと思ったが、落下地点には緩衝材として網のようなものが張られていた。
とはいえ、受け身の訓練を受けていない一般人であれば、怪我をしても仕方ないような高さだ。宰相の友人の商人とやらにはしっかり指導をしておくよう、父に進言しなくては。オスカーはそんなことを思いながらまだ浮遊感の抜けない体を起こした。
「……アルフレッドも、無事か? 俺を庇ったようだが……」
「あれくらいは庇ったうちに入らん」
アルフレッドはなんでもないように言うが、オスカーを庇って下敷きになるように落ちたのだ。まだ身体に痛みは残ってるだろうし、もしかしたら怪我をしているかもしれない。
しかし、アルフレッドは表情に厳しさを含ませたままオスカーに視線を向ける。
「そもそも俺は騎士だ。お前も王になるんなら、俺から守られて当然って態度くらい保っておけ」
「……分かってる」
どこか後ろめたい気持ちを抱えながら、オスカーは網から降りて辺りを見渡した。
石造の細い廊下が、すっと奥に向かって伸びている。松明に照らされているとはいえ、行き止まりが見えないほど長く、薄暗い。不気味な雰囲気に足が止まりかけるが、ここは元々観光ダンジョンだと自分に言い聞かせて冷静さを取り戻す。
「……どうする、オスカー」
アルフレッドに聞かれて、オスカーは前に一歩踏み出した。
「無論、進む。早く合流して、皆の無事を確かめなければな」
「分かった」
先の見えない廊下を歩くのは、一歩一歩が重たく沈むような心地がする。それでも、オスカーは前に進んだ。前に進むことしか、許されないと思った。
「アルフレッド、いつでも竜の口輪を外せるようにしておけよ。もしさっきの落下が製作者の意図ではなければ、中にどんな危険が潜んでいるか分からない」
「ああ。分かってる」
急な落下に巻き込まれたからか、肩に乗った金色の小竜が警戒して身を強張らせているのを感じる。いつもは温厚で自分によく懐いているこの竜が警戒するほどだ、他の皆が連れている竜はどんな……そこまで考えて、ふと気付いた。
「エリーゼは……無事だろうか」
エリーゼの竜は、口輪を外していたはずだ。一度口輪を外した竜は付け直すのに難儀する。だから竜使いは余程でなければ口輪を外さない。それを分かっていないわけではないと思うが。
オスカーが思い詰める姿に、アルフレッドは目を丸くした。
「……ミカエルが一緒だっただろう。無事とは思うが……珍しいな、お前がエリーゼを気にするなんて」
「……そうか?」
「ああ。こういうことを王子様に言うのもなんだけどな、噂になってるぞ。オスカー王太子殿下は婚約者を邪険にしてる、スカーレット公爵家の地位も危ういって」
……確かに、ずっと自分は婚約者であるエリーゼを軽く扱ってきた自覚はある。父が決めた許嫁だ。大切に扱わなければならないのは分かっているが、どうしてもあの平民や貧民を見下す姿勢が耐えられなかった。しかし、最近は。
「最近は……あいつなりに成長しているのだろうと思う。ネロがいるのも大きいと思うが」
「ネロ? ああ……」
アルフレッドが苦々しい顔をする。
なぜかは分からないが、アルフレッドを前にしたネロは挙動がおかしくなる。はたから見ていても気色悪いというか……しかしアルフレッドには悪いが、嫌悪を隠そうともしない眉の寄せ方に思わず笑ってしまった。
「変だけど、見どころのある奴だろう。前は何を遠慮していたんだか、おどおどしていたくせにな」
「本当にあいつにおどおどしてた時期なんかあるのかよ……」
そう、前のネロはオスカーと目も合わせないほどに卑屈で、暗くて、エリーゼから何を言われてもか細い声で「はい、はい」と答えるような少年だった。
何の心境の変化があったのか気にならないわけではないが、きっと聞いたところで誤魔化して教えてくれないのだろう。まあ、いい。今は聞き出せないというだけだ。それにこちらだって隠し事がないわけではない。
いずれ、互いの心の準備ができた時にゆっくり話せれば、それで。
「…………あいつって変だよな。竜を説得するとか言うし」
しかし、アルフレッドの言葉にオスカーは思わず立ち止まった。
「……説得? 竜をか?」
「ああ。こないだの暴れ竜の討伐があっただろ。あれでネロが急にはぐれて、竜を説得するとか言い出して……」
ネロの身体能力は目を見張るものがある。世の中を俯瞰したような物言いだって、ただの従者で終わらせるには惜しいと思っていた。
しかし、竜使いとしての才能はないのだと、思っていた。思い込んでいた。
「説得するところは……見たのか?」
「……十中八九、ネロから聞いてるだろう。見ていない。というか、あいつはすぐに俺とエリーゼを連れて逃げたと聞いたが」
もし、竜使いとしての才能まであるとしたら……。
胸の内が妙に浮き立つ。気付けば不安は押し流されて、足取りは軽くなっていた。そして。
「……この扉を開けろ、ということか」
アルフレッドが鉄製の扉にかかった看板を見て、忌々しげに呟く。そこには拙い文字で「こわがりこちら」と書かれていて、まるでこちらを煽っているように感じられた。
「……ここしか進路がない以上、ここを進むしかないだろう」
「オスカー。下がれ。俺が開ける」
アルフレッドがドアノブに手をかける。ごくん、と息を呑んでから、扉を開くと。
「ようこそようこそ〜〜〜〜〜っ!!」
暗い雰囲気に不釣り合いな明るい声が、二人を出迎えた。
石造の部屋の中は、まるで子供を待ち構えていたかのように賑やかに飾り付けられている。しかしそれが逆に不気味に感じるのは、地下であるが故に薄暗いことに加えて、飾りのどれもが古く擦り切れていること。そして、部屋の奥に待ち構える何かが子供を手招くように蠢いていることが原因だった。
「……っなんだ、あれ……機械人形!?」
アルフレッドが反射で剣を抜こうとするが、部屋の奥で待ち構えていた何か……否、道化師のような姿をした機械人形がそれを制すように「だめだめだめ!」と言った。
「このお部屋では武器はいりません! 剣も竜も、そこのソファに休ませてあげてください!」
機械人形が指さした先には、ソファと呼ぶにはあまりにも粗末なぼろ布の塊が置いてある。オスカーはもちろん、アルフレッドもそこに剣を置くのも竜を待たせるのも躊躇ったが、機械人形の「置いてくれなきゃこの部屋から出しませんよ」という言葉で渋々従った。
「はい! ではこわがりのお二人とも、丸腰ですね! まるまる太った鯨だけに! あはは!」
機械人形は合成したような音声で、意味のわからないジョークを飛ばす。
そういえば、ヴィルジールが言っていた。最近は工学分野も馬鹿にできない、人為的に「知性ある人格」を作って人と会話したりゲームをしたりも可能なのだ、と。
つまり、この機械人形はそういった工学を使って作られた……人の知恵を模した絡繰なのだ。
「……貴様はこのダンジョンの番人のようなものなんだな。どうやったら皆と合流できる!」
「そんな、敵視しないでくださいよぉ。ボクはみんなと遊びたいだけなのにぃ」
アルフレッドが気迫を失わず尋ねると、知性はあっても感情はないはずの機械人形があからさまに哀しげな声を作る。表情が変わらないせいで気味が悪い。
しかし、このダンジョンの攻略には、機械人形の言う「遊び」とやらにヒントがあるに違いない。
オスカーは機械人形の向かいにある木製の粗末な椅子に腰掛けると、足を組んで「それで」と機械人形の方を向いた。
「遊びとは何をするんだ?」
「おおっ! ノリノリじゃないですか! まるで水につけた猫みたい!」
「……いいから、早く教えろ」
オスカーが言うと、機械人形は「失敬失敬」といいながら己の腹をかぱりと開く。そこから現れた鉄の塊が、ネジや歯車の回るじじじという音をたてながら。
「ボクがやりたい遊びは、チェスです!!」
円卓、そしてその上にあるチェス盤を組み立てた。
「チェス……?」
「ええ! しかし通常のチェスじゃありませんよ!」
たしかに、普通のチェスよりチェス盤が大きく、駒も多い気がする。
機械人形は背中から生えてきた何本もの手を使って、かちゃかちゃと盤の上に駒を並べていった。
「これは盤上の戦争です! 通常のチェスでも駒ごとに役割は違うでしょ。でもこれは、それよりずっと皆が露骨に不平等!」
「不平等?」
「ええ! ポーンはナイトより弱く、クイーンはキングより弱い! 社会の縮図でしょ?」
軽薄な声音で嫌な物言いをする機械人形だ。ぴくりと眉根を寄せるのを察されてるような気がしたが、相手は機械人形。ムキになるだけ無駄だと深呼吸を繰り返す。
「不平等な駒は当然、皆にそれぞれ人格も生活もあります! 自分より強い敵兵に説得されれば、味方を裏切ることもあるでしょう」
「裏切った駒はどうなる?」
「そりゃ、敵兵に寝返るんですよ!」
複雑なルールを一個ずつ、噛み砕いて飲み込む。アルフレッドは後ろで「へ」とか「は?」とか声をあげているが、無理もない。このゲーム、かなり複雑だ。特に、敵兵に寝返る自軍の兵という存在が。
しかし勝てないゲームではない。オスカーは盤上に並べられた駒を眺めながら、どうすれば勝てるというのを頭の中で組んでいく。ああ、このルールなら、こうすれば。
「そして特別ルール!!」
機械人形は、一際太い腕でどん、と叩きつけるように一つの駒を置いた。一つの駒、の筈だ。その駒は、四つのマスを占領してふんぞり返る、竜の意匠が施されたものだった。
「この盤上には暴れ竜がいます!」
まったく動いていないはずの機械人形の表情が、意地悪い笑顔に見えた。
「この暴れ竜は討伐されるまで、自分の前に現れた駒を全て殺します! 逃れられません! 運命です!」
「……そんなの、めちゃくちゃじゃないか?」
「お坊ちゃん、戦争とはいつでもめちゃくちゃなものですよ」
機械人形が暴れ竜の顔をオスカーの方……オスカーの操る白い駒がある方へ向ける。
「さあ、竜の暴れる戦場で! 誰も信頼できない戦場で! 戦争というやつをやりましょう!!」
機械人形が高らかに笑い、オスカーは深い深いため息をついた。
「お、おいオスカー、こんなチェスめちゃくちゃだ、こいつを壊して……」
「いや」
一歩前に出ようとしたアルフレッドを、オスカーは掌を振って制する。
「これくらい、どうにでもなる」
そして、数十分後。
「チェックメイト、だな」
暴れ竜が隅に追いやられた盤上。ずらりと並んで敵陣を向く、寝返った黒い駒。オスカーが黒い駒のキングをとると、機械人形は何も感じていないような声で「おめでとうございます!」と手を叩いた。
「おみごと! あっぱれ! 見事暴れ竜の脅威に負けずに敵軍を薙ぎ払いましたね!!」
「すっ……すげえ……最初からこうするつもりだったのかよ!?」
アルフレッドが興奮気味に聞いてくる。単純明快なのはこの少年の美点だが、ここまで勘が悪いと少し呆れた。
「アルフレッド……暴れ竜の説明をきいていただろう。あれは前に出る奴しか殺せないんだ。だから、暴れ竜の前に自軍の駒を行かせないように組んだ。最初から相手にしないのが最適解というわけだな」
「はい! その通り!」
機械人形は手早くチェス盤と駒を回収し、円卓ごと自分の腹の中に収めてしまう。残っているのは、一際大きな手の上に載せられた暴れ竜の駒だけだった。
「竜の思惑は私達には分かりません。ですから、無理に理解しよう、制御しよう、利用しよう……なんていうのは人間の傲慢ですね」
暴れ竜の駒が、二人を睨む。
「しかし、現実の竜はきっと色々考えているに違いない。いつか邪竜が復活する日に備えて、我々はもっと竜のことを知らなければいけませんね」
そこまで言うと、機械人形の首が急にかくんと傾く。そして、後ろの壁ががたんと音を立て──……開いた。
「こちらを進めばひよりみ、わがままの皆さんに出会えます。それでは皆さん、ごきげんよう」
最後まで朗らかな声で、機械人形は言う。
なんだか全ての言葉に含みがあるような気がしたが、ただの絡繰の戯言だ。まとわりついた不穏な気配を振り払うように、オスカーは椅子から立ち上がった。
「……行くぞ、アルフレッド。皆が心配だ」
「あ、ああ!」
剣を持ち、竜を従え、道を行く。
竜使いの国、ドラグニア。竜と共に生きながら、いつか現れる邪竜に怯え、聖女に救いを求めている。
機械人形の言葉が脳内を反響する。
『我々はもっと、竜のことを知らなければいけませんね』
竜のことなら、充分知っている。生態も、特徴も、使い方も。
自分を安心させるように知識を反芻するオスカーは知らなかった。
自分が信頼を寄せているあの少年こそ、邪竜なのだと。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




