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19.従者くん、ダンジョンへ行く


「人工ダンジョン?」


 私が聞き返すと、ヴィルジールは地図を広げながら「ああ」と言った。

 公爵家の図書室で一番大きな机、その真ん中に広げられた地図をエリーゼやオスカーと一緒に覗き込む。ヴィルジールの指は国境のあたりにある海に面した田舎町を指した。


「ここに新しくダンジョンを作るから、開業前の視察って名目で遊びに来いって言われたんだ。なんでも作ってる商人が昔親父に世話になったとかで」

「あっ、遊びに!? ダンジョンて遊びに行くようなもんなんですか!?」


 私が尋ねると、ヴィルジール達は一瞬きょとんとした後にけらけらと可笑しそうに笑う。


「そりゃそうだよ、ダンジョンなんて遊びにいくところだろ?」

「そうか、ネロはダンジョンにも行ったことがないのか」

「まあ、無理もありませんわね」


 そんな笑わなくても……と思うが、この世界でおかしいことを言ってるのは私の方なのだ。

 ドララヴァはあくまでファンタジーRPGっぽい乙女ゲーム。魔王を倒したりしなくていいし、邪竜が出るぞって予言があるだけで世界は至って平和そのもの。

 だからこの世界におけるダンジョンは、入ったが最後魔物に取って食われる冒険者達の墓場──ではなく。


「割と手を込んで作ったって聞いたぞ。この地域の観光の目玉にしたいんだと」

「確かこのあたりの名産品は機械人形か。それを使った仕掛けが大量にありそうだな」

「そうなんだよ!」


 お化け屋敷とか脱出ゲームみたいな、そういうアトラクションと同じようなもんなのだ。


「ただ、結構難易度が高いから一人じゃ難しいだろうってことで、お友達も一緒にって言われたんだ。オスカー、エリーゼ。よかったら……」

「行く!!」

「行きますわ!!」

「返答早っ」


 さすが、王族と貴族といえどオスカーもエリーゼも子供である。こんな面白そうなアトラクション、断るなんてありえないんだろう。

 そして、エリーゼが行くということは。


「よし、それならネロも行くな。あとはミカエルと……アルフレッドも誘うか」


 私も強制参加ということである。

 まあ、この分ならアルフレッド先輩にも会えるし、役得っていうやつだ。入ったことないから分からないけど、お化け屋敷的な感じだったら合法的にアルフレッド先輩に守ってもらえる展開とかあるんじゃないか?


「……いいですねえ、行きましょう人工ダンジョン……」

「その笑顔やめてちょうだい、気味の悪い」


 エリーゼから睨まれて、すん、と真顔に戻した。ちょっと推しのことを考えただけでこの仕打ち。異世界はオタクに厳しい。




 そんなこんなで。


「あっ、見えてきたわよ!! あの塔がダンジョンよね!!」

「お嬢様! 馬車から身を乗り出さない!! 危ないから!」


 私達は、田舎町にある人工ダンジョン……「ドラグマニア」に行くことになったのである。

 エリーゼがようやく馬車の中にちゃんと座り直したのを見て、ほっと息をつく……が、心配事はそれだけではない。

 エリーゼの隣でじっと身体を丸めて座っている小竜に手を差し伸べると、小竜は気怠げに私の腕にのぼってきた。


「小竜ぐったりしてるじゃないですか……なに、暑いの?」

「国の南端だもの。暑くて当たり前だわ」

「それならちゃんと水飲ませてやらなきゃ。竜は丈夫だけど、暑いも寒いも感じないわけじゃないんですから」


 今でこそ観光名所となっているダンジョンだが、その始まりは竜使いの修行の場として遺跡を利用したことなんだとか。だから今でもダンジョン観光といえば竜使いを雇うか、小竜同伴で行くのが当たり前なのだ。

 だからエリーゼも公爵家で飼われてる小竜を連れてきたわけだが。


「……なんかその竜、あなたに妙に懐いてるわよね……」

「そりゃ、たまに世話してますからね。ほら飲め飲め、美味いぞー」


 口輪の隙間から補給用の水筒の口を差し込むと、小竜は喉を鳴らしてんくんくと水を飲む。

 前世の記憶を思い出す前からネロがたまに面倒見てたこともあり、エリーゼの小竜はエリーゼ本人より私に懐いていた。


「よしよし、全部飲んだな。シャアはいい子だね〜」

「……何よ、そのシャアって」

「やべ」


 だってこの小竜赤いし、赤って言ったらその名前だろ!!

 しかし現代オタク知識で名付けてる上にエリーゼの小竜に勝手に名前つけてるのがバレたので絶対怒られる。

 と、思いきや。


「……シャア、って呼んだら、噛まないの?」


 エリーゼは意外にも怒らず、竜の方におずおずと手を差し出した。


「噛まれたことあるんですか?」

「……一回だけよ! 口輪を外したら、そのまま……」

「あー、だから大人しいのに口輪つけられてるんだ」


 私がシャアの口輪を外すと、エリーゼがびくっと身体を強張らせる。


「もう噛まないよね、シャアは……いや、そんなことで噛んじゃだめだろ。歯が気持ち悪かったのはさ、牙の生え替わりの時期だったからじゃん? 今はどう? ああ、ちゃんと生え変わってるんならいいね」

「……どうなのよ」

「今は噛まないらしいですよ。手にのせてみます?」


 もうすっかり退化した小さな羽をはためかせながら、シャアがエリーゼを見つめる。エリーゼは迷うように私と竜を交互にみたが、意を結したのか手を伸ばしてきた。


「っきゃ、つっ、つめたいっ!!」

「そりゃ、この大きさの竜は大体変温ですもん。さっき冷たい水飲んだから一時的に体温が下がってるんでしょ」

「ほ……ほんとに噛まないのよね?」

「噛みませんよ。お嬢様噛んだおかげで立派な牙が生えてきたらしいです」

「それはそれで嫌だわ……」


 そんな話をしているうちに、馬車は海沿いに建つ石造の巨塔……ダンジョンのすぐ近くまで着き。


「エリーゼ! ネロ!」


 先に着いていたヴィルジールやオスカー、ミカエル、アルフレッド先輩が待っていた。ひとつ、予想外だったのは。


「ネロ様っ!」


 太陽もといアンジェリカがドレスをはためかせながら駆け寄ってくる。その肩には水色の竜が乗っていて、この子もダンジョンに行くのかと目を見開いた。


「アンジェリカ様も来られたんですね」

「はい! ネロ様がいらっしゃると聞いたんですもの!」

「おいネロ! アンジェリカから離れろ!」


 私からアンジェリカを離そうと騒ぐアルフレッド先輩の肩にも、青い小竜が乗っている。それを呆れながら見ているオスカーの肩にも、揶揄うように笑ってるミカエルの頭にも、苦笑いしてるヴィルジールの肩にも。

 こうして見ると、この子達って本当に竜使いの卵なんだなあ……。しみじみしていると、オスカーから「ネロ」と声をかけられた。


「ダンジョンに行くのは単なる遊びではない。いいか、その昔はダンジョンは竜使いの修行として……」

「いや遊びでしょ! 兄さんってば堅苦しいよ!」

「なっ」

「そうそう、特にネロは竜を連れてないし、危ないところには近付けないようにするから。安心して楽しんでくれ」

「ヴィルジールまで……っ」

「オスカー。俺だって息抜きで来たつもりだ。お前もたまには肩の力を抜け!」

「……アルフレッドにそれを言われるとは……」

「どういう意味だ!」


 オスカーは皆にやいのやいの言われてばつが悪そうにしながらこほんと一つ咳をすると、ふと気付いたようにエリーゼの方を見た。


「……エリーゼ。その竜、口輪は?」

「あっ、は、外しましたの! いりませんもの、口輪なんて」


 まずい。小竜とはいえ、戦闘時以外で口輪を外した竜を従えられるのは竜使いの中でもトップクラスの実力者である証だ。そしてオスカーの竜には堅牢な口輪がついている。

 プライドの高いオスカーのことだ、またエリーゼにいらんこと……。


「……すごいな」


 私の心配をよそに、オスカーは素直にエリーゼを褒めた。


「いつの間にそんな実力を……」

「いっ、いえ、これは、その……」


 エリーゼは私に助けを求めるように視線を寄越したが、すぐにオスカーの方に向き直し。


「……っ公爵令嬢として当然の嗜みですわ!!」


 平然と自分の手柄にした。まあ、いいんですけどね……。


「よし、これで全員揃ったな。ダンジョンに入るぞ!」


 珍しくウキウキした様子のヴィルジールが言うと、浮かれた様子の子供たちは誰がやろうと言い出すわけでもなく「おーっ」と声を上げた。王族貴族っていってもここはまだまだ子供だな。遠足の引率みたいな気持ちで私も「おー」と声を上げる。


「どんな危険があるか分からないからな、俺が先を歩く! アルフレッド、来い!」

「ああ!」

「あっ、待ってくださいお兄様っ!」

「ネロは俺から離れるなよ。ま、何もないとは思うけどな」

「はい。お嬢様、足元気をつけて」

「ええ」

「エリーゼは大丈夫だよ。……ぼくがエスコートするから」

「ミカエル様にやってもらわなくても大丈夫です!! 私がするんで!!」

「ネロは竜も連れてないしヴィルジールに守っといてもらいなよ!!」

「ミカエル! ネロ! うるさいぞ!!」


 オスカーに怒られながらもダンジョンに足を踏み入れる。地下へ繋がる階段を降りていき、その空気感に思わず息を呑んだ。


「っわ……」


 暗い道を照らす松明。端々に彫られた竜の意匠。ファンタジーっぽい雰囲気にオタク心がくすぐられるが、それ以上に。


「……ヴィルジール様……ダンジョンって竜が出るんです?」

「え? いや、基本的には出ないよ」


 前を歩くヴィルジールが私の方を振り返って言う。


「昔は結構竜が住みついてたってダンジョンもあったらしいけど、そんなの観光に使えないだろ。だから基本的には機械とか、竜の遺体を使った魔道具とかで仕組みを作ってるんだ」

「ネロってばそんなことも知らないの? あはっ、本当にダンジョン行ったことないんだぁ!」

「ミカエル、煽るなよ」


 なるほど、たしかにこんな狭くて逃げ場もないところで竜と戦うなんて危険すぎる。でも。


「……そうなんですね」


 フレーメン反応を引き起こしそうな顔をなんとか引き締めて、みんなについて歩いていく。

 竜の遺体を利用した、っていうくらいだから、その気配なのかもしれない。そう自分に言い聞かせながら下へ下へ降りていくと、薄暗い小部屋にたどり着いた。

 壁には竜の絵、そして竜使いを模した人形が立っているばかりで、どこにも扉がない。しかし、向かいに。


「なんだ、この看板? こ、こわ……?」

「ああ、古代ドラグニア語だな」


 先頭で首を傾げるアルフレッド先輩に、ヴィルジールが助け舟をだした。


「文法が今の言葉とは違うんだ。昔の詩、みたいだけど……」

「なんて書いてるんですの?」

「──こわがりは前に出る」


 どうやらオスカーも読めるらしい。さすが王子……というか、オスカーが相当な勉強家だから読めてるんだろう。実際、ミカエルは首を傾げっぱなしだし。


「ひよりみ真ん中、わがままうしろ。愚かな船は、海をゆく」

「……何かの謎解きとかかな。この町自体が海に面してるし、言葉遊びとか」

「でも、そうしたらもっと部屋の中に手がかりがあったって……」


 エリーゼが最後まで言い切る、その前に。


「えっ」


 全員同時に、声を上げた。

 ──────突然、床が抜けたからである。


 身体が宙に浮いたような感覚に、下を見る。

 床はぽっかり穴が空いたようになっているが、その穴は仕切りで三つに分けられている。あ、なるほど、さっきのこわがりは前とかひよりみは真ん中とかってこういう……って考えとる場合か!!


「っう、わああああああああああああああ!?」


 パニクった悲鳴を上げた私とは裏腹に。


「っ、アルフレッド!!」

「分かってる!!」


 ヴィルジールの声に応えたアルフレッド先輩は、オスカーを庇うようにその体を掴み。


「っよし、アンジェリカとネロは任せろ!!」


 ヴィルジールもアンジェリカの身体を横抱きにした。そして、私の方にも手を伸ばしてくれたが。


「きゃああああああああああああッッ!?」


 もう互いが見えなくなった仕切りの向こうからエリーゼの悲鳴が聞こえて、はっとする。思考が身体に追いつくより先に、穴の仕切りを足場にして無理やり上へ跳ね上がり。


「っネロ!? おい、何して……っ!!」

「エリーゼ……っっ、お嬢様っ!!」


 一番後ろの穴──エリーゼとミカエルが落ちていった方に、頭から飛び込んで行った。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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