18.従者くん、かっこつける
騎士団長の娘・アンジェリカ=アズール。お助けキャラなこともあって、ネロどころかアルフレッド先輩以外との攻略対象との絡みはほとんどないはずのこのキャラがどうしてネロを好きになったのか、疑問は残るが。
「手綱は軽く引くだけで、ちゃんと伝わりますわ。お馬さんは繊細ですもの」
「こう、ですか?」
「そうそう、お上手ですわ!」
アンジェリカに好かれてると分かった以上、この状況を有効活用しない手段はない……!!
乗馬のやり方を教えたがるアルフレッド先輩を血涙流す気持ちで断って、アンジェリカに御指南を頼んだら戸惑いつつも快諾してくれた。
アンジェリカに言われた通り、手綱を軽く握って合図をすると、黒馬は林の木を器用に避けながら前に進む。
「そうそう、肘は身体から離さないで、手綱を開くようにするんです。そうしたらちゃんと曲がってくれるでしょ?」
「なるほど……もう少し力がいるものだと思ってました、手綱を握るって」
「お馬さんには優しく、というのが騎馬の基本ですもの。ネロ様はとってもお上手ですわ、初めてなんて思えないくらい!」
白馬に乗って並走しながら丁寧に教えてくれるアンジェリカの言葉の端々に、こちらへの好意のようなものが滲んでいる……ような気がする。
「いえ、アンジェリカ様の教え方がいいんですよ。ありがとうございます」
「……っそんな、わたくし、慣れてるだけですもの……」
だってちょっとにこっとしただけでこの赤面ぶりだもん! これは確実! 邪竜回避! 勝った!!
「おいネロ!! あまりアンジェリカに近付くな!!」
「そうよ!! 無礼なことはやめてちょうだい!!」
……後ろから追ってきている二人からは大反対されてるが。
「ネロ様はきっと騎馬の神様に愛されてるんですわ。その子、ずいぶん気難しいのにネロ様を見た途端に懐いてましたもの」
「ああ……寝床が馬小屋ですからね、仲間と思われたのかも」
「ふふっ、ネロ様って面白いんですのね!」
私を乗せた馬が、ぶるりと小さく震えるのを感じた。
……実際は、懐かれたというか脅かしているだけな気はする。
公爵家の馬だって、別に気性が穏やかな奴ばっかりじゃない。それでもネロが馬小屋を寝床に出来ているのは……竜だから。
「ネロ様?」
アンジェリカに名前を呼ばれて、はっと顔を上げた。
「あっ……すいません! 馬に乗る時は前をまっすぐ見て、でしたね」
「は、はい。何か考え事をしてらっしゃったみたいだから……」
アンジェリカは頬をますます赤らめる。
「そ、その……お兄様は騎馬訓練って仰ってますけど、本当はわたくしがネロ様とお話したくて、呼んでもらったんですの……!」
まっすぐ前を見つめたまま、額や首、耳まで真っ赤にしたアンジェリカが言葉を紡ぐ。その切羽詰まった声音に、心がちくりと痛んだ。
いや……アンジェリカが私を好きって言うなら、私がアンジェリカから愛をもらって邪竜化回避するのはお互いにお得な判断なんだから! しかもアルフレッド先輩の義弟にもなれて一石二鳥じゃん!
そう自分に言い聞かせるけど、大人としての倫理観とか良心の部分がちくちく刺されて仕方ない。もしかしなくても、これってめちゃくちゃ不誠実、だよな……。
「だ……だからネロ様、わたくしのことは是非、アンジェとお呼びいただいて……っ」
「いや……身分的にだめですよ」
「っ……そうですわよね、すみません、わたくしったら……」
……いや。
「……でも、いつかはそういう風に呼べる仲になったらいいなあって、私も思ってます」
「……ネロ様……!」
始まりがなんであろうが最終的にこっちもアンジェリカのことをちゃんと好きになればそれはちゃんと誠実!! 終わりよければ全てよし!! ここはちゃんとアンジェリカをその気にさせて邪竜化回避が最優先!!
「だから近いわよ!! 距離が!!」
「そうだぞ!! アンジェリカが穢れるから今すぐ離れろ!!」
私が全力でムード作りを頑張ってるっていうのに、エリーゼやアルフレッド先輩が後ろから怒鳴る勢いで文句を言ってくる。穢れるってなんですか穢れるって……。
アンジェリカの案内に従って林を抜けると、大きな湖のある陽だまりに辿り着く。アンジェリカ曰く、遠乗りの時はいつもここで馬を休ませるそうだ。
「風も出てきましたし、今日は軽く乗るだけですから、ここをゴールにいたしましょう。わたくし、パウンドケーキを作ってまいりましたの! みんなで食べましょう!」
そよ風に揺れる青い髪、陽だまりに照らされた純真すぎる笑顔。
本当にネロ……というか私の何がこの光属性の塊みたいな子に響いたのか分からない。まあ、乙女心っていうのは私が考えるより複雑なんだろう。そう結論づけながら馬を降りると、背筋を突き刺すような冷たい視線を感じた。
「お……お嬢様、なんですか……」
振り向くと、もうすでに馬を降りたエリーゼがじっとりと私を睨め付けている。え、本当に何?
「ずいぶん楽しそうだったわね?」
「そ……そりゃ、馬に乗るの初めてですし……」
「私には、馬に乗るっていうより……」
エリーゼはそこまで言うと、下唇を噛んだ後、ぷいっとよそを向いてしまった。
「ふん、やっぱり乗馬なんてつまらないわ! 食べたらさっさと帰るわよ!」
「ええ……勝手についてきといて……」
「ネロ様ーっ! 準備が出来ましたわ!」
敷布の上にサンドイッチを並べたアンジェリカが、アルフレッド先輩と一緒に待っている。不機嫌さを隠そうともせずのっしのっしと進むエリーゼを追うように、私も慌てて二人のもとへ向かった。
話せば話すほど、アンジェリカは。
「あの、わたくしパウンドケーキなんて初めて作りましたの。ばあやに手伝ってもらったけど、お口にあいましたか……?」
「えっ、初めてなんですか? すごい美味しいですよ! くるみが入ってるからかな、香ばしくていいですね」
「本当ですか? 嬉しい!」
アンジェリカは優しく可愛く、健気で無邪気……邪竜化回避する、という一点において、こんな理想的な相手はいないと思えるような女の子だった。
ごめんアンジェリカ、前世ではデータキャラ扱いして好感度聞く時しか話しかけなかったけど、もっと遊びに誘ったりしてればよかったね……まさかこんないい子だとは。
「美味くて当たり前だ! アンジェリカが俺のために丹精込めて作ったんだぞ!」
「おっ、お兄様のためじゃありませんわ!」
しかも可愛いお兄さんまでついてくる。アズール侯爵家お得セットじゃん、と思いながらまぐまぐとケーキを頬張っていると。
「……別に、ケーキくらい私だって作るわよ」
エリーゼが悪役令嬢らしからぬことを言い出した。
さっきからどうした? 拾い食いでもしたのか?
「無理ですよ。お嬢様、絶対火傷したとかクリームでドレスが汚れたとか騒ぐでしょ」
「そんなことしないわよ!!」
エリーゼが噛み付く勢いで反論してくるのを「はいはい」と流す。よっぽどむかついたのかエリーゼは「アンジェリカ様!」とがなるようにアンジェリカの方を向いた。
「作ったことはないけど、パウンドケーキくらい簡単なんでしょう!?」
「は、はい! ばあやから教わった我が家の伝統の味で……」
アンジェリカは困惑しつつもそう答えると、ふと思いついたように手を叩く。
「そうだ! よければエリーゼ様も今度一緒に作りませんか? とっても簡単なんですのよ!」
「えっ、私、その……」
おお、さすがアンジェリカ! あまりの光属性にあのエリーゼがたじろいでいる!
「きっとオスカー様に贈ったら喜ばれますわ! 素朴なお菓子ですけど、婚約者の手作りですもの!」
「で、でも……私、くるみ割り器なんて使ったことないもの……」
「……ほぇ? くるみ割り器なんて使わなくても割れますよ? 手でこう、持って」
「え?」
ああ、なんかマイナスドライバーで割るとかだっけ。でもそんなもんこの竜と魔法の異世界にあるわけないし、どうやって。
そんなことを考えいると、一際強い風がびゅうっと吹き抜けていった。
「……馬がそわついてるな。そろそろ戻った方がいい」
アルフレッド先輩の言葉に、アンジェリカもうんうんと頷く。馬の方を見ると、確かにどこか落ち着かずにあたりをきょろきょろと見渡していた。
「ご馳走様でした、アンジェリカ様」
片付けを手伝いながらそう言ってにこっと微笑んで見せると、アンジェリカがぽーっと顔を赤くする。
「い、いえ! お口に合って何よりですわ! その、今度は……うちの伝統のお菓子じゃなくて、ネロ様のお好きなものを、作りたいのですけれど……」
「私の好きなの?」
どうしよう、本当に好きなのはビールとかラーメンとかだけどこの世界にそんなもんはないしな。あ、スコーン。スコーンは好きかも、とか考えているとアルフレッド先輩から「早く帰るぞ」と怒られた。
「そ、そうですわね! 早く戻らないと、風が……」
アンジェリカがそう言いながら馬に乗ろうと、脚をかけた時。ざざっと木を揺らすほどに強い向かい風が吹いた。
「っきゃ!」
アンジェリカのドレスの裾がはためいて、馬の身体をするりと撫ぜる。その刺激に驚いたのだろう、馬は急に嘶くと。
「ひぁ、っ、あ、きゃあっっ!?」
前脚を上げて、上体を高く起こした。
バランスを崩したアンジェリカの身体が地面に投げ出されそうになる。
「アンジェリカ!!」
もう馬に乗ったアルフレッド先輩が手を伸ばすのと、ほぼ同時に。
「っ、アンジェリカ様っ!!」
落ちかけたアンジェリカの身体を、地面を滑り込むように受け止めた。
「ネロ……様っ……!」
危なかった、竜の身体能力がなかったら確実に間に合わなかった!!
心臓がばくばくするのを堪えながら、アンジェリカを横抱きにして立ち上がる。そしてまだ興奮冷めやらず前脚で地面を掻く馬から距離をとると、アルフレッド先輩が察したように馬を宥めに行ってくれた。さすが騎士団長の息子、判断が早い……!
「お怪我は? どこも打ってませんか?」
アンジェリカの体をおろして尋ねると、まだ状況の理解が落ち着いてないのかぱちくりと私を見つめている。とりあえず見た限り怪我がなさそうで安心したのも束の間。
「ネロ様……」
吸い込まれそうな深い真紅の瞳に、思わず息を呑む。
いや、アンジェリカが美少女なのは前世から分かりきってたけど、なんか、これは……。
「わ……わたくし……わたくしの、王子様……」
「へ?」
「ネロ様っ……!」
アンジェリカの腕が、私の背中に回る。
えっ、そんないきなり、もっと段階とか……!!
「わたくしと!! 結婚してくださいませーーーーーーーーーーーーッ!!」
「っへぎゃっ、あああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!?」
抱きしめられた瞬間、内臓が全部出たかと思った。骨がみしみし音を立て、美少女にハグされてるはずなのに大蛇に絞められてる幻覚に苛まれる。
「わたくしネロ様のことが好きなんですの!! まずはお友達からお願いいたしますわーーーーーーーーーッ!!」
「わかっ、ギブ!! ギブ!! アンジェリカ様!! ギブです!!」
えっ、何この力の強さ!? バグ!?
……いや、確かあった! アンジェリカが大岩運んでるスチルの怪力発覚イベント!! 発生率も低いしネタイベントだろってスルーしてたけど……!!
「ふ……アンジェリカには己より弱い男に気を許すなと言ってある……! その抱擁に耐えられないということはお前も所詮その程度の男だったということだ!!」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ!! うちの従者が死んじゃうわ!!」
薄れゆく意識で、しっかりと私は思った。
やっぱり私にはエリーゼルートしかない、と。
帰り際、アンジェリカからはめちゃくちゃ謝られた。
曰く、気持ちが昂ると力がうまくコントロールできないらしい。バーサーカーと違うんですから、と喉元まで出かかった。
「わ……わたくし、立派なレディになって、今度はもっとちゃんと結婚を申し込みますわ……!」
「させるか!! アンジェリカ、こいつだけはやめておけ!! お前に相応しくない!!」
「お兄様は黙っててくださいませ!!」
いや、アンジェリカ。ここはちゃんとお兄様の言うことを聞いてくれ。私の身の安全のためにも。
そんな気持ちを飲み込みつつ、私は苦笑いを返すことしか出来なかった。
帰りの馬車に揺られながら、深い深いため息をつく。すると、エリーゼがどこか嬉しそうに「災難だったわね」と言ってきた。
「まあ、自業自得だわ。アンジェリカ様に鼻の下伸ばしてたもの」
「伸ばしてませんよ……」
私が死にかけたのがよっぽど面白かったらしい。アズール侯爵家を出たあたりから、エリーゼはずっと上機嫌だった。
赤い夕日に照らされたドヤ顔に腹が立つが、私にはこの子を攻略するしか破滅回避のすべはない。エリーゼもアンジェリカと同じくらい反応がわかりやすかったらもうちょっと頑張りようもあるんだけどなあ……。
「そういえば、ケーキ。本当に作るんですか? アンジェリカ様は本気みたいですけど」
「そうね。あなたもあのパウンドケーキ気に入ってたみたいだし」
「……? 殿下に作るんでしょ? それならもっと甘さ控えめにした方がいいんじゃないですか」
エリーゼが固まる。そして、眉間にぎゅっと皺を寄せて私を睨め付けて。
「……そうよ、あなたのはついでよ!!」
なんでか怒ってそう言った。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




