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17.従者くん、モテる

 侯爵令嬢・アンジェリカ=アズールには夢があった。

 それは、素敵な王子様と自分の全てを変えるようなめくるめく恋をすること。

 素敵な王子様、といってもこの国の王太子であるオスカーやミカエルのことではない。王子様というのは概念であり、ロマンである。

 侯爵であり騎士団長の父を凌ぐくらい強く。

 兄・アルフレッドのように誇り高く。

 それでいて、少し陰りを帯びたミステリアスな雰囲気を持ち合わせた、素敵な人……そんなもの、物語の中にしかいない。そう、思っていた。


「お兄様……」


 とっぷりと夜も更けた頃。アンジェリカがおずおずと兄の部屋を訪ねると、親馬鹿ならぬ兄馬鹿のアルフレッドは「どうした!」と満面の笑みを向けてきた。


「眠れないのか? 久しぶりに子守唄を歌ってやるか? それとも本でも読んでやるか!」

「もう、お兄様ったら! わたくしもう子供じゃないんですのよ!」


 アンジェリカが頬を膨らませると、アルフレッドは「悪い悪い」と大して反省していない様子で言った。兄のこういう無邪気なところは美点だが、アンジェリカの理想の王子様にはもっとセクシーな陰があってほしい。

 そう、たとえば、あの人のような。


「その、お兄様にお願いがあって……」

「うん?」


 アンジェリカはもじもじと指先を擦り合わせながら、何度も何度も深呼吸を繰り返す。

 ただ兄にお願いするだけなのに、まるで愛の告白をするかのように胸がどきどきする。高鳴る胸の中心には、先日王宮で見かけたあの人の姿があった。


「……すの……」

「? アンジェリカ、もう一回……」

「ねっ、ネロ=シュヴァルツ様との仲を取り持っていただきたいんですの!!」


 アルフレッドは理解が追いつかず、ぱちくりと瞬きを繰り返した後。


「はああああああああああああ!?」


 怒りとも驚愕ともつかない大声を上げた。


「なっ、ね、ネロッ!? どうしたアンジェリカ、悪いものでも食ったんじゃないのか!!」

「違いますわ!! その、一目惚れですの!!」


 何日か前、王宮の訓練場で騎士団の鍛錬に励む兄を見に行った時に、その運命の出会いは巻き起こった。


「アルフレッド様、せっかくだから文通しませんか? 私めちゃくちゃ筆早いので毎日送りますよ」

「誰がするか!!」


 素振りをしながら、兄に妙な声掛けをしている少年……アンジェリカは一瞬で彼に目を奪われた。

 烏の濡れ羽色の髪。白磁のように滑らかな肌。すっと通った鼻筋。長い睫毛に縁取られた切れ長の目。その中心で煌めく、金色の瞳……。

 彼こそが、アンジェリカがずっと求めていた。


「わたくし、ネロ様に恋をしてしまいましたの!!」


 桃色に染まった頬を両手で覆う乙女の仕草。普段のアルフレッドなら妹のそんな様子を微笑ましく思ったり可愛い可愛いと絶賛するのだが、今回は、今回ばかりは。


「ぜっ……絶対にダメだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 アルフレッドの怒号が、侯爵家の屋敷を揺らした。







 もしかしたら私は、前世でものすごい徳を積んだのかもしれない。


「……え、アルフレッド様のおうちに、ですか……!?」

「……そうだ」


 騎士団の訓練の休憩中、アルフレッド先輩は水筒の水を飲みながらどこか忌々しげに言った。


「騎士道を学ぶんだろう……鍛錬は基本的に戦闘訓練で、騎馬に関する訓練はしないからな……俺の家で鍛え直してやろうと思って……」

「えっ、えっ、え〜〜〜〜〜ッッ!? 何着て行こおッ!」

「浮かれるな気色悪い!!」


 なんと、アルフレッド先輩からおうちにお呼ばれしてしまった!!

 私がきゃあきゃあ騒いでると、一緒に鍛錬に参加していたオスカーやエリーゼがなんだなんだと近付いてくる。邪魔をするな、と言いたい気持ちがあるが、それ以上に見てくださいよ私のこの幸せな姿を、という気持ちがある。


「どうした? ネロ。大声を出して……」

「殿下、聞いてください。私、アルフレッド様と仲良くなっちゃいました」

「なってない!!」


 照れ隠しも可愛いなあと思って顔を見たが、その褐色の頬に赤みなど一切なく、本当に嫌がられてるかもと思ってさすがに黙った。もう推しに嫌われたくないのだ。


「騎馬訓練のために家に呼んだだけだ! 誤解するな!」

「だってアルフレッド様からのお誘いだったので……」

「……ネロ。アルフレッドに騎馬を教わるのか」


 オスカーがなんだかじっとりとした目で私を見てくる。なんだよ! いいだろ別に!! 私だって推しに癒されたいんだよ!!


「……アルフレッドの騎馬の腕は目を見張るものがあるからな。馬を乗りこなしながら弓を当てられるのは、騎士団の中でもアルフレッドくらいだ」


 しかし、さすがは王子というべきか。徹底的な実力主義のもと、私がアルフレッド先輩から騎馬を教わるのをオスカーは認めた。いや、あんたの許可がなくたって行ってやるが。


「そういうわけだからエリーゼ、お前の従者を借りるぞ」

「構いませんわ。最近は使用人にも休暇をとらせないとうるさい時代ですもの」


 エリーゼはふん、と鼻を鳴らしながら言う。よし! これで正々堂々アルフレッド先輩の家にお邪魔できる! 好感度稼ぐぞ!!


「二人っきりの騎馬訓練なんて楽しみですねぇ……」

「その目をやめろ!! ……それに、二人、じゃない…………」


 二人じゃない? アルフレッド先輩が躊躇うように顔を逸らした後、意を決して私の方に顔を向ける。今しがたお家にお呼ばれしたってのに、その顔は憎しみに満ち溢れていた。え、なんで?


「アンジェリカが……ッ、お前と話してみたいと言っている……!!」


 ぶるぶる震えるアルフレッド先輩を前に、そういえばこの人は無骨な武人キャラであると同時にシスコンキャラでもあったなと思い出した。




 かくして、アルフレッド先輩の家にお呼ばれしたはいいが。


「……なんでお嬢様まで来るんです?」

「何よその顔は!! あなたがアズール侯爵の家で不躾をしないように私がわざわざ見張りにきてあげたんじゃない!!」


 なぜか、エリーゼまでもついてきていた。

 誘われた時は休日なら好きにしろってスタンスだったエリーゼだが、前日になって急に自分も行くと言い出したのだ。

 アルフレッド先輩の家の迎えの馬車に揺られながら、「せっかくアルフレッド先輩と騎馬訓練なのに」とぷつぷつ言っていたらエリーゼからぎろりと睨まれた。目つき怖。


「それに……その、アルフレッド様と二人きりなわけじゃないじゃない……」

「へ? あ、そういえば妹さんがいるって仰ってましたね」


 今回、アルフレッド先輩が私を呼び出したのは私と秘密の騎馬訓練♡ をしたかったわけではなく、妹のアンジェリカに頼まれたから……というのが主な理由らしかった。

 なんでも騎士団の訓練に参加してる私を見て、アンジェリカが話してみたいと言ってるとかなんとか……。原作でネロとアンジェリカってほぼ絡みなかったのに、何の風の吹き回しだろう。心当たりを探っていると、エリーゼが「ネロ」と少し思い詰めたように呼んできた。


「あなた、私にもたまに変なこと言うでしょう……」

「変なことって……褒めてるじゃないですか、いつもいつも。綺麗ですね、って」

「そういうのをアンジェリカ様にもするんじゃないかって、心配してあげてるのよ!」


 アンジェリカに、こういうのを。

 そう言われて、はっと気付く。


 その手があるじゃん!!


 悪役令嬢・エリーゼと違って、アンジェリカはプレイヤーが操作するヒロインの親友であり、占いで好感度やステータスアップアイテムの存在を教えてくれるお助けキャラだ。つまり、めちゃくちゃ優しくて穏やかで……エリーゼより性格がいい! そして何よりアルフレッド先輩の義弟ルートに入れる!


「ま、私も紳士の端くれみたいなものですから。失礼のないようにしますよ!」


 そう言ったらエリーゼが先のとんがった靴で力一杯蹴ってきた。なんで?




 アルフレッド先輩の家は王都の端にある。土地だけならスカーレット公爵家より大きいが、それは広い訓練場や馬の遠乗りが出来る林を敷地内に有してるから、と。


「林は竜の訓練にも使うがな。厩舎はこっちだ。行くぞ」


 私たちを出迎えたアルフレッド先輩について行って、馬達の住む厩舎まで向かう。

 見渡す限り訓練場、馬場、弓場……。さっき通り過ぎた侯爵家の屋敷は豪華というより堅牢そうな石造で、王宮とも公爵家とも違う雰囲気に飲まれるようにあちこち見ていると、エリーゼから「きょろきょろしないでちょうだい」と叱られた。


「みっともないわ! ちゃんと前を見て歩きなさい!」

「はいはい……」


 確かに、推しの家ということを差し引いてもあちこち見すぎた。前を向くと、こちらを振り返っているアルフレッド先輩とばちっと目が合う。えっ、なんだ? 私のこと好きなのか?


「……まさかエリーゼまでついてくるとはな。どういう風の吹き回しだ?」


 あ、なんだ、エリーゼに対する物珍しさか。


「別にっ……私の従者が失礼をしないか見張りに来ただけですわ」

「だから大丈夫ですって。ねえアルフレッド様」

「いや、ついてきてくれてよかった。そいつから目を離さず見張っていろ」

「アルフレッド様!?」

「特に、アンジェリカには必要以上に近付かないようにな……」


 アルフレッド先輩が忌々しげに私を睨む。いくら妹に近付く男が嫌だからってそんな顔しなくても……と思っていたが。


「お兄様! こちらですわ!」


 厩舎の前、私たちを待っていたアンジェリカが駆け寄ってくる。少し頬を染めた満面の笑みに、少ない恋愛経験で培った女の勘のようなものがびびっと痺れた。


「あ、あの、先日の夜会では緊張してしまって、ちゃんとご挨拶できなくて申し訳ありません。エリーゼ様……ネロ様」


 さらりとした薄布のドレスの裾を持って、アンジェリカが頭を下げる。慌ててこっちもそれに倣って、アンジェリカとほぼ同時に顔を上げると。


「……あ、あの、わたくし、ネロ様とお話してみたいと、思ってて……」


 ふわりとアンジェリカがはにかむ。その笑顔を見て、女の勘がいよいよ大当たりみたいな音を出し始めた。

 これは、もしかして──……。


「他所のご令嬢をそんなにじろじろ見るのは失礼よ!!」

「そうだ!! アンジェリカを視界に入れるなこの変態!!」

「何もしてないのに!?」


 エリーゼにもアルフレッド先輩にも止められたが、私の予想はもうほとんど確信に変わっていた。

 アンジェリカは、おそらく。


「みっ、見つめられてもわたくしは全然、その……だ、大丈夫ですわ……!」


 ネロのことが、好きなのだ。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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