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16.従者くん、誠意を示す


 私がいなくなった赤軍は、途端に崩れるかと思いきや。


「青軍の生き残りが13……で、赤軍が11か。ふむ、実力は拮抗していたな」


 意外と赤軍は善戦していた。

 私が一人で突っ走ってる後ろで、赤軍の騎士達はしっかり守りを固めていたのである。もちろん、私を成長させるため……なんて意図はない。私が誘い込まれたのを見て、瞬時に陣形を守りに強い型に変えたのだ。

 ピンキリのキリと思ってた人達だったが、ちゃんとした騎士だった。少なくとも、私よりはずっと。


 訓練場の端っこで体育座りをしたまま、休憩中の騎士達をぼーっと眺める。

 なんであそこであんなに熱くなっちゃったかな。というか、なんだか私らしくない。ムキになって、冷静さを欠いて、結局惨敗して。

 情けない。恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 そんな思いがぶわっと込み上げてきて、声にならない悲鳴をあげながら膝に顔を埋める。まるで発作のように身悶えていると、誰かが隣に腰を下ろした気配がした。

 どうせオスカーだろ、と思って顔を上げる、と。


「っあ、ぁあ、アルフレッド先輩ッッ!?」

「……前から思っていたが、お前のその先輩って呼び方はなんなんだ」


 推しが、ほとんど拳一個ぶんしか空いてないような距離にいた。

 いや、いやいやいやダメだろこれは!! 供給過多だ!! なんか分からんけどめちゃくちゃお金払わなきゃいけないような気がする!!

 混乱で「あー」とか「うー」とか喋れてない私をよそに、アルフレッド先輩は私をじっと見つめると。


「……すまなかった」


 静かな声で、そう言った。


「っへ……あ、殴られたことですか!? あれは全然気にしてないですよ、私も気絶させちゃったし!!」

「違う!! ……いや、それもあるが……あれは、八つ当たりだった……」


 アルフレッド先輩が唇を震わせる。


「……あの場でお前の行動が最善なのは分かっていても、俺は、俺が許せなかった……」


 悔しげに拳を握る姿を見て、ゲームで出会ったアルフレッド先輩を思い出す。

 本来のゲームのルート……あの場で竜に会ったのがギルバート団長とアルフレッド先輩だった、本来の世界線。そこでアルフレッド先輩は目の前で父親を殺されて、ずっと、ずっと、自分のせいだと思い悩んで、苦しんでいた。

 画面越しに見た時は悲しい過去がある男いいね、なんて軽く思ってたけど、いざ、その面影を目の前にすると。


「……私も……私が恥ずかしいです……」


 とても、軽く受け止めるような気持ちにはなれなかった。


「あの、私はすごく、その、周りを見下しちゃうというか……謙虚さがない性格なんですね」

「従者のくせにか」

「従者のくせにです……」


 アルフレッド先輩は貶すこともせず、「そうか」と続きを促した。


「……だから、今回はそういう……私の性格の嫌な部分が招いたところでもあるので……アルフレッド様には、謝らなくちゃいけません」


 体育座りだった姿勢を正座になおし、アルフレッド先輩に向かって手をつく。このゲーム中世ヨーロッパ風だから、この謝罪が正しいか分からないけど……今私にできるのはこれだけだ。


「……本当に、ごめんなさい……」


 私が頭を深々と下げると、アルフレッド先輩はぶっきらぼうに。


「別に、もう怒ってない」


 それだけ言った。


「それよりかなり強く殴ったはずだが鼻は無事なのか? お前、かなり頑丈なんだな」

「あっ、へへっ、それほどでも」

「褒めてない。だが、構えはめちゃくちゃだし周囲と連携がとれない未熟さがある。オスカーの言う通り、しごき甲斐のある奴だ」


 アルフレッド先輩はすっくと立ち上がると、自信に満ちた笑顔を私に向けた。午後の陽光も合わせて、眩しさに目が眩む。推し、なんて尊いんだ……。


「ネロ。これからも騎士団の鍛錬に顔を出せ。俺がしっかりお前に騎士道というものを叩き込んでやる!」

「えっ、二人っきりの個別指導♡ ってことですか、なんですかそれいいんですか」

「……やっぱりやめだ!!」

「あっ、あっ、うそうそ、お願いします! 騎士道やりたいです私!」


 アルフレッド先輩がけらけらと笑ってるのを見て、なるほど私は揶揄われたのだと初めて気付いた。







 エリーゼはスカーレット公爵令嬢でありながら、父親であるスカーレット公爵の自室へ近付いたことは数えるほどしかなかった。

 理由は単純。勝手に父の自室に入るのは禁じられていたし、大体入る時は嫌なことを言われる時だったからである。


「……お父様、失礼いたします」

「エリーゼか。入れ」


 そんなエリーゼがなぜ今晩、父の自室へ足を運んだのかというと。


「あの、お話というのは……」


 父から話がある、と呼び出されたからだった。

 これが家族の楽しい語らいでないことくらい、エリーゼにもちゃんと分かっている。そう覚悟を決めてきたはずなのに、いざ父を目の前にすると足が竦んだ。

 父は机の上にある書類に顔を向けたまま、エリーゼの方は一瞥もしない。いつものことだと自分に言い聞かせながら、エリーゼは胸が詰まるような思いを必死で飲み込んだ。


「……最近、オスカー殿下と共に図書室で読書をしたり、騎士団の訓練に参加しているようだな」

「っえ、ええ……将来の王妃として当然の嗜みだと、思いましたので……」

「いい傾向だ。続けるように」


 もう10歳になるのだ。父親の発言の意図なんて読めている。それでも心の奥底の部分がほめられているんじゃないかと喜んでしまうのが、情けなくて嫌で仕方なかった。


「それで、本題だ。ネロのことだが」


 エリーゼの表情が一気に強張る。

 先日の竜討伐作戦では武勲を立てられなかった。それどころかネロの方が正確に竜の情報を伝え、全員が生存するための一助になっていた。このままでは、本当にネロに。

 はっ、はっ、と浅くなる呼吸を抑えるように、ドレスの裾を強く掴む。動揺を見せるな。子供っぽく振る舞えば、それこそ父から失望されてしまう。

 しかし、父の次の言葉は。


「……ネロから、出身や、家族のことでもなんでもいい。何か聞いていないか」


 予想を大きく外れたそれに、エリーゼは「えっ」と間の抜けた声を上げる。


「ね、ネロの生まれなんて、どうして……」

「あれの出自が掴めない。貧民の生まれというならまだしも、周辺諸国と関係があったりしてみろ。スカーレットは密偵を国に招き入れた罪で全員首が飛ぶぞ」


 厳しさの中に確かな焦りを含んだ父の声に、エリーゼは恐怖心よりも困惑を覚えた。父の態度にではない。ネロにである。

 ネロは数年前、奴隷商から父が買ってきた子供だ。竜使いの才能があるからと買ってきて、実際に竜を使わせてやったがうまく扱えず、ネロは養子予定から従者に堕ちた。

 その時から今まで、ネロの出自なんか気にしたことは一度も……いや。


 ネロと一緒に、城下町で迷子になった日のことを思い出す。


 竜と話すネロを見て、エリーゼはネロがどこから来て、どうやって生きてきたのか、初めて疑問に思った。しかし。


『すみませ……すぐ、すぐに、泣き止みます、から』


 ネロが必死で涙を拭う姿を思い出す。

 あんな顔を見ると、知りたいなんて気持ちは静かに波を引いて。


「……聞いてませんわ」


 声は震えていないだろうか。視線は揺れてないだろうか。

 公爵の方をまっすぐ見つめてエリーゼがそう言うと、公爵はため息混じりに「そうか」と答えた。


「……ネロを養子にするという話は、一旦白紙にする。いいか、エリーゼ。スカーレット家の今後はお前の働きに左右される。くれぐれも殿下の機嫌を損ねるなよ」


 公爵はそれだけ言い切ると、出ていけと言わんばかりに顎で扉を指した。エリーゼは慌てて礼をして、逃げるように父親の部屋を出る。

 人脈の広い父のことだ。あらゆる伝手を辿ってネロのことを調べたのだろう。しかし、それでもネロの情報が何も出てこないということは。


「……一体、どこから来たのよ……」


 呟いた声は、夜の廊下に溶けて消えた。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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