15.従者くん、騎士道を学ぶ
王家の訓練場……王国騎士団達の鍛錬に混じって、模擬刀を握ったまま目を閉じる。オスカー曰く、剣を振るう前の精神統一は剣術および騎士道の基本のき、らしい。
目を閉じて、深呼吸をして、己の未熟さと向き合う。
思い返してみれば、たしかに私は人を舐めてる節があった。邪竜であるネロになったからじゃない。昔からの癖だ。
なまじ皆より成績がよかったから。皆より先生からの評価がよかったから。皆よりどこか冷めた目で過ごしていたから……思い出せば思い出すほど。
「アァッッ!! こっ……殺して!!」
「ネロ!? どうした!?」
「兄さん、気にしなくていいよ。最近たまにああなるの。発作なんでしょ」
羞恥心に顔を覆う私に、ミカエルが冷たく言い放った。
「それならいいが……精神統一中に邪念に囚われるな! もう一回だ!」
「は……はい……」
オスカーに言われるがまま、剣を握り直した。
先日のクロケー遊びの時に、アルフレッド先輩……というか周りの人たちに相当失礼だったんだな〜と自覚した私は、とにかくアルフレッド先輩に謝らなければと思った。
思い立ったが吉日、とっととアルフレッド先輩の家に訪問して土下座をかまそうと思ったがそれはオスカーに止められた。
「アルフレッドに誠意を示すには、まず騎士道がなんたるかを理解しろ」
「き……騎士道……ですか」
「そうだ」
確かに、アルフレッド先輩は騎士としての教育を受けてきた人だ。騎士道も分かってない人に適当に謝られたって逆に煽る結果になるかもしれない……。
そう思い、オスカーに勧められるがまま王国騎士団の鍛錬に参加している、のだが。
「やはり剣術の面ではお前はまだまだだな。姿勢もなってないし、握りも甘い」
オスカーのドヤ顔を見ると、なんだか上手くのせられただけのような気がしてならなかった。
しかし、実際私よりオスカーの方がアルフレッド先輩に対する解釈が深いのも事実。ここは素直に従うことが自分のためでもあるような気がするし、ちゃんと学ぼうじゃないか。騎士道ってやつを!
「……それにしても、ミカエルまでちゃんと続いているとはな……。お前、鍛錬はなにかと理由をつけてサボるだろう」
オスカーの視線は私から、第二王子のミカエルの方に移された。
オスカーが私を騎士団の鍛錬に誘った時、この子も一緒に参加したいと言い出したのだ。理由はおそらく。
「別に、ネロが来るんなら面白そうと思っただけだし」
ミカエルがちら、と騎士団の団員……女騎士達が集まっている方に目を向ける。そこにいる銀髪の美少女……エリーゼの方を見つめる視線に、思わず。
「それは精神統一できてないでしょ!! 人ん家のお嬢様をじろじろ見るのはやめてください!!」
「っは、はぁッッ!? 見てないし!!」
「おい、訓練場であまり騒ぐな」
……ミカエルは、多分、というか絶対エリーゼ目当てに参加しているのだ。
そもそもなんで公爵令嬢たるエリーゼまで騎士団の訓練なんかにやって来ているのか。エリーゼもエリーゼで、おそらくオスカー目当てなのだ。オスカーが私を誘ったもんだから、じゃあ私も、という感じでついてきた。
それなのに男女じゃ訓練内容が違うから、と別れさせられ、エリーゼは女騎士に囲まれて素振りを繰り返している。いつものエリーゼなら不貞腐れそうなものだが。
「エリーゼ様! 腕だけで振ってはいけません! もっと体全体を使って!」
「っは、はい!!」
エリーゼは意外にも真面目に鍛錬に取り組んでいた。
オスカーにいいところを見せたい乙女心というやつか、はたまた別の理由か。まあ、なんにせよ真面目にやるのはいいことだ。
「……ネロだってずっとエリーゼ見てるじゃん」
「っは!? 見てませんけど!?」
「だから訓練場で騒ぐな!!」
オスカーに怒られて、ようやく私もミカエルも黙った。
「……分かったならいい。ほら、ネロ。剣を握りなおせ」
「……はい……でもこんなちんたらやってて本当に騎士道なんか分かるんですかね」
「そんなのこっちが聞きたいよ。ぼくだって小さい頃からやってるけど、騎士道っていまいちよくわかってないもん」
「ミカエルは鍛錬をサボっているからだろう」
そういうオスカーは騎士道とはなんたるか理解してるのか、と聞きたくなったがやめた。きっとこの子なりにちゃんと噛み砕いて飲み込んでる、そんな気がしたからだ。
「そんなこと言ったら最近はアルフレッドだって鍛錬サボってるじゃん。竜の討伐に失敗したあたりからだっけ」
「ミカエル」
「あ、今ネロこの話題がダメなんだっけ。ごめんって」
オスカーに咎められたミカエルは、一気にしょげた私に向かって何の悪気もなさそうに謝った。いやほんと、そういう無神経なところ……ッ!!
いや、いや、落ち込んでる場合ではない。私は騎士道とは何たるかっていうのを早いところ理解って、アルフレッド先輩に誠意を見せなきゃならないのだ。
オスカーに言われた通りの握り方で、素振りを始める。すると。
「基礎訓練終わり! 全員集合!」
副団長の号令により、出鼻をくじかれた。
号令に従って、訓練場の中心に整列する。まだまだ子供の体格の私達は大体前に配置され、そこはいつもアルフレッド先輩の父親……ギルバート団長の姿がよく見えた。
いつも通り団長のありがたいお話を聞こうと、顔を上げた時である。
「アルッ……!?」
思わず出かけた大きな声を、口を覆って堪える。
「よし、全員揃っているな」
ギルバート団長と……アルフレッド先輩が来ている!!
ギルバート団長の隣に気まずそうに立つアルフレッド先輩は、一番前に立つ私達の姿を見つけるとぷい、と顔を逸らしてしまった。ああ……まだしっかり嫌われてるんだなあ……。
「今日は庭園の訓練用区画で小隊戦訓練を行う! 今から皆にはくじを引いて二つの小隊に分かれてもらい……」
団長の説明が全く頭に入らない。せっかく会えたんだから、せめて一言謝りたい。でも騎士道のきの字も分かってないような状態で謝っても失礼だろうし、どうしたら。
色々考えあぐねているうちに、団長の話は終わり、とんとん拍子に諸々が決まり。
「ネロ、お前はどっちのチームになった?」
「あ……私は赤軍でしたね」
「ふむ……俺は青軍だから敵同士ということになるな」
「えっ、兄さんも? ぼくも青軍」
「私も青でしたわ! オスカー様、よろしくお願いします!」
「アルフレッドも青軍と聞いた。……ネロ、お前運がないな?」
「……そ、それは本当にそうかも……」
気付けば、私対他全員、みたいなチーム分けになっていた。
誰とも同じチームじゃないっていうのは心細いけど、アルフレッド先輩と同じチームだったらそれはそれは気まずいだろうし、ある意味結果オーライだったかもしれない。
今の私に出来ることは、この騎士団の訓練を通して騎士道が何たるかをなんとなくでも分かること。それに集中するためにも、今は一人の方がきっといいのだ。
私がとぼとぼと自軍の集まってる方へ向かおうとすると、オスカーから「ネロ」と声をかけられる。
「模擬戦はしっかり剣術の作法にそって行われる。背後からの不意打ちは禁止だし、正面交戦が基本になるのは分かっているな?」
「は、はあ……殿下から教わりましたからね」
「ならいい」
オスカーがふ、と微笑む。何か企んでいるようなその笑顔に、私は首を傾げつつも会釈することしかできなかった。
王国、そして王家を守る騎士団……なんていっても、ピンからキリまでいるものだ。そして、私が振り当てられた赤軍は。
「お前がネロだろ!? オスカー殿下のお気に入りだっていう」
「いや〜、話に聞いてたより細いし小さいんだな!」
「ま、模擬戦なんて適当なもんだから! 気楽にやろうぜ、気楽に」
「はあ……」
……割とキリの人達の集まりだった……。
青軍の方をちらっと見る。あっちは綺麗に整列して作戦会議をしてるってのに、こっちは地べたにだらんと座って、ただそれっぽく訓練区画の地図を広げてるだけ。
い……いいのかこれ!? これで大丈夫なのか王国騎士団!
「いや〜、早く訓練なんて終わらせて酒飲みに行きてえなあ」
本当に大丈夫か王国騎士団!!
「え、えっと、陣形とかはどうすれば……」
「ああ、鱗陣でいいよ。お前、オスカー殿下に認められるくらい強いんだろう。大人は俺たちが相手するから、お前がお子様を全員相手してくれ」
「えっ、私前衛に行くんですか!? 騎士団の鍛錬今日で四回目くらいなんですけど!?」
「あーあー、大丈夫大丈夫。王族貴族の跡取りっていったって所詮子供だろ? お前が倒せなくても俺たちがなんとかするから」
なんとかするって……なんとかなるのか!? 本当に!?
だら〜っと座る騎士団の人々を前に、ダメだこいつら早く何とかしないとという気持ちがむくむくと湧いてくる、が。
……いや、こういう何とかしてあげなきゃ、みたいなところがよくないんじゃない?
「……分かりました、精一杯がんばります!」
「お、さすが公爵令嬢の従者、よく躾けられてるな〜」
こんなに謙虚になったのはほんとここ数日だなんて言えるわけもなかった。
鱗陣というのは、兵法の中でも基礎の基礎みたいな陣形らしい。魚の鱗みたいに扇形に広がって、先頭には精鋭数人を配置。後ろにはそれを後押しする後衛をつけて進軍するのだ、とはオスカーから教わったことである。
「総員、進撃ーーーーーーーッ!!」
「おーーーーーーーーーーッッ!!」
「おっ、おおーーーーっ!」
まさか自分がその先頭数人になるなんて、夢にも思わなかったわけだが。
今回は馬や竜を使わない白刃戦。オスカーやミカエルとやった時と同じく、相手の身体に剣を当てていき、時間内に生き残りが多い軍が勝ち。だから。
「そこッ!」
「っわ、ぁッッ!?」
身体能力が高すぎて、大体の攻撃は当たる前に避けられる私……というかネロにとっては、結構得意分野な気がしていた。
大人達の攻撃を避けながら、青軍赤軍入り混じる訓練区画を走り回る。目当てはオスカーやミカエル、とにかく王族貴族のお子様達だ。
だけどこの訓練区画、至る所に植え込みだの石壁だのがあって視界が悪い。ジャンプして飛び越えられないことはないが、基本的に剣術で大ジャンプは禁止らしいから、ひたすら走ってオスカー達を探すしかない。
「いたっ、黒髪のガキだ! そっちに行ったぞ!」
「回れ、回れ!!」
なんだか妙に青軍の面々が私の動向を気にしているような気がするが、大方オスカーが「ネロには気をつけろ」みたいなことを言ったんだろう。
実際、赤軍で気をつけるべきなのは私しかいないんじゃないかと思う。
「っぐ、ぁッッ!!」
「はい、私の勝ちッ!!」
だって、他の赤軍の人達は割と負けまくってる中で、私だけはちゃんと青軍の人に勝ちながら進んでるし。
大人はなんとかしてやる……みたいなこと言ってたけど、この調子なら大人もみんな、私がなんとかした方が早いかもしれない。そう思いながら、敵味方かき分けて区画を進んでいくと。
「ネロっ! こっちだよ!!」
石壁の裏から、急にミカエルが飛び出してきた。
びっくりした!! びっくりしたけど、飛んで火に入る夏の虫ってやつである。
「っ、ミカエル様! 歯ァ食いしばってください!」
「もお、物騒なんだからっ!」
私が剣を振り下ろすと、ミカエルがそれを自分の剣で受け止める。力押しする前にするりと刀身をいなされて、かんっ、という軽い音と共に互いの剣が離れた。
ミカエルがその時に一歩退いたのを見て、吸い込まれるように次の攻撃、次の攻撃と剣を振る。だけど、どの攻撃も上手く流されて、私の剣は一向にミカエルの体に当たらなかった。
「あはっ、やっぱネロってルールあるとダメなんだ! 全然弱いじゃん!」
「っ、まだ不慣れなだけですよ!!」
「手加減してあげたいけど、嫌いでしょ? 手加減されるの!」
いつか自分が言った煽りをそのまんま返されて、恥ずかしいやらムカつくやらでどんどん顔が熱くなる。
ここでめちゃくちゃに跳んでやれば勝てる。ここで足払いしてやれば勝てる。思い浮かぶ必勝法はなんだかどれも騎士道に反してる気がして、でもそうしないと勝てないような焦燥感が胸を襲って、だんだん呼吸が浅くなる。
騎士道ほんとわかんない、こんなんで本当にアルフレッド先輩の気持ち分かるの!? 大体こんなもん、勝てばいいんだから剣術だの作法だのってどうだって……。
そう、思いかけた時である。
「ミカエル、よくやった」
オスカーの声が、背後から聞こえた。
はっとして振り返ると、背後にはオスカーが立っている。……いや、オスカーだけじゃない。
「さすがですわ、オスカー様っ! ネロ、あなたもまだまだ未熟ということね!」
「ふん……鍛錬を始めて間もないにしては、健闘した方だな」
左を見るとエリーゼが、右を見るとアルフレッド先輩が立っている。
四面楚歌、という言葉が脳内をぐるぐる駆け巡り、ようやく私は。
「……全部、みんなの作戦だったんですか!?」
自分こそが飛んで火に入る夏の虫であることに気がついた。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




