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14.従者くん、自覚する


 アルフレッド先輩に殴られた……。


 界隈によってはご褒美なのかもしれないが、あいにく私はそんなハードな性癖は持ち合わせていない。

 アルフレッド先輩には嫌われたくない。出来れば好かれたい。出来れば仲良くなって二人きりで遊んだり勉強したりあれやこれや……。


「はぁ……」

「ネロ、勉強中にこれ見よがしにため息をつくな」


 公爵家の図書室。例によってオスカーとエリーゼに巻き込まれて勉強会に付き合わされていた私は、これまた例によってオスカーの趣味に付き合わされ……もとい、オスカーに兵法やら帝王学やらを習っていた。

 とはいえ、オスカーも完璧というわけではない。


「まったく、集中しろ。ここで指揮官がとるべき行動は……む」


 オスカーは難しい顔をすると、近くの席で工学の論文を読んでいるヴィルジールに「ヴィルジール」と声をかける。ヴィルジールは眼鏡の位置をなおすと、「はいはい、どうした」と私達の席の方へ来てくれた。


「この本、間違っているんじゃないか? ラステリ共和国の首都の地形はこうじゃなかったと思うが」

「ああ、それ書かれたのがラステリ共和国が独立する前だからな。前の首都はこうだったんだよ」

「なるほど……ネロ、指導を続けるぞ」


 オスカーが私の方に向き直す。「はい」としっかり返事をしようとしたが、口から出たのは。


「はぁい……」


 そんな今にも萎れそうなしょぼくれた返事だった。


「……エリーゼ、ネロはどうした」

「先日アルフレッド様がいらしてからずっとその調子ですの。わけを聞いてもだんまりですのよ」


 エリーゼは読んでいたマナーブックから顔を上げて、私の方を訝しげに見る。

 最近様子のおかしかったエリーゼだったが、ここ数日はちょっと持ち直していつものエリーゼに戻ってきた。何か大きなきっかけがあった、というよりは。


「ネロ! オスカー様の前で不躾な真似はやめてちょうだい!」

「ひゃい……」

「……重症だな……」


 ……私の方が様子がおかしくなったので反比例したというべきか……。


「ま……まあ、ネロにも元気ない時くらいあるだろ。今日はもう無理して勉強しなくても……」

「そうですね……私も仕事が忙しいですし、今日はこの辺でお開きにしましょう」


 嘘である。本当は今日の仕事は大体終わってるし、オスカー達が来たら私の仕事は主に皆の接待をすること、と建前上決まってる。

 でも今日はもうMPがゼロ! こんな心持ちで接待なんて出来るわけない!!

 ヴィルジールの助け舟に乗る形で、椅子から立ち上がる。いつもなら文句を言いそうなオスカーやエリーゼも、さすがに私があまりにも沈んでいるのを見てか、何も言わないまま本を閉じた。

 こればっかりは時間薬だ。たっぷり落ち込んで、仕事に打ち込んで、時間が悲しみを溶かしてくれるのを待つしかない。自分に言い聞かせながら本を片付けていると。


「……ネロ、お開きにするなんて俺は言ってないぞ?」


 ヴィルジールの少し意地悪さを含んだ声に、顔を上げる。


「勉強は終わりだ。今日は、ぱーっと遊ぼう」


 に、と目を細める悪戯っぽい笑顔に、女好きの遊び人──前世で攻略対象として出会ったヴィルジールの面影を見た。




「クロケー、って、私やったことないんですけど……」

「ま、ルールは簡単だから。分からなかったらオスカーに聞けよ」


 ヴィルジールから木槌を受け取り、庭園に設置されたフープを見る。

 抜けるような青空、呑気に鳴く鳥の声。


「クロケーなんて久々だな……昔はよくミカエルとやったが」

「私も久々ですわ! それで、チームわけはどうしますの?」


 オスカーやエリーゼの、どこか浮き足だった楽しそうな雰囲気……。

 なんだか落ち込んでるのが馬鹿みたいに思えてきたが、それだけで完全復活できるほど単純明快な性格でもない。

 困惑を引きずったまま突っ立っていると、ヴィルジールから「じゃあネロとオスカーでチームにしよう」と提案された。


「その方がルールが分からなくても聞きやすいだろ」

「だっ、駄目ですわよ!! ネロは絶対オスカー様の足を引っ張りますわ!」

「エリーゼ、俺が足を引っ張られた程度で負けるなんて思ってるのか?」


 あっ、私が足を引っ張ることは確定なんですね……。まあルールも分からないし仕方ないけど。

 エリーゼはぐぬぬと下唇を噛むと、ヴィルジールの方を向き直して「よろしくお願いします」と不服そうな態度を隠さずに言った。

 えーと、さっきヴィルジールから聞いたルール通りいくと、こっちが青い球持ってるからこっちが先行なんだよね。それで、あのフープに通るように球を転がしたらいいわけで。

 頭の中でルールを反芻していると、オスカーが「ネロ」と声をかけてくる。


「お前は初めてなんだろう。とりあえず打ってみろ」

「えっ……お手本ないのにですか?」

「ああ。綺麗に木槌が球に当たると気持ちいいぞ」


 ……まあ、ルール聞く限り簡単そうだし、ゴルフみたいなもんだろう。ゴルフってゲームでしかやったことないけど……私はまだしも、ネロの運動神経なら、さくっと勝てたりするんじゃないか?

 

「分かりました……打ってみます」

「よし」


 スタートラインに球を置く。そして、木槌で狙いを定めて、振りかぶって……。


「っやぁッッ!!」


 変な声を出して、盛大に空振りした。

 理解が追いついていない沈黙の後、微動だにしていない球を見て、一気に顔に熱がのぼっていく。


「……っ、ふ、ふふ……っ」


 オスカーの笑い声に振り返る。オスカーどころか、全員肩を震わせていた。


「……悪い悪い……ちゃんと教えてやる」


 オスカーがまだ笑いのおさまっていない声でそう言うのに、一瞬テメェッという気持ちになったけど。


「……よろしくお願いします……」


 私は球技全般ド下手だった前世の記憶を思い出し、泣く泣くオスカーのご指導を受ける羽目になった。




「す……すみません殿下……もっとやれると思ってたんですが……!!」

「はは、最後はちゃんとフープに通せていたからな。上達の余地はあるということだ。次の活躍で許してやる」


 クロケー勝負は私とオスカーのチームの惨敗に終わった。

 私が下手すぎるのもあるけど、単純に。


「しかし、まさかエリーゼがあんなにクロケー上手いとはなあ……」

「ふん、これくらい淑女として当然の嗜みですわ!」


 エリーゼがとんでもなく上手すぎた。

 ヴィルジールもオスカーも決して下手ではないし、多分きっと上手い方なんだろう。それでもそれが霞むくらい、エリーゼはクロケーの達人だったのだ。

 前世を思い出す前のネロの記憶を辿ると、確かにエリーゼにはクロケーに明け暮れていたような時期があったように思う。淑女教育、というよりは一人遊びの延長のようなものだったけど……。

 どうせ私が無双するだろなんて思っていただけに恥ずかしい。穴があったら入りたいような気持ちだけど、身体を動かした成果というべきか、不思議と少しだけ気持ちがすっきりしていた。

 なるほど、もやもやしたらランニングする、なんて言ってる人はこういうわけか……と現実逃避をしていると。


「それで、ネロ。少しは元気出たか?」


 ヴィルジールによって現実に引き戻された。


「ま……まあ……ありがとうございます、お気遣い頂いて」

「分かってるなら早くいつも通りに戻りなさい、あなたがそんなだと私まで調子が狂うのよ!」

「エリーゼが言えた話ではないが……ネロ、確かに最近のお前は少し変だったぞ。何があった? 話してみろ」

「オスカー……だからそういうのはネロが言えるようになるまで待てって……」


 疲れてるからなのか、推しに嫌われたショックからか、クロケーで全然活躍出来なかった悔しさからか、はたまたもっと別の理由なのか。私は。


「……その、実は……」


 ぽつりぽつりと、アルフレッド先輩との一件を話し始めた。


 もちろん竜と話してどうこう、というのは伏せた。打ち明けたのは、竜と遭遇してアルフレッド先輩を気絶させたこと。気絶させたのは悪いと思ったけど、あの場でアルフレッド先輩を止めないと全滅の危険もあったこと。アルフレッド先輩も当然それを分かってるだろうから、きっとお礼を言いに来てくれると期待したこと……。

 考えれば考えるほどなんで殴られたのか意味が分からない。好感度上がるイベントのはずだったのに、なんでこんな……。


「それは殴られて当然だろう」


 しかしオスカーは私が分からなかったアルフレッド先輩の気持ちを一発で察することができたらしかった。お……オスカーのくせに!?


「なっ……殴られて当然って、そりゃ私もこう、頭をがんってやっちゃったから仕返しとしては正当かもしれないですけど、私は……」

「そうじゃない、お前が傷つけたのは身体じゃなくて誇りだ!!」


 オスカーが厳しく私を睨め付けた。いつもならはいはいと流せるのに、なぜか気迫に背筋が伸びる。


「いいか、アルフレッドは逃げずに戦うことを選んだ。それをお前が勝手に逃げるように仕向けて、あまつさえアルフレッドのためだなんて言っている。こんなに誇りを汚すことがあるか!」

「っで、でも、ああでもしないとみんな死んでたかもしれないし」

「……それは、結果論よ」


 エリーゼがいつになく冷たく、そして重たい表情を私に向ける。


「……あの日のアルフレッド様は騎士団長であるお父様に勇姿を見せたいという思いもあったはずよ。大体あなたが勝手にはぐれたりしなきゃあんな竜に遭遇することもなかったのよ!!」

「っな、だから一人で行くって言ったじゃないですか!! それなのにお嬢様とアルフレッド様が勝手についてきたんでしょ!!」

「それはあなたが白々しい嘘ついてたから!!」

「おいおい、ネロもエリーゼも落ち着けよ」


 ヴィルジールに止められてはっとする。大人気ない、子供にムキになって本気で言い返してしまった……!

 情けなさに俯くと、からからと笑うヴィルジールから背中を叩かれた。


「ネロ、お前のこと、なんか誤解してたよ。案外お前普通なんだなあ」

「ふ……普通、ですか?」

「うん。普通だ、普通。いいところもあるし、悪いところもあるな」


 11歳の子供に何か好き勝手言われている……。だけど、なんでか反論できないのは、実際自分が今子供みたいにムキになってるからだった。


「お前は頭もいいし要領も悪くないけど、だから周りが馬鹿に見えるんだろうなあ」

「っへ、そ、そんなこと……」


 ない……ないだろうか、本当に。

 なぜか頭の中では前世の記憶、お母さんから大説教を受けた時の記憶が反響していた。


『冷静なのはあんたのいいところだけど、いつでも自分が一番冷静だなんて思っちゃダメよ!』


 反抗期だったこともありその時はいやあんたよりは冷静だわなんて返しちゃったが、じわじわと今、この竜だの貴族だのの乙女ゲーム世界にやってきた今。


「……わ、私って……結構上から目線ですか?」

「ま、そういうことになるな?」


 ボディブローのように、しっかり効いてきた。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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