13.従者くん、驕る
「本当によかったんですか? 殿下……」
「何がだ?」
オスカーは私とエリーゼの方を振り返り、なんでもないようにそう言った。
わざわざ王宮に呼び出してきたのだ。きっとその話に違いないと思っていたのに、何も気にしていないような声音に拍子抜けする。
「何が、って……あれですよ」
バルコニーから見える森は、昼下がりの呑気な陽光を浴びてなおどこか不気味な空気を放っていた。
あれは、竜が住まう森……ネロの祖父であるあの竜と、私が出会った森である。
その方角を見つめる私を見て、オスカーは「ああ」と納得したように同じ方向に目を向ける。
「王家があの土地を守り続けていたことにはきっと意味があった。男爵家が買い取るのも、本当は止めるべきだったんだ」
「それに」とオスカーは続けながら、顔を私達の方に向け直した。
「ネロがそうしろというくらいだ。何かあるんだろう」
何か……うん、確実に何かはあるけども。しかし、まさか、あの説明で、本当に。
「……男爵家からあの森、買い戻しちゃうなんて……」
先日の竜討伐は失敗に終わった。というか、失敗に終わらせた。
竜が飛び去った後、私はすぐに狼煙をあげて騎士団達を呼び出した。二人抱えて帰ることも出来なくはなかったけど、その間にあの竜の気が変わって襲いかかってきたら……まったく敵う気がしなかったのだ。
「アル! エリーゼ様……っ、ネロ! これは一体どういうことだ!?」
幸い、騎士団長達はすぐ来てくれた。気絶してる二人を見て、まずは私に疑うような視線を向ける。まあ身分的に当たり前である。ここは変に言い訳をするのもよくない……というより、うまい言い訳がまったく思い浮かばなかった。
「りゅ……竜が……お屋敷くらい、大きな竜が、でたんです……」
騎士団の面々は最初は私の嘘か妄想かと思ったみたいだが、月明かりに照らされた地面、そこに残る足跡が何よりの証拠だった。
「……それほど大きな竜が、この森に……」
竜を捜索して討伐へ、という声もあったが、騎士団長がそれを制した。
「竜との戦いで我々も消耗している。それほどに大きい竜なら先祖帰りしている可能性も高い。火でも吹かれたら手に負えんぞ」
騎士団の人達はみんな、傷だらけだった。森に潜む竜達に襲われたのだ。でも、誰も死んでいなかった。
かくして私は、アルフレッド先輩のトラウマイベントを回避したのである。
あと残る問題はあの竜が私に出した「誰もあの森に入らせるな」という条件をどうやって満たすか……だったが。
「お前がそう言うのなら、俺から父上に進言してあの森を禁域と定めよう」
オスカーのおかげで、これはすんなり上手くいってしまった。
まあ、アルフレッド先輩とエリーゼが一瞬しか見てない竜の姿を「王宮くらい大きかった」とか「火を吹いてた」とかあることないことめちゃくちゃ言った、というのも大きい。
君子危うきに近寄らず。ドラグニア王国は、あの森そのものを危険な禁域として目を背けていくことに決めたのだった。
まあ、不安がないといったら嘘になるけども……何はともあれ、騎士団長は生還し、アルフレッド先輩の笑顔は守られた。終わりよければ全てよし、めでたしめでたしというやつである。
「オスカー様っ!! 私、次の討伐にも参加いたしますわ! あの竜の姿を見たのは私とアルフレッド様とネロだけですもの!!」
……エリーゼがなぜか竜討伐にノリノリなことを除いては。
「お嬢様……何度も言ったじゃないですか……あんな竜に人は敵いません! 関わり合いにならないのが一番です!」
「そんなのやってみなきゃ分からないじゃない! それにみんな生きて帰ってきたんだから、大した竜じゃないかもしれないでしょ!」
「あれは運が良かっただけなんですって!!」
そう、本当に運が良かっただけなのだ。
あの場で私たちどころか騎士団全員を巻き込んで全滅もあり得たあの状況……きっとあの竜の言う条件を破れば、今度こそ命はないだろう。
「でもネロが私とアルフレッド様を連れて逃げることができたんなら、体が大きいだけで弱い竜かもしれないわよ!」
「……っそれは……〜〜〜〜〜〜っ……」
エリーゼの暴走を助長している原因、その一つは私が竜と話した事実を必死こいて隠蔽しているからだった。
だって仕方ないのだ。竜と会話できるなんて言っても誰も信じてくれないし、信じられたら信じられたでそれは厄介。なぜなら。
「……ネロ、もしかしてあなた、本当はあの竜を説得できたのに隠してるんじゃないでしょうね?」
「出来てません!!」
嘘はついてない。嘘はついてないのだが、あの竜と会話できたことは事実。そんなことがもしバレたら、エリーゼは余計にあの森に入りたがるに違いないのだ!!
疑わしげに私を睨め付けるエリーゼから逃げるように目を背けていると、ようやくオスカーが「エリーゼ」と咎めるように言った。
「ネロのことだ。なんとか撒いたんだろう。それに、その竜の討伐計画は中止するというのが王室の方針だ」
「でも……っ」
「……エリーゼ」
オスカーの冷たい視線に、エリーゼがぎゅっと唇を結ぶ。
なんだかここ最近のエリーゼは変である。どこか焦っているというか、張り切り過ぎているというか。かと思えば急にしゅんとしてる時もあり、次の挙動の予測がつかない。
「最近のお前はどこか変だ。何かあったのか?」
それはオスカーも感じていたらしく、珍しく心配そうにエリーゼを見た。私が何をしてもまったく教えてくれなかったけど、オスカーにならもしかしたら教えてくれるのかもしれない。そう期待していたら。
「それ、は……」
エリーゼが、どこか潤んだ瞳を私に向ける。
……え?
「……なんでも、ありませんわ……」
いや、それはなんでもあるだろ。エリーゼ、まさか。
私のこと好きになっちゃった!?
あり得る、大いにあり得る! 思えば前のドレスを買いに行った時も迷子になったエリーゼをさらっと助けたわけだし、今回の討伐だってエリーゼを守りながら進んで結果ちゃんと生還させた! なろう小説なら結婚申し込まれてるレベルだよ!
「……へ、へぇ……? お嬢様、絶対なんかあるように見えますけどねぇ……」
「……ネロ、そのニヤついた顔今すぐやめて。不快だわ」
微笑んでんだよ、と突っ込みたかったがこいつは私が好きなのかもしれないと思うとそんな気持ちも失せた。これで無事に邪竜化回避、推しの笑顔を守っただけで思わぬ副産物だ。
「……今は話せないなら、それでいい。しかしあまり一人で抱え込むな。お前がいつも通りでないと調子が狂うからな」
オスカーがまっすぐエリーゼを見据える。真剣さを帯びた顔の中にほんの少し優しい色が滲んでいて、私も不覚にも息を呑むような綺麗さで。
「……は、はい……っ!」
エリーゼがぽぽぽと頬を染めているのを見て、さっきの自分の考えがとんでもなく恥ずかしい勘違いであったことを悟った。
まあ、エリーゼがそう簡単に落ちるなんて私だって思っていない。実際ネロが邪竜になるのはゲーム開始後……学園入学以降である。つまり、その時くらいを目処に気長にエリーゼを落としていけばいいのだ。あと六年もあるんだから、余裕余裕。
そんなことを考えながら、今日も今日とて公爵家で。
「ネロ! まだちんたら窓なんて拭いてるのかい! 次は便所掃除だよ!!」
「はーいはいはい!」
メイド長にこき使われ、えっちらおっちら駆けずり回っていた。
我ながら王子に意見して国の方針にちょっとだけ影響与えた身とはとても思えない扱いである。
まあ、私は推しを曇らせたくなかっただけだからいいんですけどね、と脳内で強がりを言ってみる。……本当はちょっと期待してたのだ。私から助けられたアルフレッド先輩が、「お前のおかげで助かった……礼をさせてくれ」みたいな展開を!!
「はぁ……」
掃除用に水がたっぷり入ったバケツを運びながら、思わずため息を漏らしてしまった。
結局あれからアルフレッド先輩には会えてない。原作でエリーゼやネロとアルフレッド先輩の絡みのシーンなんてほぼないに等しいし、このまま学園入学までまともに話さない、なんてこともありうるのかな。ああ、過酷な現実に立ち向かうための唯一のオアシスが……。
もう一度ため息が出そうになった、その時。
「ネロ!」
窓の外から聞き慣れた声が私を呼んだ。
窓を開くと、ほんのり匂ってくる馬小屋の匂い。そして、その方角にいるのは。
「マシューさん。馬のブラッシングなら後で行きますよ」
「そんな用事じゃねえよ!」
マシューさんはくい、と顎で屋敷の南側……門がある方を指す。
「お前に客だってよ」
「ああ、また殿下ですか? それともミカエル様とか」
「いや、今日は」
マシューさんからその名前を聞いた瞬間。
「アルフレッド先輩だーーーーーーーッ!!」
私の高らかな歓声が屋敷を揺らした。マシューさんから怒られた。
アルフレッド先輩はエリーゼじゃなくて私に用事があるんだって! 私に! 私! この私に!
せっかく推しに会うのにこんな埃まみれのボロ服で行くのはみっともないけど、今はそんなことより一秒でも早くアルフレッド先輩に会いたい!
るんたるんたと門の方に行くと、11歳らしからぬ精悍な顔つきを惜しげもなく発揮したアルフレッド先輩が待っていた。
なんだか緊張しているのか、いつもより表情が硬い。
えっ、もしかして私、お礼どころか告白されちゃったりするんですか!? 困る〜! ドララヴァは乙女ゲームなんですけど! まあ私は結構そっちも漁ってたから問題ない!
「アルフレッド様っ、討伐ぶり……」
満面の笑みで近づく、と。
「久しぶりだな、ネロ=シュヴァルツ……」
アルフレッド先輩はぐっと拳を握り込み、そのまま振りかぶって。
「このっ、クソ野郎がぁ!!」
「ぎゃぶッッ!?」
完全に油断していた私の顔面を、殴り抜けた。
痛い……けどさすがは竜の頑丈さと言うべきか。尻餅をつきそうになるのをなんとか堪えて、もう痛みの引き始めた鼻頭を撫でる。
え、殴られた? 今? なんで!?
困惑したままアルフレッド先輩の顔を見ると、その瞳にはたっぷりの涙が膜をはっている。いや、本当になんで!?
「俺はっ……守ってもらわなくたって平気だった!!」
アルフレッド先輩は拳をふるふると震わせ、俯いたままそうがなる。そして、苛立った足取りでつけていた馬車に乗り込んだ。
残された私は、ぱちくりと瞬きを繰り返しながら。
「えぇ〜〜〜……?」
そう、困惑した声を上げることしかできなかった。
「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡




