12.従者くん、竜に出会う
えっ、何、本当になに? なんでこの竜、私っていうかネロに似て、いや、そもそもなんでネロの名前……。
困惑している私を見て、竜は呆れたように鼻を鳴らす。
「私を忘れたか。貴様の呪いの根源を」
そう言われて、ぶわりと波が襲うように……「ネロ」の記憶が脳の奥から噴き出してきた。
『いいか、それはいずれ邪竜になる。お前がいくら加護をかけようともだ!!』
涙で滲んだ視界。自分より泣いてる大人の竜。そして、その奥で怒り狂う黒い竜……これは、「ネロ」にとっては。
「……ようやく思い出したか」
母親の実父……祖父にあたる竜だ……。
ぽかんと口を開いた間抜け面は、きっとこの竜が最後に見たネロの姿とは似ても似つかないのだろう。顔を顰めたのを見て慌てて真面目な顔を作ったが、もう遅かった。
「ネロ……お前、混ざっているな?」
「混ざって……?」
「一つの魂に、二人分の記憶がある」
さすが血縁というべきか、それともさすが竜というべきか。
竜は、いとも容易く私の正体を見透かした。
「……っ、はい……おっしゃる通りです……」
腹を括った。
この竜はまだ純粋なネロだった時のことをよく知っている。どんなに巧妙に嘘をついたって、きっと誤魔化せない。
「……私は……こことは違う世界で死んで、気付いたらこの身体に生まれ変わってたんです」
竜は私を品定めするように頭のてっぺんから爪先まで見ると、「そうか」と重々しく言った。
「元は人間であっても、今は竜として生を受けているはずだ。竜が人間にどんな目に遭わされていたか……まさか知らないわけではあるまい」
竜の羽についている無数の傷は、おそらく他の竜や動物がつけたものだけではないだろう。静かな口調に、凪いだ瞳の奥に、確かな憎悪を感じ取ってびびびと肌が痺れる。
「何故、人の子を連れてここにいる?」
私……いや、「ネロ」だって、ちゃんと覚えてる。竜の姿でいると人に捕らえられるから常に人の姿でいるようにお母さんに言われたこと。人々に竜であることがバレたお母さんが、保護と称して捕らえられたこと。その中でなんとかネロだけは逃がしてくれたこと。
全部全部、ちゃんと分かってる。でも。
「……お願いに来たんです……もう人を、襲ってほしくなくて……」
震える声で、そう言った。
「りゅ、竜が人を恨んでるのは分かってます……だけど、私は、その……」
人と竜の共存とか、争いは何も生まないだとか、そんな綺麗ごとはいくらでも思い浮かぶ。
だけどこの竜を前に、そんな言い訳はむしろ悪手になるように感じられた。
「っ……推しを……」
「おし……?」
「あ、憧れの人? の、顔を……曇らせたくないので……」
私がしどろもどろに紡いだ本音は、きっと竜には理解不能だったんだろう。大きな首をぎぎぎと傾げる姿に、怖さよりも居た堪れなさが勝ってしまう。
「……憧れ? それは、何か? 恩でもあるのか」
「お……恩というと違うんですけど、まあおかげさまで生きてると言っても差し支えないと言いますか……」
やばい! 竜の目にどんどん呆れっぽいものが滲んでいる!! まったく納得出来てない時の顔だこれ!!
「と、とにかく、大事な人なんです!! だからその、どうか……」
きっとこういう時には頭を下げるのが正解なのかもしれない。でも、私の視線は竜の目から離れなかった。逸らした隙に何かされたらきっと対応できないと思ったからだ。
金色の瞳がまるで私を……「ネロ」を見透かすようで、背筋が震える。逃げ出したい。でも、絶対に逃げ出しちゃいけない。
「……人にどんなに尽くしても、人はいずれお前を裏切るぞ」
予言のような言葉が、重々しく胸に落ちる。
「人の業から、竜の呪いからは逃れられない。お前はいずれ、必ず邪竜になる。いいか、必ずだ」
決して大きな声ではない。それなのに、暴風のような威圧感に腰が抜けそうになった。
どんなに頑張ったってこの竜には決して敵わない。そんな臆病な気持ちが、喉に乗るように。
「……っ、なりませんよ、私は……」
絞り出した言葉は、今にも消え入りそうな情けない声だった。
竜もそれを察したのだろう。ふん、と呆れなのか嘲笑なのか分からない表情で鼻を鳴らす。そして。
「…………それならば、お前を試してやろう。ネロ」
愉しそうに口角を釣り上げた。
「この場では私は退く。お前がこの地に人を踏み入れなければ、人を食い殺すのもやめてやろう」
「え」と間の抜けた声が漏れる。
いや、だって、永く生きてる竜なんてもっと頑固だと思ってた。こんなにすぐ納得するなんて……。
そんな困惑も、きっと竜にはお見通しだったのだろう。
「元より、人が我らの縄張りを侵したが故に受けた報復だ」
拍子抜けする私に、竜が舐めるような視線を寄越す。
「人の子の間で思い知るがいい。己の呪いと宿命を」
ばさりと広げられた黒い翼は、ゲームの中で見たネロのそれとよく似ていた。
「私はいつでも、この森で待っている」
竜が羽搏くと、立っていられないような突風がその場に巻き起こる。舞い上がった砂埃に視界を阻まれて、晴れる頃には。
「……もうあんなところまで行ってる……」
満月を背に、高く飛び立つ巨竜の影しか見えなくなっていた。
勝手にはぐれてエリーゼとアルフレッド先輩を危険に晒したことに対する言い訳。どうやってこの森に人を近づけないようにするかの策。
考えることは山ほどあるが、確信めいた竜の言葉が頭の中をぐるぐる回る。
『お前はいずれ、必ず邪竜になる』
まるで未来を見てきたかのような言い振りに。
「……なんだよ、あの意味深ジジイ……」
腰を抜かしたまま、こっそりと悪態をつくことしかできない。そんな自分が、情けなかった。
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