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11.従者くん、討伐へ行く

 私がまだ現代日本でしがないオタクとして平和に暮らしていた頃、画面の向こうのアルフレッド先輩は言った。


『ここは竜使いの国だが……俺は竜を愛せない。父を殺した竜を、憎まずにはいられない……』


 切なげな声に、伏せた目に、私はゲーム機を握りしめて「私が幸せにしてやるよォ!」と叫んだものだが。


「みんな、作戦は頭に入ってるか!?」


 暗い森の木々が、ざわざわと夜風に揺れる。


「まずは三班に分かれて竜の捜索! 竜を発見次第、狼煙をあげて集合! 討伐開始となる!」


 騎士団長・ギルバート=アズールがランタンを掲げてがなると、整列した騎士達はびしりと揃った敬礼をした。

 子供用の軍服に身を包んだアルフレッド先輩も敬礼をしていたので、私とエリーゼもそれに倣う。さすがにこれの作法は習ってないので、完全に見様見真似だが。


「シャロン班は東方面、フィリップ班は西方面へ! 私と来る者は北の奥にある洞窟を目指す! いいか、竜を見つけてもすぐに交戦に入るなよ! 必ず仲間を集めてからだ!」


 びりびりと空気を揺らすような緊張感。屈強な騎士団の面々の強張った表情。その後ろに控える、大人の身体より二回りは大きい竜達。みんな制御用の口輪に加えて身体に巻き付くような拘束具をつけられているのを見る限り、ちょっと……いや、かなり乱暴な竜達を連れてきてるんだろう。

 ただごとじゃないのがひしひしと伝わってくる。うちのお嬢様が連れてきた手のひらサイズの小竜が可愛い子猫ちゃんに見えるわこんなん……。


「アル! エリーゼ様! ネロ!」


 不安で潰されそうな私達の気持ちを察したように、団長が覇気のこもった声をこちらに浴びせる。


「三人は私の班だ! なに、私の班は王国で一番強い騎士達を集めているからな! 離れなければ絶対に大丈夫だ!」


 にっ、と歯を見せた笑顔がもうそういうフラグにしか見えないのは、私が騎士団長の末路を知っているからである。




「ほ……ほんとに真っ暗な森の中を進むのね……っきゃ!」

「お嬢様、足元気をつけて!」


 転びかけたエリーゼを支えて、前を向く。すると、ランタンで仄暗く照らされた騎士団長と視線がぶつかった。


「ネロ、君は随分紳士なんだなあ。さっきからずっとエリーゼ様を気遣って歩いてる」

「そりゃまあ、従者ですから」


 私の言葉に、騎士団長と共に私達の少し先を歩いていたアルフレッド先輩が「おい」と苛立たしげに振り向いてきた。


「なら無能な主人を止めるのも役目の一つだろう! 次転びかけたら本当に置いていくからな!」


 手厳しい……。

 しかし命懸けの現場である。それくらい言われたって仕方ないのだろう。実際、普段なら文句の一つも返しそうなエリーゼがぐぬぬと歯を食いしばりつつも黙っていた。

 今回の行軍、我々子供三人組はギルバート騎士団長のすぐ後ろに着くことになった。表向きは竜討伐のいろはを団長自らが教えるため、となっているが、実際子供三人庇いながら戦えるのがこの人しかいないんだろう。ぴりぴりと肌を刺す緊張を誤魔化すように、アルフレッド先輩を見た。


「……けど、なんでわざわざ視界の悪い夜に竜討伐に行くんですか?」

「は、何も知らないんだな!」


 アルフレッド先輩が得意げに笑う。


「竜は昼行性なんだ。だから眠っている夜、油断しているところを狙うのが定石だ。飛んで逃げられたり、空から攻撃されたりしないようにな」


 なーるほど。この世界、飛行機とかヘリがあるわけじゃないもんな。確かに理にかなってるように見える。──────だけど。


「…………竜は、夜でも飛びますよ」


 不意に漏れた言葉と重たい声音に、自分でもはっとする。顔を上げると、アルフレッド先輩も騎士団長も、エリーゼまで少し青い顔を私の方に向けていた。


「な……なーんて……えへ……」


 小首を傾げて、適当に誤魔化してみせる。みんなため息をつきながら視線を前に戻した。


 みんなが不安がってるって時に私が不安を煽ってどうする。当初の目的を思い出せ。私の目的はアルフレッド先輩と仲良くなること♡ ……いやいやいや、アルフレッド先輩を曇らせないことである。

 とりあえず、竜の気配はなんとなく辿れる。そこら中に潜む小竜の中に、大きな竜の息遣いのようなものがじりじりと肌を焼く……これを辿っていけば、きっと。

 私は深呼吸をして、下を向いていた顔を前に向けた。


「あ、あの、騎士団長。ちらっとですが、一時の方向に竜の炎らしきものが……」

「何!?」


 騎士団長は目を細めて私の指した方角を見る。そこには暗い静寂が広がるばかりで、炎なんて欠片も見えなかった。

 ……当たり前である。


「洞窟より少し東側に外れた道の方か……シャロン班が先に遭遇するのは避けたいな。総員!」


 騎士団長が後ろに向けて呼びかけると、進んでいた騎士達が一斉に立ち止まる。


「少し進路を変える! 整列を乱さず、私についてくるように!」


 騎士団長の爪先が東へ向く。よかった、うまいこと引っかかった!

 アルフレッド先輩もそれを追うように足を東側へ進めようとする。その足が地面につく前に、先輩の肩をとん、と叩いた。


「アルフレッド様、お嬢様をお願いします」

「は?」


 アルフレッド先輩の返事を聞くことなく、私は列から飛び出して木の陰に身を寄せる。なるべく目立たないように気を配ったつもりだが、気付いた騎士の一人が「どうした!」と声をかけてきた。


「ブーツの紐が解けて……すぐに追いつきます!」


 騎士は無言のまま私から視線を外すと、行軍に合わせてざ、ざ、ざ、と遠ざかっていった。

 うーん、やっぱり奴隷市場出身の従者というのは立場が低い。普通子供がこんな暗い森の中ではぐれそう、なんてことになったら心配くらいしてくれそうなもんだけど、貴族階級の子でもない私を気遣う義理はないのである。

 世知辛いなあと思いながらブーツの紐を結び直し、立ち上がる。騎士達の姿はもう闇に溶けて見えなくなっている。私の目線の先には、竜の気配が濃く漂う獣道。


「……行くか!」

「行くかってどこにだ!」

「行くかってどこによ!」


 背後から刺す、ぴったり重なった二つの声に、私は思わずずっこけた。

 えっ、いや、うそ。


「なんでいんのぉ!?」

「なんではこっちの台詞だ! 意味のわからないことを言って、このわがまま娘を押し付けやがって!」

「わがまま娘とは何ですかっ! それよりもネロ、あなた炎が見えたなんて嘘をついてどういうつもり!?」


 どういうつもりも何も……って、え?


「お嬢様、なんであれが嘘って……」

「だって、いつもより白々しかったもの!」


 ああ、げに恐ろしきは付き合いの長さである。私は頭を抱えて深い深いため息をついた。


「それで? 嘘をついたわけはなんなの?」

「……お嬢様、アルフレッド様……今から行軍に合流してくれって言っても無理ですよねえ……」

「父上の足跡を辿れば不可能ではないが、今はそれよりお前の断罪だ! どうして父上に嘘をついてあちらに行かせた!」


 お前のために決まってんだろ! なーんて言えるはずもない。しかしこのまま適当に誤魔化してもまたエリーゼから白々しいとかなんとか言われるのがオチだろう。

 ……腹を括ろう。


「……今、騎士団長達が向かった先には竜はいません」

「何!? なんでそんな嘘を……」

「私が、誰より先に竜と会うためです」


 アルフレッド先輩とエリーゼが同時に息を呑む。そして、エリーゼは私を睨むと。


「あなた……手柄を独り占めしようってわけ!?」

「違わい!!」


 このお馬鹿ちゃんが!! と思ったけどさすがに不敬罪すぎるので言わなかった。私は従者、私は従者。目の前のこのクソガキは主人なんだから、と自分に言い聞かせてエリーゼ達の方に向き直る。


「竜を説得します」


 こっちは至極大真面目に言ったのに。


「はぁ? 竜を、説得?」


 アルフレッド先輩が心底馬鹿にしたような目を向けてきた。


「お前、竜に人の言葉が通じるわけがないだろ! ふざけるのもいい加減にしろ! 早く父上を呼び戻して……」

「あーッ、待って待って待って!!」


 足跡を辿り始めたアルフレッド先輩の腕を掴んで止めてしまう。接触イベント♡ とか喜んでる場合じゃない。


「馬鹿みたいなことを言ってるのは分かってます! でもここに潜んでる竜はものすっごい強いんですよ! 戦いに持ち込んだら絶対負けます!!」

「なんでお前にそんなこと分かる?」

「……なんとなく……」

「はぁ?」


 言えるわけないじゃん邪竜だからとか前世の乙女ゲームの知識があるからとかあ!!

 だけどどうにか説得しないとアルフレッド先輩と騎士団長の悲劇は現実になってしまう。どうしよう、なんて言えば、どうすれば。

 ぐるぐると考えをこまねいていると。


「……そうね、ネロが言うなら、そうなのかもね」


 なんと、あのエリーゼが助け舟を出してきた。


「エリーゼ!? お前まで何を言ってる!?」

「お嬢様なんか変ですよ!! 拾い食いでもしたんですか!?」

「なんであなたまでびっくりしてるのよ!!」


 エリーゼはふん、と鼻を鳴らすと、私が指した、竜がいるという方角に顔を向けた。


「……竜の気配なんて分からないし、言葉なんてもっと分からないけど……あなた、前に竜と話してたわよね。なんとなく、って」

「ま、まあ……そうですね……」


 私とエリーゼを疑うようなアルフレッド先輩の視線が痛い。疑いたい気持ちは十二分に分かるんですが、本当に……本当に話せるんです……! 竜だから……言えないけど竜だから……!


「だから、ネロが本当にそう言うなら……一度行ってみる価値はあるわ。もしかしたら強力な竜を討伐、じゃなくて捕獲できるかもしれない」

「捕獲、か……」


 アルフレッド先輩は顎を撫で、エリーゼと同じく竜がいる方向を見た。私の話を咀嚼するかのように目を伏せ、ため息をつく。そして。


「……分かった。俺も緊急用の狼煙は持たされている。竜と交戦になったら、すぐに父上を呼ぶぞ」


 諦めがついたように、そう言った。


「さすがアルフレッド様、すごく冷静で状況判断が早くて正確ですね、将来はそれはそれは立派な騎士になっちゃいそう」

「褒めるのはいいがその目をやめろ……不気味なんだよ……!!」


 なんですか、推しの成長シーンを網膜に焼き付けちゃいけないんですか。




「ね……ねえ、竜はいつ出てくるの?」


 竜の気配を辿って、森の奥の方へ進む途中。帰り道が分からなくならないように周りの木にナイフで目印をつけていると、エリーゼが不安げに聞いてきた。


「そ、そうだ! 竜の気配がわかるなんて大口叩いて、まだ尻尾すら見えてないじゃないか!」


 エリーゼの不安にあてられたのか、アルフレッド先輩も震える声でがなる。まあ、暗い森で子供三人。そりゃあ不安にもなるわな、とため息をついて、ナイフを仕舞った。


「竜はもっと奥にいると思います。……ったく、だから行軍に戻れって言ったのに……」

「あなたが何も言わずに出ていくからでしょう!? 最初からこんな暗い場所に行くって知ってたら私だってランタンくらい持ってきてたわよ!」

「そもそもついてこないのが正解なんですよ……」


 怯える二人には、ここで狼煙をあげさせて騎士団の迎えを待つように言うのが得策だとは思う。しかし周囲を取り囲む野生の小竜の気配が、それを許してくれない。

 ここは竜の領域だ。ほとんど丸腰と言っていい子供が今無事でいられるのは、おそらく私がいるから。

 ちらりと周囲を見渡す。がさりと草が揺れて、その隙間から竜達の眼光が見えた。窺うように。見定めるように。

 従者として、人間に混じって生活していると忘れそうになる。私は……「ネロ」は、竜なんだ。


「……ネロ?」

「……なんでもありません。ついてくるって決めたんなら、ちゃっちゃと行きますよ!」

「っあ、おい待てっ!!」


 不安に飲まれそうなのを押し殺して、森の奥へ向かって歩いていく。

 エリーゼとアルフレッド先輩の緊張した息遣い。森中に張り詰めた竜の気配。その中から一番強いものをなんとか嗅ぎ取って、前に。前に。

 竜に会ったらなんて言おう。人を襲うな、で聞いてくれるような存在なのか? でもやらなきゃこの子らも騎士団の人達も危険に晒すことになる。なんて言えば納得してもらえる? どうしたら、何事もなく、いつも通りに。

 そんなことを考えながら無言で進んでいると、不意に。


「……っえ」


 竜の気配が、一斉に消えた。

 ……いや、正確にはすべてではない。一番強い、私の目標だったそれを残して、竜達は皆静まり返った。


「っわぶ、ちょっと、暗くてよく見えないんだから急に止まらないでよ!」

「そうだ、進むなら進め! ここから先は木も減っている。進めば少しは視界が……」

「っ、止まって!!」


 私が怒鳴るより一瞬早く、アルフレッド先輩は前へ進む。本能的な危機感に駆られて、それを追うと。


「……ほら、ここなら明るいじゃないか」


 そこにあったのは、森の中にぽっかりと穴が空いたような開けた場所だった。

 今まで密集していた木は、まるで中心に月明かりを落とすように避けて生えている。ようやく明るい場所に出られて、エリーゼ達がほっと息をついたのがわかった。

 奥に、崖のように切り立った土の壁……その中央で、横長の洞窟が待ち構えるように口を開けている。


 竜の匂いが、一段と濃くなった。


「お嬢様、下がって……アルフレッド様もっ!!」

「何よ、何もいないじゃない。なんでそんな慌てて……っきゃ!?」


 エリーゼの言葉を遮ったのは、洞窟の奥深くから吹いてきた突風だった。

 バランスを崩しかけたエリーゼを支えて、洞窟の中を見る。奥で蠢く何かと、目が合ったような気がした。


「……アルフレッド様、交戦にならないように気をつけますが……一応狼煙の準備を」

「……っ……あ、あ……」

「アルフレッド様!!」


 声色からかなり動揺しているのが伝わってくるけど、アルフレッド先輩の方に視線を向ける余裕はない。だって、私も目を離せないからだ。洞窟の奥にいる「何か」から。

 ずしん、ずしん、と地を揺らすような足音を立てながら、「何か」はこっちに近付いてくる。


「なんなの、あれ……」


 私に支えられていたはずのエリーゼは、いつの間にか私にしがみつくような体勢になっていた。その手も声もかたかたと震えていて、顔を見なくたって顔面蒼白なのが分かってしまう。


「……っ、あれは……」


 洞窟の闇から徐々にこちらに近づいてくるそれの輪郭が、月明かりによってだんだんはっきりととらえられるようになった。

 屋敷をすっぽり覆ってしまうほど大きな体躯。傷だらけなのになお力強く広がる羽根。全身を覆う黒色の鱗。その巨軀が月明かりの下に晒される。


「竜、なの……?」


 エリーゼの呟くような声に応えるように、金色の目がこちらを睨んだ。

 びりびりと肌を裂くような気迫に膝が震える。エリーゼは短い悲鳴の後に、ぐったりと私に体重を預けた。


「お嬢様っ!」


 気絶したエリーゼの方に目を向けたたった一瞬、それがよくなかった。


「うっ……わああああああああッッッ!!」


 アルフレッド先輩がめちゃくちゃに叫びながら、走り出す。逃げるのではなく、立ち向かう方。乱れきった構えのまま、竜の方へ。


「アルフレッド先輩ッ!!」


 咄嗟に叫んだが止まる気配がない。竜の瞳がぎょろりと先輩の方を向いたのを見て、これは迷ってはいけないと、本能で感じた。

 エリーゼを放り出して、地面を強く蹴る。竜がその前足を動かすより先に、私がアルフレッド先輩の背後にたどり着いた。そのまま。


「がふッッ!?」


 土下座をさせるように、アルフレッド先輩の頭を地面に叩きつける。衝撃でアルフレッド先輩が気絶したけど構っていられない。

 私もアルフレッド先輩の隣で膝を折り、地面に額を擦り付けた。


「大変失礼いたしました!!」


 私が馬鹿だった。直接対峙して分かった。相手は小竜なんかとはわけが違う。格が違いすぎる。

 説得なんて通じる相手じゃない。だからって、今から逃げても絶対追いつかれる。


「この子たちには後で言って聞かせておきます!! だから、どうか……」


 考えろ、考えろ、考えろ!! エリーゼと、アルフレッド先輩だけでも無事で帰さないと……!!

 自分が土下座してるのか威圧感に潰されてるのか分からなくなった時、不意に。


「……お前、ネロか?」


 しわがれた声が、脳に直接響く。

 驚いて顔を上げて、初めて気付いた。

 こちらを見つめる竜の瞳の色は、私の……「ネロ」の瞳の色とまったく同じ色だということに。

「好きだな」って思ってくれたらお好みの形で好き♡を伝えてくれるとうれしいです♡

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