団子より月の君(side遥ファン)
秋田真由は古川遥のファンだった。
遥の歌を初めて、聴いたのは、路上ライブでの事だった。その時、ギター片手にビートルズの曲を弾き語りしていたのだ。力強い、生気の溢れる声で歌われる英語の歌詞はとても、綺麗で真由の心に響いた。それから、何度か話をする機会にも恵まれた。とても、誠実で真面目な人で、真由の拙い感想も熱心に聞いてくれた。初めて聴いたのは、路上だったが、ライブハウスでもバンドのメンバーと共に歌っていると言う事だった。それから、レーゲンボーゲンを結成する事になる浅生嘉隆が加入した。遥とは違った、高音の甘い声の人だった。
芸能人になり、手の届かない人になったが、応援はずっと続けている。二十六歳の時に、同じレーゲンボーゲンのファンだった、今の旦那と結婚した。その後、レーゲンボーゲンが休止してからは、子育てに、旦那の仕事が地方になり、転勤する事になってからは、追い掛ける事は無くなった。
今年の九月にまた、東京に戻る事が出来た、住み慣れた、土地に来ると安心する。子供も大きくなって、手が掛からなくなった事もあってか、周りを見る余裕が出来た。近所の浅草の町を散歩がてら、歩いていると突然の行列が目に入った。『菓子本舗・古川屋』の看板を見て、不意に思い出した。「あ、嘘」小さく呟いて、彼がこの浅草の出身であり、和菓子屋の息子だという事を思い出した。
ライブハウスで歌わなくなって、約二十年、その後も少しだけファンを続けていたが、遥のファンであって、レーゲンボーゲンを追いかけていたわけではない、きっと、心が離れたのは、二人で活動する事になったからだ。嘉隆は嫌いではないが、特段、好きでもなかったのだ。それが、忙しさに追われて、遥を追わなくなった理由だろう。
懐かしくなって、列が短くなったのが幸いと思い列に並んでいた。そうか、今日は十五夜だ。お店の脇に貼られた紙には、綺麗な文字で十五夜と書かれていた。ここ何年も十五夜のお月様を見ていなかったな。天気予報は晴れで、夜まで天気は持ちそうだ。
ここが、遥の家なのかは、分からない、浅草にある古川は他にもいるかもしれない。ここがそうだとしても彼が店に立つことは無いだろう。ただ、懐かしくなっただけだ。
「いらっしゃいませ」
店はかなり賑わっていた、年配の女性から若い女性まで、中は女性ばかりだった。店のショウウィンドウには、美味しそうな団子が並んでいる。遥と女性が忙しそうに団子をパックに詰めて、会計に追われている。真由の番になると、遥は驚いた様に視線を向けて来た。
「あ、お久し振りです、覚えていないかな、というか、知ってるか。なんて言えば良いんだろうな」
「お久し振りです。あの日の事、覚えていてくれたんですね。先日、主人の転勤で地方に行っていたんですけど、ようやく、こっちに戻って来ました。古川さんは、頑張っていますね」
「名前聞いてなかったね、あの時、あんなに感想もらっていたのに、ごめんね」
「秋田真由です、いいえ、気にしないで下さい。実は色々と忙しくて、こうして、古川さんの事を思い出したのは、このお店を見つけたからなんです。ずっと、ファンでいられなくてごめんなさい」
「理由はなんとなくわかるから、俺も気にしていないよ。それよりも、団子買っていてくれるんじゃないの?」
その後、真由は家族三人分の団子を買った。あの頃、ファンだった、この人は昔から変わらない笑顔を浮かべていた。最後に、旦那さんとお子さん連れてまた買いに来て下さい、と言われた。和菓子屋が忙しい時は、かなりの確率で店を手伝っているからと言う事だった。
また、CDを聞いてみようと思った。あれから、買わなくなったCDも揃えよう。あの時は、あまり思い入れがなかった遥の相方の声も今では嫌いではない。性格も実はあまり好きではなかった。きっと、遥しか目に入っていなかったからだろう。結婚して世界観が変わると、見方も変わるし、最近、結婚したからなのか、TVで活躍する嘉隆は随分、昔と印象が変わっていた。
そして、旦那と昔を懐かしむのだ。真由は軽やかな足取りで帰路に着いた。
遥くんファンの真由さん目線のお話です。このお話は、お月見のお話の後に入れようと決めていました。二十年近く活動するとやっぱり、ファンが離れる事もありますよね、そんなちょっと、切ないお話です。
遥くん、二十年前にこの子、捕まえていれば(笑)。また、傍から攫われてるし。




