嫌い、でも嫌いになれないその人
あの時を最後に舞台の、仕事はしないつもりでいた。なので、俳優さんと仕事を一緒にするとは思っていなかった。夏公開の映画の大々的な、映画の告知が行われて、それに呼ばれたのだ。主題歌が決まり、新曲として、一曲、歌う事になっている。今回は、主題歌を歌うだけで、映画に出演するわけではない。
地元、宮城の海でロケされた、映画は、見知った場所が多く登場する。『蒼の泡沫』と付けられた、曲名は、今回は、映画のタイトルと一緒で、製作者側から、タイトルだけは、それにしてくれと打診された。作詞は私で、作曲は嘉くん、最近はこの二人で作る事が多い。それは、時間の短縮にも繋がるし、何より、一緒に曲を作れるのが嬉しい。
曲には、地元の海の穏やかな音を取り入れて、柔らかな、音に加工している。それに、私の声と、嘉くんが弾くピアノの音色、映画にはピアノ奏者の主人公が登場するので、今回はギターではなくピアノになった。人前で弾くほどの腕前はないって、言っていたはずなのに、すごく上手だ。
そして、今回の、告知会には、嘉くんは出席しない。それは、出演者に問題があったからだ、ピアノ奏者の恋人役が綾香さんだった。事務所側の配慮で、出るのは私のみ、しかし、元嫁と現嫁がはち会うのだ、マスコミの対応がどうなるのか、それだけが不安だった。
去年の夏に公演された舞台での共演は、好評を得ていて、私たちの仲の良さは、自然に受け入れられた。しかし、今年の三月に嘉くんと入籍した時の、綾香さん側の反応はどうだったのだろう。私たちの結婚は概ね、批判される事もなく受け入れられた。
新曲発表も何事もなく、終える事が出来た。しかし、これからだ、マスコミは怖い。映画の話題じゃない事まで、平気で聞いて来るのだ。言葉を選んで、しゃべらなければ、どんな、情報が拡散されるのか分からない。
「素敵な曲ですね、海の情景が思い浮かんで、ピアノの音も素敵で引き込まれるようです。この曲について、お聞きしても宜しいですか。この曲は、映画のために作られたそうですが、川村さんの故郷の海なのですか」
「映画の舞台も、三陸の海を舞台にしたものなので、概ねそうなりますね。今回は海の穏やかさを全面に出して、映画の余韻に浸って欲しい、そう思って詩を書きました、気に入っていただけると嬉しいです」
多分、ピアノを弾いている嘉くんの事を知りたいんだと思う。でも、言ってはあげない。いつもの、笑顔で微笑むと、周りから、ほおっというため息が漏れる。それも、織り込み済み。
また、嘉くんが良い顔をしないが、私の持ち味を全力で、押し出す。マスコミの多くが女性なのを、逆手に取る。綺麗にまとめて、最後にきらきらと微笑めば、私の出番は終わり。後は、監督や俳優さんに丸投げだ。
しかし、それは、少し思いもよらない、方向に流れた。監督が、私の去年の舞台での演技を見ていて、本当は私を、使いたかったらしい。
そして、改めて知ったんだけど、この監督の前島さんは、あの時、私が初めて受けたオーディションで、私を抜擢してくれた人だった。私を使いたかったという意味が分かった。この監督さんは、綾香さんの演技に惚れ込んでいて、去年のあの舞台も見た様だ。そして、その舞台で、私に気付いた様だ。見た目も名前も違うのにそれでも分かるのか。
「ありがとうございます」
そう言って、笑えば、綾香さんが、また、ご一緒出来たら嬉しいです、と返してくれた。彼女の表情はいつも通りで、考えは読めない。並んだ列も監督と主演俳優を挟んで左側に私、右側に綾香さんが立っているので少し遠い。これは、うちの事務所側の配慮だ。少しでも、綾香さんから離したかったようだ、その方が安心なので、何時も助かっています。
その後、入籍から二月ほどしか経っていないので、その話題にもなった。それも、来るかなとは思っていた。私の発言一つで、綾香さんがどんな反応を取るのか、想像出来なかった。監督や、他の俳優、スタッフの人からも祝福の言葉をもらい、それにも、丁重にありがとうございますと、頭を下げた。前島さんは私に気付いているが、昔の俳優時代の話は振ってこなかった。対応が大人だ。
マスコミの一人が綾香さんに、話題を振った。これ、まずいやつだろう。しかし、綾香さんはふわりと綺麗に笑うと、予想とは反した言葉を告げた。
「すごく、残念です。かなり前に私が麻衣さんと一緒に雑誌のモデルをやらせていただきました。その時からの麻衣さんのファンなので、私にとって推しの王子様なんです。それは今も一緒で、結婚したって聞いて、ほんと、すごく残念でした。それを知った時に、主人に、大好きな王子様が結婚しちゃった、寂しいよ、て泣きながら、愚痴りまくりました。きっと、私以外にも、いると思う。麻衣さん、マリ姐ロスの人いっぱいいると思います」
「そ、そうなんですね」
マスコミ側も予想に反した回答をもらって、焦っている。きっと、嘉くんの事を聞きたかったはずだ。それなのに。この人は、私を王子様だと言い、私の結婚を本気で残念がった。ミュージカルの方も見てくれていたようで、彼女は私をマリ姐と表現した。うん。少しはあったんだよね、マリ姐ロス。私の結婚でマリアファンの女の子はショックだったようだ。監督も綾香さんが、その事を知っていたようで、しばらく使い物にならなかったと笑った。
あー、この人には敵わないな、この一幕、放送されるんだろうな、レーゲンボーゲンの二人の反応が思い浮かぶ。絶対に、遥くん大爆笑だろうな。それと、はっきり気付いてしまった。綾香さんと嘉くん、水と油、相性がすこぶる悪い。同じ様な性格で、そして、好みまでも似ているのだ。もう、嘉くんには、執着していない。それも、はっきり、分かった。
「もう、浅生さんが羨ましすぎる」
まさかの嫉妬相手は、嘉くんでした。きっと、嘉くんも一緒なのだろうな、私はそう思いながら遠い目をした。その後、大きな問題もなく、告知会は終了した。
そして、後から知った。綾香さんの再婚相手、今でもラブラブな有名俳優さん、うちの敬也兄に少し似ている、なので私に似ていてもおかしくないかもしれない。そんなところで、繋がっていたのか。
*
麻衣が出演している、映画の告知会の様子を二人は、事務所で見ていた、始まったばかりで、嘉隆と遥の表情は固かった。映画の簡単な予告映像、麻衣の歌う主題歌、監督、スタッフの自己紹介があり、その後にマスコミからの質疑応答。事務所でその様子を見るのは、不測の事態に対応するためだ。
嘉隆と綾香の離婚の事があり、二人の共演は無くなっていたが、事務所の違う麻衣には関係ない。いつ、マスコミの攻撃に合うか分からない。嘉隆の再婚相手というだけで、多くの危険に晒される。
本当は、彼女の歌う新曲をゆっくりと聞きたかった。マネージャーの沖は麻衣のマネージャーの莉子と連絡を取りながら待機してくれている。告知会は、麻衣のしゃべりも、周りを意識して気を使っているためか、かなり慎重だった。
「麻衣、笑顔振り撒き過ぎ」
「それが、麻衣ちゃんの持ち味じゃん。そんな事に嫉妬してどうするんだ。なぁ、出ると思うか?」
「結婚の事?」
「お前ら、入籍して二ヶ月だ。それまで、俺たちはともかく、元々、露出の少ない麻衣ちゃんは、久々の公だ。マスコミがほっとくわけないだろ。絶対に、結婚の話題が出る。そうなると、芋蔓式にお前の事も話題にのぼるだろうな」
「やっぱり、俺も出れば良かった」
「それ、更に、混乱させるだけだ、これで良かったんだよ。後は流れに任せるしかない」
映像の麻衣の表情が驚きに変わった。マスコミの結婚の話題は、流れる様に、綾香に移る、それは、マスコミが一番知りたい情報であり、世間を騒がせうる、話題だ。それなのに。
「嘘だろ」
その後は、言葉にならなかったのだろう、遥は声を上げて笑い出した。沖が驚いて、遥たちに視線を向ける。遥は苦しそうに腹を抱えて笑っている。
「やべぇ、嘉の元嫁、考え方が、お前そっくりじゃん。それじゃあ、合わないわけだ。離婚したのも頷ける」
「笑いすぎだ、だから、嫌いだったんだ。自分見てるようで」
「何事もなく終われるようで、良かったじゃねぇか。そっか、元嫁、麻衣ちゃんのファンか。こないだの、雑誌も舞台もいちゃいちゃしてたもんな」
「いちゃいちゃ言うな、つうか舞台見たのか」
「莉子さんから、チケットもらった。お前には、悪いと思って渡してなかったらしい」
「俺に渡さなかった理由は聞いた」
機嫌が悪くなるが、それも一時的なものなのも知っている。ただし、その機嫌直しに、使われる麻衣に、遥は手を合わせるのだった。機嫌が直るまで、愛されてくれと。
ここで、前島監督が麻衣の初めて俳優出演した映画の監督さんでした、という繋がり。麻衣は監督さんに自分の撮る映画に出ないかと言われたけれど、断っています。




