図書室の君と(side下級生)*
前半は、麻衣の一年後輩の子視点のお話です。その後、麻衣視点になっています。
図書室の窓辺で、真剣な表情で本を読んでいる先輩がいる。先輩だと知っているのは、その人が農業科の王子様と呼ばれているからだ。短い髪はさらさらで、長いまつげ、目はじっと活字を追っている。
毎日、図書室で本を借りるのが、私の日課だ。この学校に入学してまだ一ヶ月しか経っていない。本が好きな私は、自然な流れで図書室に通うようになった。そして、図書室で見かけるようになった人、同じ中学だった友達に聞いたのだ。中学校の頃からカッコよくて、女子に絶大な人気を誇っている先輩だった。私は、小泉地区から来たのでその人のことを知らなかった。
今日もいるかな、最初は、三冊ほど借りて、二日に一度ぐらいのペースで図書室に来ていたが、一週間ほど前から、借りる本を一冊だけにした。いつもの窓際を見たが残念ながら、先輩はいなかった。がっかりして、私は本だけ借りて帰ろうと書架に向かって歩きだした。今日は、昨日借りた本の二巻を借りる予定だ。しかし、本まで手がぎりぎり届く位置に本がある。昨日も本を取るのに苦労した。
「あ」
「これでいいの?」
不意に影が出来て後ろから伸ばされた手が、私の欲しかった本に伸びた。と思ったらそれを取ってくれた人がいた。私の身長は154センチとそれほど高いわけではない。後ろに立った人は私よりも背の高い人だった。
「あ、ありがとうございます」
「二巻だけど、それでいいの?」
「あ、はい。一巻はさっき返しました」
「そっか、それ面白い?」
「え、ああ、はい。面白いです」
低めのハスキーボイス。振り返るとあの人がいた。今日は、遅れて来たようで、窓辺の席に座ってはいなかったようだ。その人は、きらきらした笑みを浮かべて、私の手にその本をぽんと乗せてくれた。
「私も読んでみようかな。今日の当番は文香だったかな」
「あ、あの、ありがとうございます」
「どういたしまして」
やばいくらいカッコいい人だ。私は慌てて頭を下げると、「これ、明日返せるようにします!」と言っていた。きょとんとその人は、私を見つめる。私の発言に驚いたようだ。その表情はいつものカッコいい表情ではなく、少しだけ可愛い。
「気にしないで。急かしているわけじゃないから、ゆっくり読んでね」
「はい」
颯爽と爽やかにその人は、カウンターに向かって歩いていった。やばいな、お話しちゃった。本を渡してくれたときに触れた手は細くて、長かった。少し荒れているのは、農業科の人だからだろう。
* * *
カウンターで、貸し出しの作業をしていた文香は、近付いてきた私に視線を送った。作業の手を止めて、声を掛けられた。返却された本に貸し出しカードを入れ終わったようだ。それは、後で書架に戻すそうだ。
「やほ、麻衣。今日は遅いけど、どうしたの?」
「委員会終わらせてきた。文香、お願いがあるんだ。読みたい本があるんだけど、さっき返却された、えっと、なんだっけ。一巻って付いているの」
「相変わらず、本適当に選んでいるわね」
「さっき、その本の二巻を借りようとしている子が面白いって言うから、読んでみようかって思った」
ちらりと文香は私の隣りから奥に視線を向ける。釣られて、私も視線を後ろに向けると、少し離れたところにさっきの子が見えた。真新しい制服のスカートは規定の長さだ。私は、委員会帰りなために、つなぎのままだ。私と文香の話が終わるのを待っているようだった。
「しょかちゃんか」
「しょかちゃん?」
「晶花ちゃん、晶は水晶の晶に簡単な方の花でしょうかちゃん。短くして『しょかちゃん』って呼んでる」
「なんで、知ってるの?」
「二日に一回ぐらい図書室に来るし、町民図書館でも会うんだよね。そっちは、週末。小泉出身なので、家の人に連れてきてもらうみたいだよ。それくらい、本が好きな子」
「なんで、気付かなかったんだろう」
「だって、麻衣は本読み始めると声を掛けても無反応になるじゃん。それに、しょかちゃん、一年生だよ」
ああ、なるほど、と言って私は納得した。入学して一ヶ月ほどなので、私が知っているはずもない。私は、結局、晶花ちゃんの借りた本の一巻を借りることが出来た。文香も読んだことあるようで、それ、面白いよ、と言っていた。
「ごめんね、どうぞ」
「あ、お話の途中すみません!」
私はにっこりと笑って、場所を譲った。礼儀正しい子だが、すみませんと言った謝罪の多い子だ。カウンターで顎に手を乗せて肘を付いて文香はにまにまして楽しそうだ。
「これ、楽しみだよ」
そう言ったら、顔を真っ赤にして俯いてしまった。あれ、私また何かしたのだろうか。文香は堪えきれなくなったのか笑っている、ここ、図書室だよ。いくら大きな笑い方じゃなかったとしても、みんなが一瞬振り返った。
貸し出し手続きを終わらせると晶花ちゃんは、ぺこりと頭を下げて、図書室を出て行った。ぼそりと、相変わらず、女の子惚れさせているわね、と言ったが私は困ったように笑った。そう言うつもりないから。
その後、私もその本は面白いと思った。次の日に、返却された本、その後三巻も私が取ってあげた。恥ずかしがり屋だった晶花ちゃんも少し打ち解けたようだ。その本のどこが良いか話せるようになっていた。文香は不思議そうに、麻衣も相当な恥ずかしがり屋なはずなのに、下級生にはこうして優しく、自ら行動するんだ、と言われた。
「麻衣、人見知りって言ってるけど、そこまでじゃないよね」
「そうかな」
「麻衣って、人たらしだよね」
「そういうつもりはないんだけどな」
このまま、晶花ちゃんと、私の交流は図書室だけで、私の卒業まで続いたのだった。ぼそりとこれ完結しないのか、と呟いたその本は私が高校を卒業しても、完結せずに、約二十年経ってようやく完結したようだ。
* * *
私が選んだその本は、高校の頃に後輩が読んでいて、面白い? と私が聞いて読み始めたものだ。今回はそれをチョイスした。ようやく完結を迎えた本で、長かったなと思っている。もしかしたら、この本を選べば、その子が気付いてくれるからもしれない。
最後に私は、『この文章をあの頃、僕にこの本を教えてくれた君に贈ります』と締め括ったのだった。
麻衣がチョイスしたBOOKリレーの本は、お話の中に出て来ませんが、『創竜伝』と言う本だったりします。




