僕のお願いに君は顔をしかめた
十月三日の午前中、この日は遥くんは打ち合わせがあって麻衣の事務所に来ました。仕事を自重するのは来年の一月以降なので、それまで決まっていた予定を変更することはありません。
土日にミュージカルがあったので、一昨日は突然、事務所に呼ばれた。理由は、レーゲンボーゲンとの仕事をセーブしてほしいというものだった。その話は直ぐに終わったんだけど、社長からお願いされたことがある。昨日と一昨日は、嘉くんに気付かれないようにするのが本当に大変だった。多分、大丈夫だと思っている。昨日は、気付かれないように、一緒にプラネタリウムに出掛けた。高校のクラスメイトの裕太くんに会うという思いもよらないことが起こって驚いた。
今日は、うちの事務所で、新しい仕事の打ち合わせがある。嘉くんはソロのTVの仕事があって、事務所に一度寄って、それからTV局に向かうようだ。こうして、話せる範囲での予定はお互い打ち明けている。嘉くんにバレた時用に遥くんへの連絡まで多田さんがやってくれた。うちの事務所で一時間ほど時間を取ってくれたのだ。その後に仕事の話になると思われる。
今日の仕事の打ち合わせは、十一時からだ。時計は十時を過ぎたところで、遥くんは時間ぴったりにやってきた。仕事の打ち合わせの時間になれば、今回の依頼主の会社の人もやってくることだろう。その前に終わらせたい。遥くんへの事前の説明は多田さんから、荻野さんを通してされているようだった。それなら、話が早い。どうやって、嘉くんに説明すれば良いか、遥くんが良い案を考えてくれるだろう。
「おはよう、遥くん。いらっしゃい」
「ああ、おはよう」
表情がいつもよりもコワモテだ。怒ってるいるのかもしれない。なので、思わずごめんなさいと謝ったら、大きなため息を吐いた。莉子さんも少しでも話が進むように、香りの良いお茶を用意してくれた。それで、少しは遥くんの表情も緩んだようだ。
「麻衣ちゃんのせいじゃないだろ、麻衣ちゃんが謝ることじゃない。俺こそごめん。麻衣ちゃんに怒っているわけじゃないんだ。それと、莉子さんもありがとう。このお茶美味い」
莉子さんは更に、有名なチーズケーキ屋さんのチーズタルトも用意してくれた。打ち合わせしながらでも食べれるように個包装されたものだ。これは、莉子さんがスタッフの子にお願いしてくれたものだ。私も莉子さんも食べ物には詳しく無いので、若い女の子に頼んだ方が早い。
「でも、犯人が分かって良かったな」
「うん」
「でもさ、嘉に話しても問題無かったと思うぞ。だって、あの時の城咲のときのように誰か分かっているわけじゃない。嘉がそいつのところに突撃していくことはないだろ」
「そうだね」
「多田さんが心配したのは、麻衣ちゃんに皺寄せが行くかもしれないってことじゃないかな」
「うん、それ嫌だ」
きっと、嘉くん暴走してしまうかもしれない。暴走して、被害を被るのはいつも私だ。被害って言っても、人には話せない甘過ぎる被害だけど。少しでも、やんわり、何か理由付けて、嘉くんがあの時のように怒らないように済ませたい。何か方法はないかな、嘉くんが怒らないで済む方法が、しかし、それは思いつかなかった。やっぱり、遥くんの言う通り、私に皺寄せが行くことしかないのか。
「遥くん、ひどくない?」
「麻衣ちゃんが、嘉に愛されればそれで済む」
「え、もうあの時のようなことは、もう嫌だよ」
「あの時って、前にもあったのかよ」
「あああああ」
言った瞬間に赤面して下を向いてしまった。うううう、自分からバラしたよ。綾ちゃんのときは、それがしばらく続いた。あの時のようなことはもうごめんだ。沢木さんにも苦笑されてしまった。
「まぁ、離婚話が出ているのには、理由が分かった。広めた相手は捕まった、とでも言っとくよ。責任は俺が取る」
「厳重注意で捕まっていないよね?」
「バレたら、また何か考えておくよ。麻衣ちゃんには、アルバムのことでも世話になった。俺が出来る範囲でやるから心配いらない」
「いつも思うんだ。遥くんの嘘って、誰かを守る嘘だよね」
「その解釈いいな。さんきゅ。まぁ、ぶっちゃけると自分を守る嘘に繋がるんだよ」
そう言ったが、どこか嬉しそうだ。話を聞いていた莉子さんがぼそりと「悪の親玉ね」と言う言葉に美月さんは吹き出していた。と言うか、美月さん、しれっとここにいる。ほんと、恋バナが好きだね。
嘉くんへの報告は今夜決行されるそうだ、見届け人として、莉子さんと沖さんも来ると言う。沖さんには、莉子さんが連絡を入れていた。美月さんは、悔しそうだ。後から、教えてね、と言って渋々、引き下がった。久し振りにご飯を食べながら打ち明けよう。
理由は言えないので、ただご飯をみんなで食べたいと嘉くんに報告すると、驚かれたのだった。突然でごめんなさい。
一番の被害者は麻衣なのかもしれません。




