名前を忘れる人(side嘉隆)*
実在もアーティスト名が出て来ますので、苦手な方はご注意下さいませ。
麻衣の事務所の後輩の、深戸めぐみちゃんが、結構頻繁に麻衣との会話に登場するようになったので、混同すると思って、掘り下げました。
TV局での、仕事のために同伴してくれた恵は、今年三十歳になる。ふと、嘉隆は思い出したように、声を掛けるとメイクの手を止めて答えてくれた。恵は名前では無く苗字だ。有名人にもいるが、それでもあまり見ない苗字かもしれない。あまり見かけない苗字だと、どうしても苗字呼びになる。嘉隆も苗字で呼ばれることが多い。
「そう言えば、恵さんの下の名前ってなんだっけ」
「初めてのとき、私自己紹介しましたよ」
一度、活動を休止したレーゲンボーゲンが再活動したときに、恵はレーゲンボーゲンのスタイリストも担当することになった。”も“というのは、他にも担当する人たちがいるからだ。約五年前、二十五歳ごろのことだった。遥は、ほとんど、スタイリストのお世話になることがないので、基本、嘉隆専属のスタイリストと言っても良いかもしれない。他にも仕事の都合が合わなければ、他の人が担当するが、嘉隆は女性を引き寄せやすい顔をしているので、なるべくだったら、嘉隆を意識しない恵が選ばれる。
「嘉だからねぇ」
「確かに、そうですね。私、五年付き合って、浅生さんが、物覚えが悪いことを知りました」
「そうなんですよ。何度言っても駄目なんですよ」
「えっと、美穂です。美しい稲穂の穂で美穂です。美しいって自分で言うのちょっと抵抗あるんですけど、親が付けてくれたので」
「おや、もしかして、名前の由来は、秋生まれとか」
「いえ、私が生まれたときに母が好きだった、中山美穂さんからです」
「そちらでしたか。ええ、ミポリン、良いですよね」
「野上さん、お好きだったんですか?」
「ええ、若い頃の話で恐縮ですが、私も一ファンでしたよ」
まさか、野上が芸能人のファンだと言うのは知らなかった。芸能事務所で、マネージャーの仕事をしていれば、ワンチャン会えるかも、と言う考えが昔はあったそうだ。一度もお会いしたことありませんでしたけどね、と最後に付け加えていた。レーゲンボーゲンもだが、rip tideに所属する芸能人で、野上が担当した人ちとは、音楽ジャンルが違うために会ったことはないようだ。
「うわ、知らなかったよ」
「昔のことですからねぇ」
「でも俺。中山美穂さんの歌、聞いたことあります」
「嘉が聞いたと言うと、川村さんがお好きな歌関連でしょうねぇ」
バレているようで、恵には笑われた。相変わらず、麻衣さんで回っているんですね、と恵にも言われてしまった。そして、それを否定するつもりはない。
「世界中の誰よりもきっと、だっけ。それ、知ってる」
「WANDSさんと一緒に歌っていましたね」
「それぐらいしか知らないけど、うち、TVドラマあまり見なかったから」
「おや、女優さんなのは、知っているんですね」
「歌手で、役者で、ってすごいですよね」
まるで、麻衣のようだ、と言ったら更に笑われた。役者をしていたと言う麻衣の事情は、恵も知っている。rip tideで知っているのは、荻野と野上、博行、沢木、愛夢と愛夢のマネージャーの結子と、サポートメンバーだ。
「これは、忘れることはないでしょうね」
「覚えてくれると嬉しいです。だって、川村さんの後輩の女の子に『めぐみちゃん』がいるんですよね」
「なるほど、そう言うわけでしたか」
突然、嘉隆が名前を聞いた理由が分かって、野上は、ため息を吐いて、恵は苦笑している。覚えようとする理由が明らかに嘉隆らしい。本当に麻衣で回っている。
「大丈夫、覚えました。それで、名前で呼んでも良いですか」
「理由が、浅生さんらしくて、OKしにくいですけど、構いませんよ」
「美穂さん、ありがとう」
「野上さん、分かったような気がします。みんなが、浅生さんに名前呼ばれただけで、恋人になったような気がする、って噂されていることの意味が理解出来ました」
こんな、綺麗な人が、距離を詰めて、名前で呼んでもらえる状況に舞い上がる人多数だろう、と言われたが嘉隆は困ったよう笑うだけだ。
嘉隆くんは、本当に顔だけでは無く、名前も覚えません。そして、甘いマスクで嘉隆くんが名前呼びすると、女の子は舞い上がってしまいます。




