不可解なミュージカル(side嘉隆)*
九月二十七日の嘉隆くん視点のお話です。
麻衣の何事にも前向きに挑戦する姿が眩しいと思った。そして、母の女優として演じる姿を見て、自分にも何かが出来るのでは無いか。麻衣と同じ舞台に立てるのでは無いか、そう思い始めていた。社長に自分の希望を告げたのは、いつか麻衣と同じ舞台に立って一緒に笑え合えるのでは無いかと思ったからだ。
そして、直ぐにその話はやってきた。しかし、「ミュージカルへの出演が決まったわ」とだけいつもの仕事のような気軽さで、社長から告げられたのだった。その日は、遥は別の仕事で、マネージャーの野上とスタイリストの恵だけが事務所の会議室に呼ばれた。博行は、今日は、遥のマネージャーの代わりに遥の仕事に付き添っていた。
「嘉隆くん、俳優の仕事が決まったわ」
「早くないですか」
「そうね、前々から、嘉隆くんを俳優として押す声が高かったから、って言うのが前提ね。それと、お母様かしら」
「え、荻野さん、知っていたんですか」
「あまり、踏み込んでは欲しく無さそうだったから、黙っていたんだけど、ご実家のお父様から聞いていたのよ」
事務所と実家のやり取りは連絡先の交換だけでは無かったようだ。ある程度の家庭環境についても共有されていたようだ。嘉隆の父は嘉隆を心配して荻野に話していたのだろう。
「それでね、俳優をやってみたい、と言ったら直ぐに食いついてきてくれたわ。複数あったんだけど、少しでも負担にならないように、選んだつもりよ」
「そうなんですね、ありがとうございます」
「それで、さっそくなんだけど、恵さんが用意してくれた衣装を合わせてもらえるかしら」
「え、衣装なんて出来上がっているんですか」
「ええ、本当に申し訳ないんだけど、主催者側で全て決めてあって、あとは、この衣装に着替えて告知会に参加。その時に一緒に出演する人たちとの顔合わせになっているわ」
「ミュージカルって、そんな感じなんですか」
「本当は、衣装も当日になるんだけど、今回は嘉隆くん初めてなので、完璧に合わせるために極秘で預かっているわ」
そう言った嘉隆に荻野は困ったような表情を浮かべた。横から野上が真っ黒な表紙の何かを手渡してくれた。ぱらぱらと中身をめくると台本のようだった。しかし、麻衣にたまに見せてもらうものとはどこか違っていた。表紙には何も書かれていない。中身は登場人物の名前と台詞、情景のみで、誰が何を演じるのか分かっていない。
「これ、俺が何をやるのかさえ分からないのですが」
「そうね、それは月曜日に分かるわ」
「告知会って月曜日なんですか。早いですね」
「極秘のミュージカル発表になっている。そんなこと、普通のミュージカルでは考えられないことよ。ただ、今回はオーディションで選ばれた子と監督のみが公にされているって言う点かしら」
「初めての経験なので分かりませんが、普通のミュージカルとは違うんですね」
「それは、台本を読んでみて。まだ、自分自身がどの役なのか公表されていないので、軽く流すだけで良いわ。練習は十一月から始まるから、告知会後は台本を読み込んでね」
「了解です。で、これ着るんですね」
そう言って、恵に渡された衣装を広げて見て、今まで着たことのないタイプの衣装だった。ファンタジーっぽさのある衣装に尻尾が付いていた。映画などで見ることはあってもこうして、実物を見るのは初めてだ。
「これ尻尾?」
「ウィッグに耳も付いているわ」
そう言って、見せてくれた長髪のウィッグにはふさふさの耳が付いていた。台本と見合わせて、これってSF? FT? っと聞いている。台本を見る限り嫌いな設定では無いようだ。
「獣人族」
「設定は嫌いじゃ無いし面白そうですね」
「そう言うわけで、サイズなど合わせるので、着てもらっても良いかしら」
別室で、衣装合わせに立ち会うのは、野上だけだ。流石に女性陣は、他の場所で待機してくれている。嘉隆は、初めてのこともあって、こうして、事前に衣装合わせをしてくれるようだが、他の出演者はそうではないと言う事だ。
「俺なんかよりもずっと、今回のミュージカルに向いた人いるんじゃないんですか」
「話題性があるから、って言われたようですよ。嘉隆くんは今まで、役者の仕事をしたことがないので、それが、目玉になると言われましたね」
「そうなんですね」
「こちらでも、出来る限りのサポートをするつもりなので、嘉隆くんは普段通りでお願いしますね」
その後、恵に立ち会ってもらって、嘉隆は衣装の最終調整を終わらせた。不安もあるが、どこかに高揚する気持ちもある。それが、少し楽しみでもあった。
初めて、ミュージカルの打診がされて、いきなりの告知会の話。麻衣視点と違って、嘉隆くんは、麻衣よりも随分と優遇されているのは、初めてと言うことがあります。




