見つめる君の笑みに恋をする
現場入りした私は、控え室で最後の衣装合わせだ。流石に、時間をかけて私用に合う様に作ってあるので、サイズはぴったりだ。渡された台本は、一度だけ読んだ。と言っても私は、物語の序盤で死んじゃう役らしいので、台本自体はすごく薄い。台本には、役名しか載っていないので、誰が出演者なのか分からない。
今回の衣装はSFファンタジーと言うジャンルだと聞いていた、なので、普通の服と変わらない。白いシャツに黒いジャケットにズボン、黒いタイを付けている。軍人さんのようなエンブレムや帽子もセットだ。衣装を合わせて見て、黒いのは珍しいな。
「麻衣ちゃん、お隣り気にならない?」
「隣りって、誰なんですか」
「うん、他の人には内緒で行っといで」
にまにまする美月さんは、衣装のチェックもするので、出演者の衣装は確認済みなのだろう。時間まで、会う事は禁止されているのでは無いのか。
控室に貼ってあるのは、番号だけ。誰が中にいるのかはやっぱり分からなかった。時間をずらす徹底振りで、スタッフの案内でそれぞれの控室に連れて行かれた。
「一時間後に始まるからね」
「はぁい、行ってきまーす」
とんとんとノックすると、中から野上さんが顔を出した。うん、実は薄々気付いていた事がある。内緒でと言われた昨日、嘉くんの様子がちょっとおかしかったんだ。お、遥くんは出ていないのでいるのは野上さんになるよね。私は、野上さんに頭を下げて挨拶をする。
「おや、川村さん。もしかして、酒井さんに聞きました?」
「いえ、お隣りに挨拶しておいでとだけ、言われまして」
「そうなのですね、どうぞ。私は、ちょっと、打ち合わせに行きますね」
そう言って、頭を下げると野上さんは、控え室を出て行った。中にいた恵さんが私に気付いてこっちにおいで、と呼ばれた。入れ違いに恵さんも出て行った。
「終わってるけど程々にね」
「何の事ですか」
ドアから出て行った恵さん見送って、私は奥の鏡の前に座る人物に振り返る。しかし、多分、嘉くんだろうとしか分からない。だって、後ろ姿じゃ見分けられないのだ。
「嘉くん?」
「お、麻衣。普通だね」
「え」
「似合わない?」
「あーうー」
これは、やばいぞ、美月さんがにまにまするわけだ。白い長髪のかつらを被った嘉くん。全体的に私と正反対の白っぽい衣装だ。いつもの私と同じ様な色合いで、いつもと逆だ。いや、言いたいところはそこでは無い。嘉くんの頭には、白いふさふさの耳が付いていた。きっと、お尻には同じ色の尻尾があるんだろう。
『Fluss』の遥くんは帽子に耳が付いていたし、尻尾はキーチェーンの様になっているので、生えている感じは無い。
「麻衣? 面白い顔になってるよ」
「だって、えっと、嘉くんだよね??」
「あはは、他に誰がいるの」
鏡の前の椅子に座っている嘉くんに近付く。私が近付いたのを待って、私の方を向いてくれた。椅子に座っているので、私の方が高い位置にいる。
「触っても良いですか」
「あはは、敬語になっているよ。ん、いいよ」
「うわーうわー、ふさふさだー」
「語彙力下がってるいるよ」
「だって、ごめん。めちゃ、かわいい」
「耳が?」
「ううん、全部」
私の目の前に普段なら絶対に着ない様な衣装を纏っている嘉くんがいる。どうしよう、言いたい事いっぱいあったはずだ。でも、それがすべて吹き飛んだ。
「麻衣?」
「ごめんなさい。我慢出来ません」
「あはは、喜んでもらえて光栄だよ」
嘉くんの頬に手を伸ばすと私はその唇に口付けた。ごめん、恵さん、美月さん。リップ取れちゃうけど、我慢出来ないよ。いつもよりも長いキスに私の思考はおかしくなりそうだ。
「すみませんでした」
「なして、謝るの? 俺は嬉しいけど」
「だって、恵さんに怒られちゃう」
「みんな、察して出て行ったんだと思うけど?」
暴走してしまった。やばいな、この嘉くんは破壊力が強すぎる。なので、公にするのはぎりぎりまで止められていたのでは無いかな。私だけじゃ無くて、どこで情報が漏れるか分からないからだ。
その後、私は恵さんと美月さんに平謝りしたのだった。美月さんには、爆笑された。だって、私が暴走するとは思っていなかったようだ。
そして、後から、知った出演者に私は驚いたのだった。そこには、ミキくんがいたのだ。いや、莉子さん、確かに、ケセラセラメンバーでは無い。元メンバーだ。
嘉くんは、楽しそうな恵さんに、綺麗にメイクを直してもらっていた。本当にすみませんでした。
普段見慣れない格好と、実はこんな格好は嫌いではなく、好きな方だったりします。慌てることや、恥ずかしがることのある麻衣ですが、勢いで暴走させてみたかったというのがあります。




